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⑤【小説】 さくら坂のほのかちゃん 内村君のお母さん


(一)

 後ろの山は、もうN県との県境、T駅からバスで田舎道を約20分、最後に綴れ折になった『さくら坂』を登ると、楕円形の外周道路に囲まれた『さくら坂』住宅地が現われる。

 住宅地の横にはゴルフ場、温泉と遊戯施設を備えた観光牧場が、歩いて行けるほどの距離の所に広がっている。

 バブル全盛期に造成され始めた、全約800戸分の住宅地は、4丁目、3丁目、1丁目と約4分の3を販売した頃バブルがはじけ、2丁目は造成地のまま不良債権として長く残っていた。

 5年ほど前、バブル全盛期の半分ぐらいの価格で別の不動産業者での販売が始まり、内村家が『さくら坂』に移り住んだのは、まだ2丁目がほとんど造成地のままの頃だ。 

 お父さんの会社は、転勤が多く、各地を賃貸で転々としていたが、ようやく希望していた、2人の実家のある大阪への転勤が決まった。

 お父さんが言うには、

「会社も今、景気が悪いから、持家のある人間を単身赴任させると経費がかかる。
なるべく動かすのは賃貸の奴、という傾向にある・・・」


 結婚して8年、少しは蓄えもできたし、最近は住宅ローンを組んでも税の優遇があり、実際、賃貸の家賃より安かったりするし、娘の美優はペットを飼いたがっているし、今のマンションは、下に住んでいるオバサンが子供の出す音にいちいちうるさいと怒鳴り込んできてたから、マンションはもうこりごり。
 お兄ちゃんはちょうどこの春から小学校だし、お父さんの会社は車での通勤も認められていたし。

 正月に自分の実家で、結構広い庭があって手ごろな価格の『さくら坂』の住宅広告を見付けたとき、

「これしかない!」

 真っ先に、お父さんにその広告を見せたのだ。

「PLの花火は見下ろせるし、きれいな桜並木もあるって! 」

『さくら坂』に移り住んで約1年経ち、2丁目が70戸~80戸まで販売が進んだ頃、不動産業者の音頭取りで、2丁目自治会が発足した。

 幸い、入居してくる家庭の多くが30代前後と同世代なのと、土地の広さから2世帯の家族も多く、リタイアした方で自治会をほぼ専業でやってくれる人もいた。

 先にさくら坂に居住している他丁の人から見れば、昔、自分達が購入した価格より、はるかに安く購入して入ってくる新入の2丁目を同等に扱うのが気に入らない!との場面もあったらしく、4丁合同の夏祭りや集会所の使用で色々軋轢があったと聞いている。

 ほかにも、不動産業者に街灯やミラーを付けさせたり、町に交渉して消防ホースを設置させたり、お父さんも含めて自治会の役員になった人は、それぞれ役割を分担しながら2丁目を整えていった。

 自治会を作るというのが、ここまで大変だとは思わなかった。

「でも、わが町って感じがするよな・・・」

お父さんは、しみじみ言った。


(二)

 この春、お父さんに東京へ転勤辞令が出た。単身赴任だ。

「そのプロジェクトが旨くいけば、2年で大阪に帰す、とは約束してくれたよ」

 『さくら坂』に来るときに、お父さんが言っていた読みは見事に外れた。

 大丈夫なんかな・・・?

12年近くも朝夕を共にしてきた。
出張が多く、夜はいつも遅くて、寝に帰ってきているだけだったけど、それでも『何かあった時』頼りにできるお父さんがいないのは不安に思う。

「まあ、月に1回は、帰って来れることになってるからな」

「こっちから行かなくちゃ、いけないんやないの? 
 掃除とか、洗濯とか・・・」

「たぶん、自炊はせーへんやろし。
寝るだけやから大丈夫だよ」

 お父さんが独身の時の部屋は、几帳面な性格を反映してか、いつもきれいに整っていた。
一人暮らしの長かったお父さんの方は、あまり心配することはないかも。


 一番、悲しむのではないか?と思っていた美優は、

「じゃあ、夏休みにお父さんとこ、泊まりに行ったげる!」

『やさしいことを言ってくれる・・・』
と、お父さんはホッとした顔。

 お父さんよかったね。
 ディズニーランドに感謝せなアカンね。

(三)


 2丁目自治会は、早い時期に発足したものの、2丁目の子供会は、ようやく、この春から活動が始まった。

 発足までに3年もかかったのは、『両親とも働いていて、役員が廻ってきても出来ない』と、断わる家庭も   多かったし、各家庭の子供がまだ小さく、人数が揃わなかったからだ。
 
 自治会の取りまとめで、この春、やっと20人を超える入会希望が集まった。

 うちのお兄ちゃんが新5年生。
それでも2丁目では数少ない上級生、あれよあれよという間に初年度の子供会の役員、それも会長に選ばれてしまった。

 よりによって、こんな時に・・・ 


お父さんは東京へ行って、おらんようになる。

 不安が募るばかりだ。


 子供会役員4人で初めての会合をした。他の丁がやっているのを参考に、一年のスケジュールを決めていく。
①新1年生歓迎イチゴ狩り
②夏休みラジオ体操
③夏祭り出店
④クリスマス餅つき大会
⑤6年生お別れボーリング大会(今年6年生はいないけれど)
他に、春と秋のK町クリーンキャンペーン。
 1人月300円の予算では、これでもギリギリだ。
夏祭りとクリーンキャンペーンは、自治会長さんに相談するとして、4丁合同のラジオ体操は、他丁の子供会と打ち合わせをしなくてはいけない。

* 

 1丁目から4丁目、子供会会長揃っての打ち合わせを、4丁目子供会の会長さんが、段取りしてくれた。
2丁目からは、役員4人とも出席した。

 ラジオ体操は、夏休み中前後合わせて10日だけ。少し楽な気になった。

「思ったより、みんな出て来はりませんよ。声、かけといた方がええと思いますよ」

 4丁目の会長さんだ。

 そんなもんなのか・・・

私が子供の頃は、近所のほとんどの子が『皆勤賞』でエンピツとか貰って喜んでたのに。


「2丁目さんは、まだまだ数が少ないから、ラジオ体操に来る子より役員の方が多いなんてことにならなければ、いいですわね」
 お兄ちゃんと同じクラスの佐藤君のお母さん、1丁目子供会の会長だ。
学級懇談とかで、いつも積極的に発言をする。
 埼玉に3年ほど住んでいたことがあるので、関東の方の言葉に偏見はないつもりだった。
が、佐藤さんの場合はなぜか、標準語というより耳に不快な東京弁が、より近寄り難い存在になっていた。


 以前は、夏休み通期でラジオ体操をしていた。
ところが、役員の負担が大きいからと各丁で話し合って、7年くらい前から、夏休みの初めと終わりの平日5日間、計10日間という取り決めがあった。

他にも、カードにスタンプは押すけれど、『皆勤賞』はなし。

各回参加児童に、凍らせてないビニールチューブ入りジュース1本
『凍らすと、その場で食べる子がいるんです!』
を配ることになっていた。

 各丁、差が出るといけない。

「2丁目は出来たばかりでお金無いんでしょうけれど、せめてチューチューぐらい買ってあげてくださいね。
2丁目だけ何も無しでは、子供達が、かわいそうでしょ!」

 チューチューくらい、別に異存はなかった。
ただ、佐藤さんの、いちいち嫌味のある言い回しが気に入らない。


 帰り道、同じ2丁目役員の中西さんがボソッと漏らしていた。

「きっと、味方につけたら頼もしい人なんでしょうけどね・・・」


(四)

 2丁目子供会最初の催し、T市郊外にある農園でのイチゴ狩りは、全員が参加してくれた。  
お天気にも恵まれた。
 今年最高の気温だそうだ。

もう、半袖でもよかったかもしれない。

一緒に参加してくれた親御さんたちも、楽しそうにしていた。

 ああでもない、こうでもないと、やっと開催できた子供会の催しだ。
来てくれた人たちの笑顔に報われる。

「初めてにしては、上出来だったんじゃない!」
と、自賛。

「無事に、終わりましたね!」
 中西さんが、眩しそうにうなずいた。
 役員4人集まって、会計の計算をした。これも、ピッタリ一致した。

「次は、クリーンキャンペーンやね・・・」

 それはK町全体の催しだから、自治会長さんが段取りを手伝ってくれるだろう。
子供会として参加すると、町から助成金が幾らかある。
発足したての預金のない子供会にとって、貴重な収入だ。

 役員みんなと、次の打ち合わせ日を決めてから、解散した。


 行きと同様、同じ家並び、中西さんの運転する車に、我が家3人を便乗させてもらった。

中西さんは、
『旦那は朝早くから、サッサとゴルフに行ってしもたわ! 
イチゴ、食べさせたらへんねん!』

と、ぼやきながらハンドルを握っていた。

 ケータイが鳴った。
お父さんからだ。

【お袋が、今朝ひっくり返って、足の骨にヒビが入ったとかで入院したらしい。
行けそうやったら、姉貴に聞いて、一度様子見て来てくれへんか。
今日は、バタバタしとるやろうけど・・・】

 はい、わかりました・・・ 

なんて、憂鬱な電話。


「何、旦那さん? 
来週、帰ってくるの?」

 中西さんが、ミラー越しに尋ねた。


「旦那のお義母さんが、転んで入院したんだって。
 旦那は、来週帰ってくる予定だったんだけど・・・」


 ゴールデンウィークは、お父さん、あっちに取られちゃうんやろな・・・ 
深いため息がでた。

 美優が、心配そうに見上げていた。


      *


 お義母さんは、苦手だった。

 お義父さんの実家は、滋賀県北部の城下町、旧中仙道沿いにある旧家だ。お義父さんは、そこの三男。
法事で何回か訪れたことがあるが、家に上がると、昭和初期にタイムスリップしたような気分になる造りの家だ。
 
お義母さんは、その地元のバルブ会社社長の娘で5人兄弟姉妹の4番目の次女、二人は見合い結婚で結ばれた。
お義父さんは大阪にある精密機械のメーカーに定年まで勤め、今は大阪北部の自宅で年金暮らしをしている。


 結婚することが決まった頃、知世は、興信所に身元調査をされた。

実家の近所の人が、見知らぬ男性から色々聴かれたと教えてくれたので、結婚した後、お義母さんに それとなく聞いてみた。

「内村の家に、変な血が混じったらいけませんもの!」

 当然のような顔をして、そう言った。
興信所を頼んだのは、お義母さんだった。

 お義母さんは事ある度に
「内村の家の嫁として、恥ずかしくないようにしてくださいませね!」

 自慢できるような家柄でもないが、実家を恥ずかしいと思ったことはない。
知世自身の至らなさを責められるのは仕方ないが、声高に内村家の親兄弟親戚の勤めている会社、学歴などを自慢されて、知世の親、親戚のそれを蔑まれても、なす術がない。

 長男の嫁だし、将来は、この人と一緒に住まなきゃならない、と覚悟はしていた。

けれど、お義父母と同居しているお義姉さんは、もう50の大台で独身のキャリアウーマン。
我が家は、お父さんの仕事で大阪を離れて転々としていたので、今のところ、盆と正月だけは義理堅く顔を出す。
その程度で済んでいた。

 それでも『さくら坂』に移ってからの盆と正月は、必ず『さくら坂』に家を買った時の話題になる。

「ここを、2世帯に立て替えるって方法もあったのに、知世さんたら、私らに何の相談も無しに、パッパと話を決めてしまうんやもの!」

 と、いつものように、犯人扱い。

「私が、行かず後家で、居座ってるからね・・・」
 そう言って、お義姉さんが毎度、取り繕ってくれたのだった。


 今年の正月は、特にひどかった。

このやり取りが、1回で終わらず、しつこく交わされる。
子供達の前でも、お構い無しなのには閉口した。


「お袋、ひざが悪うなってから、うつ病気味なんや」

 去年の秋あたりから、少しヒステリック気味に、ひざの痛みを訴えていたらしい。
お父さんはそう言って、ガマンするように慰めてくれた。

 見舞いに行った病院で、子どもたちの前、また罵られたりするかもしれない、               気持ちが重たくなるばかりだ。

* 

 中西さんに送ってもらった礼を言って、家に入った。

 重たい受話器を上げて、お義姉さんのケータイにかける。
 留守電だった。
『後で電話します』 と伝言して、受話器を置く。

 10分ほどして、電話がかかってきた。
【克典から、聞いてくれたんやね。
心配してくれて、ありがとう】

「今日、これからでも、伺いましょうか?」

【来てもらっても、手伝ってもらうことあらへんから。
こっちは大丈夫よ】

 少し、肩の荷が降りた。
【夜、落ち着いたら電話するわね】 と、早々に切られてしまった。

* 

 夜になって、お義姉さんから電話が入った。

【克典から聞いてるかも知れへんけど、母さんね・・・
 ここへきて認知症が、だいぶ進んでるみたいなん】

 知らなかった。
お義姉さんの声が、胸に重たく響いた。
 お父さんは、
『ひざが悪うなってから、うつ病気味なんや』
と、言っていただけだ。

【克典は、認知症って認めたくないかも知れへんね。
東京にいるから、最近の母さん知らんやろし。
この春からかしら、急に物忘れが激しくて、それともう、めっきりだらしなくなってしもたん。
ここ、大きい病院で、ちょうどええ機会やから、入院している間に、そっちの診方も診てもらうようにしようと思てんねん。
知世さんもやけど、美優ちゃんたちが今の母さんと会ったら、それでもし自分らのこと忘れられとったりしたら、かなりショックやと思うわ。
 
それに、父さんがね・・・ 

そんな母さんを、孫たちに絶対見せたくない!って聞かんの。 
だから、来ん方がええと思う・・・ 】

 今朝、駐車場の車止めに躓いて、ひっくり返ったらしい。
右足の大腿部が折れているというから、大きな怪我だ。

 お義父さんは、『俺が目を離したからや!』と、かなり責任を感じているらしい。

【元々、ひざも悪かったし、退院してももう、ずっと車椅子になるでしょう。
今の状態だと、リハビリしても、また歩けるようになるとは到底考えられへんし・・・】

 認知症についての知識はなかった。
でも、大変そうなのは次の一言で想像できた。

【最近、私のことさえ、思い出せへんでいるみたいやの・・・】

* 

 連休に、お父さんが大阪に帰ってきた。
お父さんには、お義姉さんに言われた事を、そのまま伝えていた。

【一度くらい、お前だけでも見に行ってくれたらええやないか!】

 東京からの電話では怒っていたが、今日、病院に寄ってから帰ってきた時のお父さんは、仕方ないという表情だった。

「俺のこと、オヤジと間違うとった・・・」
 しんみりと、教えてくれた。

 目に涙を浮かべているお父さんを見て、胸が苦しくなった。
そんなお父さんを見たのは、初めてだった。辛そうだ。
それ以上詳しくは聞けなかった。


 お義母さんの入院している病院は、12歳未満の子供の病室への入室を禁止しており、『お義母さんがまだベッドから動けず、病室から出られない』との口実で、お見舞いには行けないと、子供らに説明していた。

 お父さんは、お義母さんの話題をできるだけ避け、子供たちが聞いても『まあ、そんなところや・・・』
と、機嫌悪げに口を濁していた。

 連休は、子供らと何処かへ遊びに行く事もなく、『さくら坂』から毎日、仕事のようにお義母さんの入院している病院へ通って、東京へ戻っていった。


* 

 近畿地方に梅雨入りが宣言されて、まもなくお義母さんは退院した。
当然、認知症では入院させておいてはくれない。
骨折した大腿部は、年齢もあって、これ以上は改善しないだろうと自宅での経過観察となった。
思いのほか退院が早まったのは、お義父さんが一日も早くと退院させたがったからのようだ。
お父さんは、退院に合わせて3日間の休みを取って大阪へ帰って来ていた。

 お義父さんがお義母さんを、どこかの介護施設へ移すなんてことを承知するわけがない。
お父さんは、実家を車椅子が受け入れられるよう整理したり、退院の段取りをしたり、今後のリハビリの手続きをしたりで、梅雨空の下、大阪北部のS市にある実家から、役場、病院等へと行き来していた。

 大阪に来ているのに、『さくら坂』には一度も顔を出さなかった。 
事務的なメールが、数回送られてきただけだ。

大変なのはわかるけれど、せめて、電話で声くらい聴かせて欲しかった。

『さくら坂』に移った年に、お父さんの植えた小さなアジサイは、年々スクスクと育ち、今が満開だ。

ただ今年は、一番愛でてくれる鑑賞者の姿はなく、心なしか寂しげに雨の中で佇んでいた。


(五)

「お兄ちゃん! 起きなさい!」

 夏休み最初の平日の朝。もう外は明るい。
初日くらいは、いっぱい子供たちがいないとカッコがつかない。

 スッピンというわけにもいかず、今朝は、5時30分に目覚しをかけた。
出る用意をして、美優とお兄ちゃんを起した。 
少し早めに家を出た。

 ラジカセを抱えて、美優と、まだ眠そうなお兄ちゃんを連れて、中央公園へ向かった。
中西さんとご主人、中西君、まだ幼稚園のゆりちゃんも来ていた。

「おはようございます。
ご主人まで、お手伝いいただいてありがとうございます!」

 中西さんは、チューチュー当番だ。

 長方形をした中央公園の、四隅それぞれに、各丁の子供会が陣取っていた。

 ラジカセの音量を確かめる。
 電池は、新しいのを昨夜入れた。 

  NHKにダイヤルを合わせた。

 ほのかちゃんが、寝グセで頭の後ろがピョンと跳ねたパパに、抱えられてやってきた。
「おはよーございます!ご苦労様です!」

 2丁目子供会は、ほとんどの児童が来ていた。民生委員の出島さん、自治会長も来てくれていた。

4丁の中で、2丁目が一番人数が多い。 
役員みんなで胸を撫で下ろす。

 佐藤さんの姿があった。

 1丁目に、佐藤さん以外の役員らしき人はいない。
 ひとり、気だるそうに準備をしていた。
集まっている子供たちは1丁目が一番少ない。

♪ あたーらしい朝が来た 
♪ きぼーぅのーあーさーだ… 

ラジオ体操の歌が流れた。

 ラジオ体操が始まる。 
久しぶりだ。

 第一は体が覚えていたが、第二となると、所々があやふやになる。

 ほのかちゃんが、座り込んでいる。

 寝グセ頭のほのパパさんは、最初は、ほのかちゃんの手を取って試みていたが、早々にあきらめて、気持ち良さそうに自分だけラジオ体操を始めていた。

 体操が終わると、子供たちを並ばせて、一人ずつスタンプを押し、チューチューを配っていった。
とりあえず、初日は事なきを得た。


*  

「後から追っかけるから、先行っといて!」

 ラジオ体操3日目、お兄ちゃんは布団の中からそう叫んで、結局中央公園には現われず、家に戻ったら、布団の中でスヤスヤと寝息を立てていた。

「今日も、パス!」
 前半5日間の最終日、今朝もお兄ちゃんには声をかけたが、掛け布団を引き上げて顔を隠してしまった。

「もーっ!」
 と、腹を立てていると、
美優が、『わたしは、ちゃんと一緒に行くよ!』と慰めてくれた。

 雨の予報だったが、空は何とか持ちこたえている。
 いつもどおり、中央公園へ向かった。

 5日間、それほど参加人数は減らなかった。 

 2丁目は優秀だ。

1丁目の佐藤さんは、最初の2日間だけ来てその後姿を見せなかった。
ウチのお兄ちゃんとおんなじだ。

 ほのかちゃんは、いつもパパと来ている。
ほのかちゃんのママは、夏休み前に『めまい』で倒れたばかりだから、ラジオ体操はパパさんの担当になっているらしい。
 中西さんが教えてくれた。

 この5日間、結局、ほのかちゃんは、座り込んでみんなの体操を見ていた。

 ほのかちゃんのパパは、相変わらず自分ひとりで、気持ち良さそうに体操をしている。
Tシャツと短パン姿なので腹回りがポテッとしていて、見苦しい。
しっかり体操した方が、いい。

「あれやったら、パパさんだけ、体操しに来たらええのにね・・・」
 美優の意見に同感だったけれど、

「参加することに意義があるの。
 早起きできるだけ、お兄ちゃんより偉いでしょ!」
ちゃんと、大人の意見も言っておかなければ。

 明日からしばらくは、早起きから開放される。

でも次は、夏祭りが控えている。
出店の打ち合わせや準備、これから毎週のように行なわれる、盆踊りの練習会にも立ち会わなくてはいけない。

「お疲れ様でした」 片づけを済ませて、みんなに挨拶した。

「ほのちゃん、いいなぁ・・・」

 美優が、ポソっとつぶやいた。
美優の視線の先に、パパに手を引かれて家へと向かう、ほのかちゃんがいた。

 そうだった。

 いつもしっかりと振舞っているけれど、美優だって当たり前の小学2年生だ。
すぐ手の届く所にパパがいるほのかちゃんを、羨ましく思うのは仕方がない・・・

 美優のお父さんは、今、東京にいる。

 美優の肩に手を置いて、そっと引き寄せた。
 美優は見上げて、ちょっと寂しそうに笑った。

(六)

「美優がね、『ほのちゃん、いいなぁ・・・』って・・・」

 お父さんの電話は、急遽海外出張の予定が入り、予定していた7月に大阪に帰って来れなくなった内容だった。

 今のお父さんに、『さくら坂』の方を振り向いて欲しい。
きっと、気に掛けていてくれているのだろうけれど、せめて子供たちに、もっと、父親の愛情を味あわせて欲しかった。
 あざといような気もしたが、ラジオ体操の帰りに見せた、美優の寂しそうな様子は伝えないといけない。

【姉貴の勤めている所、介護休暇の制度がちゃんとあるらしくて、何ヶ月か休むことにしてくれたらしい。
これで実家の方も、少しは安心できる。
お盆は3日ほどしか休めへんけど、一晩は必ず帰るようにする。
子供達や家の事、任せっきりやったな。
 ごめんな・・・】


 涙があふれてきた。

お父さんに、そばにいて欲しいのは、美優より私の方かもしれない。


*  

 お盆に、お父さんが大阪に帰ってきた。
 『さくら坂』にも、1晩だけ帰ってきてくれた。

「美優、夏休み最後の週、東京行っていい? ジュンちゃんがおいでって!」
 ジュンちゃんとは、東京に住んでいる2番目の義姉さんの子、この春高校へ入った、美優とは従姉妹同士だ。

 ディズニーランドが大好きで、難しいといわれてた高校に、もし受かったらと年間パスポートの約束で、猛勉強を始めて、合格してしまった。

ディズニーの威力は、素晴らしい。
そのジュンちゃんが、美優をディズニーランドに連れて行ってくれると。

「父さんのとこやったら、ゴロ寝やぞ・・・」

「東京のオバサンとこ、泊めてもらうから大丈夫!」
 美優は、笑って答えた。

「そこまで、話ができてんのか。
しゃーないな・・・」
 お父さんは、ちょっと考えてから、

「その週末、帰ってくるわ。
 日曜日に一緒に東京へ行こ。
帰りは東京駅までオバサンに頼んどくから、新大阪までお母さんに迎えに来てもらえ。
一人で新幹線乗ってられるか?」

 うん、大丈夫!・・・ 
美優は、目を輝かせた。

 お父さんは、美優には甘い。

「僕も、ついてったるよ!」
お兄ちゃんが、話に入ってきた。

「オバサンとこ、上のマサタカは、今年大学受験やぞ、二人も行ったら迷惑やないか?」

「僕は、父さんとこで、ゴロ寝でええよ!」


 ディズニーランドは、男の子もしっかり誘惑するらしい。

(七)

 夏祭りの日は、晴天だった。
今日も、暑くなるにちがいない。

 今夏の異常とも言える暑さの中、今日は一日中、外にいなくてはいけない。
早めの昼ごはんを済ませて、しっかりと日焼け止めクリームを塗りこんだ。

「お昼ご飯置いとくからね。
 夜は、祭りでなんか食べてくるか、おなかすいたら冷蔵庫のご飯チンして、レトルトのカレーで食べといてね。 
じゃあ、行ってくるわ・・・」

 エアコンの効いたリビング、ソファーでテレビを見ているお兄ちゃんと美優に声をかけた。


 2丁目子供会の出店は、普段は集会場の駐車場になっているスペース、1丁目子供会と3丁目子供会のテントに挟まれた場所。
 テントは、既に自治会の人達で、組み上げられていた。

 子供会の出し物は、1丁目がスーパーボールすくい、2丁目は輪投げ、3丁目はヨーヨーつり、4丁目はクジ引きだ。
 1丁目のテントの中にいる佐藤さんと、目が合ってしまった。

「ラジオ体操心配していただいてましたけど、2丁目は、ほとんどの子が来てくれました。
佐藤さんは、会長さんなのにラジオ体操されないんですか? 
最初の頃しか お顔見ませんでしたけど・・・?」

 精一杯の皮肉のつもりだった。

「1丁目の役員はちゃんと、役割分担しているんです。
5人で2日ずつ10日間、嫌な仕事でもちゃんと平等にして、できるだけ役員の負担が少なくなるよう考えてやってるんですのよ」
 佐藤さんは、さも当然というように、シャーシャーと言ってのけた。

 ラジオ体操が嫌な仕事か・・・ 
言葉を交わしたのを、後悔した。


 こんなことしてるヒマないわ、さあ、準備にかからなくちゃ。

 中西さんが、ささやいてきた。

「前に、味方につけたら頼もしそうとか、言っちゃいましたけど撤回します。
あんな人と一緒だったら余計大変ですよね・・・」
そう言って、1丁目の方をチラッとみた。


* 

 特設ステージや、カキ氷、焼きそばは、昼過ぎから賑やかに始まっているが、子供会の出店は、3時からのスタートになっていた。
これは、『スタート時間は、きっちり守って欲しい』と、夏祭りの実行委員会からのお達しだ。

 各子供会には、遊戯関係の出店が、割当てられている。
特に、4丁目子供会の『おもちゃクジ』が子供達に人気で、みんないい景品があるうちにと、毎年殺到する。

 まだ20分前なのに、4丁目子供会のテント前には、もう並んでいる子がいる。
その列の中に、お兄ちゃんの姿もあった。

 3時近くなると、2丁目子供会の前にも、並んでいる子がいた。

「うちも、結構いい景品だから、きっと、繁盛するわよ!」
 中西さんが自慢げに言った。景品手配は中西さんの担当だ。

中西家とほのかちゃんの家は向かい合わせ、普段から仲のいい、ほのかちゃんのママに相談したらしい。
ほのかちゃんのパパは、雑貨卸の会社に勤めているらしく、子供の好きそうな流行り物の雑貨、玩具、文具などを安く手配してくれた。

 3時になった。
ちゃんと、子供たちを並ばせる。

「1回100円ね。
3つ輪の合計の数字の棚の景品がもらえますよ!」
 正方形の板に九つの棒、それぞれ1から9までの数字がついている。
子供たちがその板をめがけて輪を投げる。テーブルには、点数ごとに景品を並べてある。

 お目当ての景品を逃した女の子が、また10人ぐらい並んだ列の後ろへ廻り、

「だれも取りませんように・・・」
と、いま貰った参加賞のマスコットと百円玉を握り締めている。

 30分ほどは、めまぐるしく忙しかった。

 4丁目子供会が景品がなくなったとかで、もう閉店しはじめた。 

  また、忙しくなった。

参加賞の景品は、まだまだ山盛りあるが、人気の景品が1つ消え、2つ消えしているうちに、ようやく、息つく暇ができた。

「ご苦労様です。
まだまだ暑いですよね・・・」

 客足が一段落したころ、ほのパパさんが顔を出した。
ミノリちゃんの手を引いている。
ほのかちゃんも連れてきていた。

「景品、良いのを用意していただいたんで、大繁盛です! 
ありがとうございます!」


「そうですか。
それは良かったです。
ホノカもミノリも、輪投げやってみるか?」
 パパさんが振り返った時、ほのかちゃんがいなかった。

 その時、となりのテントから大きな声が聞こえた。
大きな声の主は、佐藤さんだ。

「あーっ! 
勝手に、手を突っ込んじゃだめよ! お金払ってから!」

 ほのかちゃんは、スーパーボールの浮いた子供用プールに、手を突っ込んでバシャバシャしている。
既に、ボールも3つほど握りしめていた。

「あぁっ! すみません。
こらっ! ホノカ! 
ボール、おねえさんに、ハイッってしますっ!
ごめんなさいはっ!」

「ゴメンナサイ」
 ほのかちゃんは、小さな声でそう言うと、素直に握りしめていたボールを、佐藤さんに渡す。

「『おねえさん』って、佐藤さんのこと? それは言い過ぎよねえ・・・」

 横で、中西さんがヒソヒソと耳うちした。


「暑いからな、
ホノカ、スーパーボールをさせてもらうか?」

「ミノリ、どっちもがいい!」
 ミノリちゃんが主張する。

「ああ、わかった。わかった。
次に輪投げもするからな」
 と、ミノリちゃんをなだめつつ、

「スーパーボール、2人分、お願いします」
 ほのパパさんは、佐藤さんに200円を手渡した。

* 

「ありがとうございました。
頑張ってくださいね」

 バイバイ! 
輪投げの景品を握りしめたミノリちゃんが手を振った。

『あーっ!』
と叫んだかと思うと、ほのパパさんは、ほのかちゃんを追いかけていった。

 ほのかちゃんが目指して走っていったのはカキ氷か? 
ミノリちゃんが二人の後を『まってー』と追いかける。

 その光景を見ながら、佐藤さんが、となりのテントから声をかけてきた。

「大変ねえ・・・
2丁目さんは。
お金は無いし、人数は集まらないし。おまけにあんな子まで抱え込んじゃって・・・」

 さすがに、カチンときた。
『ちょっと!』と言いかけた時、中西さんが突っかからんばかりの勢いで、佐藤さんの前に出ていった。

「2丁目は、障害があろうが、なかろうが、普通にやってます! 

   ちゃんと当たり前に!

 一緒にやっていけてます! 
どうぞご心配なく!」
 
強い口調だった。

普段、冷静な中西さんの意外な一面を見た。

「おおこわっ!」

 さすがに圧倒された佐藤さんは、バツが悪そうに
『ちょっと休憩に行ってきまぁ~す』と、そそくさとテントから逃げていった。


「子供達も大勢いるのに。
何であんなこと言わなアカンのよ・・・」
中西さんは、悔し涙を浮かべている。
 ほのちゃんのママとも親しいし、自分のことのように腹が立つのだろう。

 この光景を見ていた子供達の中に、お兄ちゃんの姿もあった。

 先に言われちゃった・・・

中西さんの悔しい気持ちが、伝わってくる。

中西さんが佐藤さんへ放った
『当たり前に一緒にやっていけてます!』は、自分の胸にも、しっかりと刻み込んでおかないと。


「ごめんなさいね・・・ 
お恥ずかしい限りです・・・」
 1丁目のテントの中から、一人の奥さんが声をかけてきた。

「1丁目にだって、『ふれあい学級』の5年生の子がいるんです。
軽いらしくて、ほとんど通常学級の方におるし、みんなといても全然大丈夫な子なんやけど・・・」

 その子とお兄ちゃんは、以前に一緒のクラスになったことがあった。
どの子がその子なのか分からないので、さほど気にも留めていなかった。


「今年になって会長があの人になってから、何にも参加してこなくなったんです。
何か、肩身の狭くなる思いをさせてしもたんやと思います。
今でも会費はちゃんと払ってくれてはるのに・・・
あの人のせいばかりやないです。
2丁目さんを見習わなアカンって思います・・・」

 その奥さんは、そう言いながら、佐藤さんが出て行ったほうを見やって、中西さんの方へあらためて頭を下げた。

(八)

 一昨日、お父さんが帰ってきていた。 お父さんは今回、実家へは行かなかった。

 みんなで買い物に行った。 
久しぶりの家族の休日だった。
以前なら当たり前の休日だったのに、とても貴重な一日のように思えた。

 昨日のお昼にはもう、お父さんは美優とお兄ちゃんを連れて、東京へと戻って行った。
  子供たちにとっても、かけがえのないお父さんだ。
久しぶりに、しっかり甘えてくればいい。

 子供会が無かったら、私も行けたかもな・・・

 誰にだって、いくつになったって、ディズニーランドは魅力溢れる場所だ。

  来年は必ず行ってやろう。
家族みんなで。

     *

今日からラジオ体操、後半の5日間が始まる。

 昨夜は、家に一人だった。眠い。
久しぶりの独身の夜に、妙にワクワクして、調子に乗って深夜までテレビを見てしまった。
それでも、スッピンというわけにはいかない。
朝5時45分に鳴った、目覚ましを止めた。

 ラジカセを抱えて中央公園へ行くと、中西さんが既に来ていた。
「おはようございます…」
 もう、ラジオ体操の歌が、他の丁のラジカセから聞こえてきた。
急いでラジカセのスイッチを入れる。

 今日は、子供たちが少なかった。
10人もいない。

「気を抜いたらダメですね。
もう一回、声かけとかないと。
今日からって、忘れてる子もいるでしょうね・・・」
 中西さんが首をかしげながら、渋い顔をした。

 相づちを打ちながら、つい、出そうになったアクビをかみ殺す・・・ 

  自分の子も来てないのに、なんで朝早くから、こんなことしてなくちゃいけないんだろ。

 出島さんと目が合った。 
ニコッと笑ってくれた。
出島さんは、毎朝来てくれている・・・ 
子供会とは関係ない出島さんでも、ちゃんと来てる。

頑張らなきゃ、あと残り4日。


 ほのパパさんが、ほのかちゃんの手を引いて駆けて来た。
ほのパパさんは、今日は特別すさまじい寝グセ。
生え際の元来の白髪が、染まった黒髪を押し上げているのが丸見えだ。

「あの人は、若く見えるけど俺より年上なんやで」
 以前、お父さんが言っていたのを思い出した。


 ラジオ体操が、始まった。

 今日は、ほのかちゃんは座り込まずに、立ったままみんなの体操を見ていた。
出島さんが、ほのかちゃんに、小さくおいでおいでをした。

 ほのかちゃんは、出島さんの横に動いて座りこんでしまった。
出島さんは、体操をしながら、根気よくほのちゃんに声をかけ始めた。

ほのパパさんは、いつものように一人で体操している。


 もうすぐ曲が終わりになる頃、ほのかちゃんが立ち上がった。
深呼吸の時少しだけ、ほんの少しだけ、ほのかちゃんは腕をまわした。

「やー、ちょっとだけしたね! 
明日も、おばちゃんと体操しようね!」
 出島さんは嬉しそうに、ほのかちゃんに笑いかけた。

* 

「ラジオ体操今日で最後なんだから、今日ぐらい起きなさい!」
 お兄ちゃんを無理やり起こして、今日は、連れてきた。

やっと、夏休みが終わる。


「あれっ? 1丁目、佐藤さん来てますね・・・」
 中西さんが眉をひそめる。

 お兄ちゃんも1丁目の人たちの方を指差して、
「あっ!横山、来てるやん!」

『ふれあい学級』の5年生の男の子が来ているらしい。

 夏祭りの時にいた、1丁目の奥さんと目が合った。お互いペコリと頭をさげた。
 中西さんが目を細めた。

 そういえば、後半になって一丁目の来る人数が増えてきて、今朝は、4丁の内でも1丁目が一番多いような気がする。
 1丁目で何か変化があったのかもしれない。

「まあ、ヨソの丁は、放っときましょ」

 そう言って、ラジカセの電源を入れた。 
ラジオ体操の歌が流れだす。

「おはようございます!」
 出島さんだ。 
出島さんは皆勤賞だ。

 ほのかちゃんとパパもやってきた。 2人も皆勤賞だ。

「うちのダンナなんて、最初の日にチューチュー運んでくれただけよ」
中西さんが、不満を口にする。

 考えてみれば、2丁目の大人の男の人で皆勤賞は、ほのパパさんだけだ。
仕事もあるだろうし、そういう風に見せてないだけで、結構大変なのかもしれない。

 ほのパパさんは、また寝グセ頭。 きっと、あんまり気にしない人なんだろう。
昨日の夜でも染めたのか、今日は白い部分は見えない。

 ほのかちゃんのママが、染めてあげてるのかしら・・・ 
どうでもいいわ、そんなこと。

 ほのパパさんの毛染めのチェックをしていた自分が馬鹿らしくて、思わず苦笑いをする。


 今日も、ほのかちゃんは最初から出島さんの横にいる。

後半の2日目からは、そこが定位置になった。
ほのかちゃんは、すぐ座り込んでしまうけれど、出島さんに促される度、日々、体を動かすようになっていた。

 始めの、首を回すだけのメロディーが流れた。
 出島さんが、早速ほのかちゃんを促している。
ほのかちゃんも出島さんの真似をして、首を回す。

 ラジオ体操第一の曲が始まった。

 出島さんに声をかけてもらいながら、ほのかちゃんも体操している。


 おっと、今日は続いている。


 ほのかちゃんのパパは、それを横目で見ながら気持ち良さそうに体操している。

 第ニが始まった。

 ほのかちゃんが途中で止めてしまいそうになったら、その度に、出島さんが声をかける。
ほのかちゃんは体操を続けている。 この調子なら最後まで続きそう・・・

「やったー、ほのちゃん!
 全部できたぁー!」

 ラジオ体操の曲が終わったと同時に、子供達から大きな歓声が上がった。


2丁目の子供たち、みんなが嬉しそうだ。美優も、自分の事のように喜んでいる。
みんな、ほのかちゃんの体操が、気になっていたらしい。

 お兄ちゃんと志水君が、『イェーイ!』と叫びながら、ハイタッチをしていた。

 出島さんは、満面の笑顔だ。
うっすら、涙も浮かべている。


「ありがとうございました・・・」
 ほのかちゃんのパパが、出島さんに丁寧に頭を下げた。

 
 当のほのかちゃんは、自分のことでみんなが喜んでいるとは、わかってないらしい。
キョトンとした顔をして、ご褒美のチューチューの列に並んでいた。


「なんか、終わり良ければ全てよし、って感じですよね。 お疲れ様!」
中西さんが、穏やかに言った。

 お兄ちゃんが志水君と、まだ何やらふざけあっている。


「さあ、帰りますよ・・・」
 美優と手をつないで、家に向かう。

 子供会、やってて良かったかな・・・ 

いつになく、優しい気持ちになれた朝だった。

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