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②【小説】 さくら坂のほのかちゃん ほのパパの1


「お義父さん、よろしくお願いします、いってらっしゃい!」


  同じ『さくら坂』に住むお義父さんは、飼い犬のニノと朝の散歩が日課になっている。
そのついでに、毎朝、ミノリのお見送りをお願いしている。
今朝もミノリと手をつないで、2丁目の幼稚園バス乗り場へ坂を下っていった。


「ホノカも、いくよ!」

今日はパパと一緒に登校だよ。


 今朝はスムーズに家を出られた・・・
と、思ったら、志水君ママが志水君の弟タイヨウ君の手を引っぱって、今行ったお義父さんとニノとミノリとは反対側の坂から、カツカツと駆け上がってきた。

 あーやっぱり・・・

 家の前はちょうど坂の上、ホノカは玄関先すぐに座り込んでしまい、志水君ママのキラキラの付いた 赤いサンダルのカツカツをジーッと見ている。

 これでもまだ追いかけなくなっただけ、マシになったほうなんだ。

 志水君ママは、2丁目バス停7時49分発車の、ミノリが乗るのと同じ幼稚園バスにタイヨウ君をお見送り。

「おはようございまぁーす!」
 と、2人は小走りに、カツカツ、カツカツ・・・

座り込んでジッと眺めているホノカとパパの前を通り過ぎ、バス停の方へと坂を駆け下りていった。
 坂の下、『さくら坂』外周道路に辿り着き左へ折れた志水親子の姿が見えなくなって、やっとホノカは立ち上がる。

 小学校の集団登校の集合時間は、班長の内村君の家の前に7時49分、志水親子を見送った、バス停がある方とは反対側の坂の下には、登校班の班長の内村君とその妹のミユちゃん、志水君兄、中西君、ホノカと同じ新一年生の藤本君、5人揃ってこちらを見上げている。

 ほら、みんな、待ってくれてるよ・・・
登校斑の皆が待つ方へ、ホノカを促した。

「おはよう お待たせ!」

* * 

 小学校入学前、校長先生、担任の先生、支援学級の先生、教育委員会の方と色々話し合った中で、
『 登下校には、保護者の方に付き添いを願います 』
と、条件が付けられていた。  

 通学路は、『さくら坂』住宅地の端から端へほぼ縦断するコースをとり、最後に外周道路の外側へと抜ける地下歩道を出て、100mほど進むと小学校がある。

 当初、登下校はママが付き添っていたが、学校までホノカ付だと片道10分はかかる道のりを、一日2往復、

「大変なんやから!」

なので、

「遅く出勤できる日あるやん! 
そん時の登校だけでも、パパ、行ったら!」

 と、週2回、パパが登校の同伴を受け持つことになった。

 ママが行くときは、ほぼ毎朝、集団登校班の列に遅れないよう、ホノカを急き立てて、何とか班について行っているらしい。
でも、パパの時はホノカに完全に侮られているらしく、車が通れば立ち止まってお見送りするし、座り込んでは他の生徒の登校風景を見守ったり、中学生が自転車で通り過ぎれば追いかけようとし、なかなか先へ進ませない。

 班長の内村君に

「ごめんね、先に進んでて! 
追っかけるから・・・」

と、結局、校門前の整列で、やっと合流となるのが常だった。


 ♪クーモーリードラー ファクーナァーアーッ

 座り込んで歌っている。

 ホノカ、最近その歌好きだな、大塚愛だっけ、『♪くもりーぞらー』って。

「でも、今日は天気いいぞ、さあいくぞ!」

 初夏の朝は、まだ日陰を選んで歩くほど汗ばむでもなく、班に追いつくのはとうにあきらめて、座り込んで歌ったり、自分の影で遊びながらのホノカペース。 

のんびりと、中央公園の前までやってきた。

 いつものように、2丁目民生委員の出島さんが、登校する子供達に、笑顔で声をかけている。

「おはようございます!」
出島さんは昔、幼稚園の先生だったらしい。
 いつも背筋がシュッとした、品のあるご婦人だ。

 子らの安全のためということで、自治会や老人会の人が毎朝通学路に立ってくれている。
基本は自治会防犯委員の交代制なのだが、出島さんのように毎朝自主的に通学路を見守る人もいる。

こういう好意には素直に頭が下がる。

「おはようございます、いつも、ありがとうございます」

 出島さんに挨拶すると、ホノカも、出島さんの前で立ち止まった。

「ほのかちゃん、おはようございます!」
出島さんは、ホノカには、ちゃんとかがんで目線を合わせようとしてくれる。

「ホノカ! ご挨拶は?」ホノカに、挨拶を促すと、
「オハヨッ」 
あさっての方を向いているけれど、小さい声で答えた。

「 あの・・・、話しかけてもええんですよね? ほのかちゃんに・・・」
 出島さんは、少し首をかしげながら訊いた。

「こんな風に聞いてるかどうかワカラン反応ですけれど、こちらからお願いしたいぐらいなんです。
いっぱい話しかけてもらえるとありがたいです!」

 返事を聞いて、出島さんが優しい笑顔になる。

「 ああ、それならうれしいわ!
 声かけたりが、もしアカンかったらアカンと思たんで・・・ 
一度訊いときたかったんです」

「そうですよね・・・ 
そういうことってわからないですよね・・・」
 

 そうなんだ。

 障害を持つ子の特性は様々なので、挨拶一つとってみても、誰でも『元気いっぱい大きな声で!』とはいかない、個別の対応が必要な場合がある。
 ホノカのいた『徳心園』のクラスメートの中には、聴覚が敏感過ぎて、軽く話しかけるだけでパニックを起こしてしまう危険がある子もいた。
 
 こうして、ひとつひとつ、ホノカを理解していってもらえるのは、ありがたい。

 ママの時は、いつも中央公園前くらいになると挨拶もそこそこに『班に追いつけモード』になっていて、出島さんと、そんな立ち話をする機会もなかったらしい。

「ありがとうございます!
 これからも、よろしくお願いします!」

 ホノカ良かったな。 
ちゃんと挨拶できるようになったらいいな。

* * 

 校門近くなると『おはようございます!』が飛び交っている。

「おはようございます!」
 学校に到着すると、いつものように、楠田先生が迎えに出てきてくれていた。

「ほのちゃん、おはよう!」
ホノカは、楠田先生と目を合わせないが
「オハヨッ」
相変わらず小さい声だけど、応えはする。


 楠田先生は、ほぼホノカ専属で介助に当ってくれる介助員の先生だ。
ママより少し年上の女性で、きめ細やかにホノカを見てくれている。

 今朝は、1年1組担任の酒井先生も校門まで出てきていた。
酒井先生が、かがんでホノカの前に顔を寄せる。

「ほのかさん、おはようございます!」

 ホノカは小さな声で、

「オハヨウゴザイマス」 
と、応えた。

 あれっ!

酒井先生には『ゴザイマス』がついてるじゃないか! すごい!

 ママの情報によると、ホノカは、1組の担任の酒井先生が怖いらしい。酒井先生の言うことは良く聞くそうだ。
酒井先生は、いかにも、この道何十年というベテラン女性教師だ。


 ホノカは、小学校では『ふれあい学級』という名の支援学級と、1年1組を行き来している。

 もちろん、いつも楠田先生が付き添ってくれているが、ホノカでも1年1組で受けられそうな授業は できるだけ1組で、給食や掃除も1組の児童と一緒にと、させてくれていた。


* * 

「みんながやっていけないことは、ほのかちゃんもやってはいけないと思います。
そういう意味での特別扱いはしません、よろしいですね!」

 初めての保護者懇談の時のことだ。酒井先生に念を押された。

「もちろん、お願いします。 
理解させるのに、他の子よりずっと時間がかかるかもしれません。 
根気よく取り組んでいただけたら、ありがたいです!」

 酒井先生は、しっかりうなずいて、ホノカの方を見た。
 眼差しから、意気込みが伝わってくる。

酒井先生はボールペンをずっと握り締めたまま、
「何か気をつけなければいけないこと、ありますか?」

 酒井先生の、目力がすごい・・・ 丁寧に答えなければ。

「何か判断に迷ったら、外国からやってきたばかりの日本語を話せない女の子、という風に考えてもらったらいいんじゃないかと。
 外国人でもやっていけないことは、いけない訳ですし。 
何かを理解させたりする時、派手めのジェスチャーとか絵を使って示すのがホノカにとって有効と思います・・・ 」 

 酒井先生はメモを取りながら、ひとつひとつ頭の中へ刷り込んでいくように、うなずいている。

「ほのかちゃんがクラスにいることは、きっと、ほかの児童たちにもプラスになると思っています!」
 酒井先生は、ホノカをしっかり受け入れようとしている。
 前向きな姿勢が頼もしい。


 介助員にまかせっきり、出来るだけ支援学級にいて欲しそうな顔で、障害児が我がクラスにいるのが不運、仕方がない。
そんな逃げの先生も多いらしい。

 ホノカを地域の小学校に入れるかどうか検討している時、『徳心園』の保護者の間には、そういう情報が流れていた。

 よろしくお願いします・・・ 


ホノカ、ラッキーだ。

いい先生を引き当てたようだ。
 ホノカにとっては、怖い存在かもしれないけどな。


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