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⑧【小説】 さくら坂のほのかちゃん ほのパパの4


 涙もろくなった。


 最近では、商家の妾腹に生まれた、今で言う知的障害の女の子が、四国の小藩の政変に巻き込まれていく流行作家の時代小説を読んでいて、主人公の女の子がホノカとダブってしまい、通勤電車の中で涙が止まらなくなってしまった。

 前に座ってた女子高生に、何やこのオッサン、って顔で見られてしまった。


 今日も、ママが撮ってきた運動会のビデオ、ホノカが友達に囲まれ、応援されながら、大歓声の中ゴールしている姿を見たら、たまらなくなった。


「パパ、なんで泣いてんの?
 へんなオッサン!」
ミノリが、パパの顔を覗き込む。

「涙もろくなったのは、ホノカのせいだな・・・」


「年のせいでしょ!」

間髪入れずに、ママに突っ込まれた。

* * 

 なんばにある『めまい専門』の医院にママが通い出した頃、まだ『めまいがきそう』は度々、『めまい』は10日に1回ぐらい訪れていた。
 頸のマッサージ、通常の薬に、漢方、鍼灸などを根気よく続けて、『めまい』は月1回位になったし、『めまいがきそう』の回数は確実に減ってきている。

 パパの登校同伴は、まだまだ続きそうだが、無理をして逆戻りしてはいけない。

 朝、T駅前に借りた駐車場に車を止める、大阪市内で会社へ向かう地下鉄に乗り換えの時には、ダッシュしないと間に合わない。
 車が渋滞にかかったり、走ったのに電車を逃したりして、遅刻も度々あった。

 でも、ママに文句を言うのは筋違いだ。
ママだって、好きで『めまい』を起こしてるのではないのだから。


* *  
 
 約10年前に、今の会社に拾われた。

 学生時代のバイトの流れで就職していた旅行会社は、社長が会社の金を横領して、お局様と噂のあった事務の女性と逃避行。

 あっけなく倒産してしまった。

 30歳半ばを過ぎ、蓄えもなかったが借金もない。
遠く北海道にある実家は、もうすっかり弟の代になっていて、大阪でちゃんと暮らしているとだけ連絡しているが、何年も顔を出していないし、今さら帰れない。 

 職は失ったけれど、独り身の気軽さで、何とかなるかと気楽に構えていた。

 今の会社は、もともとは社員旅行を手配していた前の会社のお客さんだった。

 その縁で、ある時、ツアー先でのお土産として、ちょとした雑貨をお願いしたら、それが好評になって、その会社から土産物の仕入をするようになった。
 大阪の問屋から旅先でのお土産を仕入れるのもおかしな話だが、どの方面でも難なく取り寄せてくれて、 数の調整も楽なので重宝していた。

 ちょうど、卵の形をした育成電子ゲームが大ヒットしていた頃で、景気はいいらしい。

「品物が面白そうやからって、結構若いもんは入ってくるんですが、実の仕事は地道な営業が多くて、すぐやめおるんですわ」

『あまり、高い給料出せませんけど』と、声をかけてくれたのだ。


 その会社の営業先、泉北の雑貨店で働いていたのが今のママだ。

 ママが、初めて営業にやってきた、30半ばを過ぎたウダツの上がらない営業マンを見た時、『この人と結婚する』と『直感』がきたらしい。    
ママによると、それまでの人生の中で、この『直感』がきて素直に従った時は、大なり小なり、何がしかの幸運が訪れていたそうだ。

「私、たぶん、あなたと結婚すると思います・・・」

 出合ってまだ間もない頃に、そう言われた。

 『もう一生独身かな、それもまあいいか』と、結婚は半ば諦めていた。
15歳も年下の女の子と、お付き合いできるなんて思ってもみなかった。それも、こんな男には もったいない、快活で明るい女性だ。
 不満などあるはずもない。 
そんなママに、グングン惹かれていった。

 まさしく、幸せを運ぶ『直感』だ。

 結婚してから、ママを競馬場へ連れて行ったが、その時もこの『直感』がたまたまやってきた。
おかげで万馬券が取れて、ズタズタのパパの予想が救われたことがあった。
 その『直感』は、ママが望んだ時に必ず来るわけではなく、何時やって来るとかは、全くわからないらしい。

パパとの結婚だけ、その『直感』は幸運を招かなかった、なんて言われない様にしなければ。


* * 

 会社には、ホノカのこと、ママの『めまい』は知らせてある。

 小さい会社なので、ある程度の融通は利くが、一人だけ、あと20分遅く出勤させて欲しい、とは言いにくい。
今の会社に入社してから後、景気も悪くなって新規採用はなく、未だに一番新人でもある。

 でも、『自分で、自分を褒めてあげたい!』などと言葉を使って、大変な状態だけれど頑張っているのを、    常に、やや大げさに主張している。
それくらい予防線を張っておけば、朝の遅刻の1回や2回、急な休みの1日や2日、何とかなるか、と気楽に構えていた。

 でも、そんなことは、ママにはとっくに見抜かれてしまっていて、

「どうしても、休まないといけない事だってこれからもあるんやから、ホノカや私の『めまい』をダシにして、仕事さぼっりしたらアカンよ!」


「パパがそんな事するような人間に、見えるか?」


「うん、見える」


「・・・・・・・・・」

* * 


「ファイ、シッ、チェブン、エイッ」

 ホノカ、それチェブンじゃなくて、セブンだろ。


 仕事から帰ってくると、ホノカは、暗くなった外のおかげで、大きな鏡と化した窓ガラスに自分の姿を確認しながら、膝を少し折り、腕を湾曲させて、脇を広げたり閉じたりしている。

 パパの姿を見つけると、さっそくビリーの箱を抱えて持ってきた。

「ビリーシマス!
 チョーダイ! クダサイ!」
 
「パパ、おなか空いたから、先に食べさせてよ。 お願い!」


「ビリーはパパが帰ってきたら、って言っといたから!」
ママが、ご飯をよそいながら解説してくれた。


 取引のある輸入業者が、以前に大ヒットしたダイエットDVDの並行輸入版に手を出したが、入荷した時には既にブームも下降線、日本語字幕もないやつなので、『安くしときますから、買いはりませんか?』
 倉庫にまだタンとあって、ひとつでもいいから現金にしたいらしい。

正規日本語字幕版の、約10分の1の値段で譲ってもらった。


 最近、腹回りも気になるようになって、手にした当初は
「ちょっと、まじめにやってみよう!」

 最初は20分もすれば、ヘトヘト。
でも、少しずつ時間を増やしていけばとガンバッてはみたが、5日目で敗北宣言。

 一方、いつも横で見ていたホノカは、ビリーをはじめるとゴキゲン、すっかりハマッてしまっていた。

 購入して6日目、もう今日はやめと、食後、ソファでテレビを見ていたら

「ビリー! チョウダイ!」
とまた、要求してきた。

 はいはい、DVDはかけてやるから・・・ 

ビリーのDVDだけかけて、またソファに転がろうとすると、手を引っ張って、

「チョーダイ! クダサイ!」

わかりましたよ。やればいいんでしょ。 やれば・・・

「ホノカは、パパ思いね。
 ホノカのおかげでパパのそのおなか、引っ込むかもね」


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