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⑥【小説】 さくら坂のほのかちゃん ほのパパの3

「中西さんの奥さんが、ラジオ体操がんばってましたねって」

「ホノカは最後の日になって、やっと最後まで通してしたんだ。出島さんのおかげだけどね・・・」

「違うの、パパのほう、皆勤賞で偉いですねって」

「そうか! 世の中には、ちゃーんと見てくれている人がいるもんだ。そうか そうか!」

「『朝、体を動かすのは、気持ち良いもんだ』なんて気楽そうに言ってたやない。 中西さんに、言っといたわ。 そしたら、
『そういえば、ほのちゃんを出島さんにまかせっきりで、いつも1人で気持ち良さそうに体操してましたね・・・』
って・・・」

 うーん。 確かに、見ている人は、ちゃんと見ている。
* *

 澤田先生が言っていた、なんばにある『めまい科』の医院をWEBで調べると、今も営業していることがわかった。
『めまい』専門の医院だった。 
『めまい科』という名称ではなかったけれど。

 早速予約を入れて、ママを連れて行った。

 診察に現われた先生は、つい、『おじいちゃん』と呼んでしまいそうな、小柄で優しそうな老紳士。
澤田先生が『まだ、生きてはるかしら?』と、心配していた先生は、無事生きていた。

 ママの書いた診察前アンケートを見ただけで、
『あんたのは、たぶん、頸からきてるんやと思う』
と、さすが『めまい』の専門家だ。

 徹底的な検査が始まった。
もちろん大学病院と同じような検査もあった。
歯の噛み合わせの可能性もあるとかで、歯医者にもレントゲンを撮りに行った。

  結局、初診の時以上のことは分からなかったのだが、大学病院と決定的に違うのは、ママの『めまい』の症状に対して、予防する手立てを色々教えてくれることだ。
頸のマッサージ、通常の薬に、鍼灸、漢方など、いつ来るかわからない『めまい』をただ恐れていた頃より、予防対策があるだけかなりの不安が解消されている。


 夏休みが終わって、また登校が始まる。

  ママはまだ『めまいがきそう』は度々、『めまい』は10日に1回の割合で襲ってくるので、徒歩での付き添いはちょっと怖い。

当分の間は登校はパパ担当、出勤の早い日は、車でホノカを送ってから会社へ向かい、大阪市内で電車乗換えの時ひた走る、遅い日は、学校まで登校班と一緒に歩く。

お迎えはママが車で無理せずに、となった。


* * 

 朝、志水君のママを見かけなくなった。

「お母さんが走るの、ほのちゃん、じっと見るから、僕らの出発が遅れるねん!」
 お母さんにもっと早く出るよう、僕が言うたったんや・・・
志水君が、自慢げに教えてくれた。

 ご協力、ありがとう。


* * 

 夏休み明けて運動会のシーズンになると、自閉症の子はパニックになりやすいという。

 団体行動、騒がしい音、予行練習で普段の授業スケジュールが変更され、自閉症の子は特にパターンを覚え込んだスケジュールの変更が苦手だった。

運動会を心配していたが、当のホノカはといえば、さほど悪影響はなかった。

 むしろ『ヨーイドン!』と走り出すのを家でやっていたので、これは使える、登校で立ち止まった時     『ヨーイ、ドン!』
と、一緒に走り出せば早く進めるようになった。
 調子に乗って、内村君たちを追い越したりもした。

「でも、ほのちゃん、最初だけやねん・・・」

 藤本君によると、ちゃんとできるのはスタートだけで、楠田先生が付いてないと、途中で座り込んだり、戻ってきたりしてしまうらしい。
ホノカだけで、一人で走ってゴール出来るようにと、『ふれあい学級』での時間も、澤田先生と楠田先生が 付きっきりで一生懸命練習してくれている。

 もうすぐ運動会か・・・

ホノカ、ちゃんと走ってくれよ。

* * 

「ほのちゃん、なんで車の日と、歩きの日があるん?」

中西君が尋ねてきた。

「おっちゃんの、仕事の都合なんだ・・・」
 できれば毎日、みんなと一緒に歩かせたかった。 
それをホノカに慣れさせたかった。

班と一緒、歩いての登校は、パパが心斎橋にあるお得意さんに直行して営業する、月、木の週2日しか都合できなかった。
 
『今日は、車で行く日』・『今日は、歩いて行く日』2通りの予定をスケジュールとして示すだけで、今のホノカに、パパの都合まで理解させるのは無理だ。

「いつも、ほのちゃんと一緒に行けたらいいのに!」
 ミユちゃんが、残念そうに言ってくれる。

ちゃんとホノカをメンバーとして考えてくれる、班の子達の気持ちが嬉しい。

 ホノカは、キョトンとした顔をしていた。
 卒業するまでには、ホノカ一人でも行けるよう、なってくれるだろうか?


* * 

「ホノカ! ボタンとめなさい!」

朝出掛け、ママに叱られて留めたはずの制服のポロシャツのボタン、パパの車に乗った時には もう全部外していた。

 最近、ボタンを外すようになった。 小学校のお友達の、誰かのマネをしているんだろう。

「ボタンはめるまで、動かしません!」

道路の脇に、ハザードを点けて車を停めた。

「クルマッ! チョーダイッ! クダサイッ!」
最近、要求に『クダサイ』バージョンが加わった。

「だから、ボタンをとめなさい。
そしたら動かすから!」

いつものように、ダッシュボードを乱暴に叩いたり、狭い天井を蹴り上げたり、暴れながら怒る。

「こら、暴れるな。
車、壊れるぞ。
ボォー・タァー・ンッ!」

さすがに、あきらめてボタンをはめだした。

「カシコイッ、カシコイッ」
と、自分で言いながら、イヤイヤながらも、やっとボタンを留め終わった。

「そう、かしこい、かしこい・・・」

車を動かし学校へ向かう。

「おはようございます!」
 ボタンバトルのせいで遅くなった。
内村君たちは、もう、門の中に入って行ってしまったようだ。

校門では、介助員の楠田先生が、お迎えに出ていた。

「最近、ボタンをすぐ外すんですよ。お友達で、外している子がいるんですかね?・・・ 」

ホノカは早く行けとばかり、パパの手を引いて車へ乗せようとする。
「わかった、わかった・・・」

 車に乗り込んだ窓から、
「じゃあ、いってきます・・・」 

あっ、もう外してる!

ホノカめ、ニヤッと笑いやがった。

* * 

「校長先生とも、バトルしたんやって!」
 ママが迎えに行った時、楠田先生に聞いたらしい。

 校長先生は、ダンディーな初老の紳士だ。 バトルっていう単語は似合わない。
校長先生まで『ボタン留めなさい!』って言ってくれたのか。 
ありがたいことだ。

「でも、校長先生の負け・・・」

 何じゃそりゃ。 
ホノカに負けてしまうのか、校長先生。

 翌日の朝もボタンバトルは続いて、その次の朝のこと。

「ホノカ!
 さあ、もう着替えないと遅れるよ。 今日は歩いていくからな!」


「カシコイ、カシコイ」

 あれっ? 
今朝は自分からボタンを留めてるじゃないか。


「かしこいぞぉ。ホノカ!」
 やっと留める気になったか。


 学校へ向かう道すがら、藤本君が教えてくれた。
「昨日ね、酒井先生がね、
『ほのかちゃんのお父さんが困っています!』って!」

 藤本君はホノカと同じクラスだ。
ボタンのことは、楠田先生が酒井先生に伝えてくれたんだろう。

『ほのかちゃんは、好きなお友達のマネっこをします。どうしたらいいですか?』
と先生が言うと、

『私たちが、ちゃんとボタンを留めて、ほのかちゃんにも教えてあげます』
となったそうだ。


 みんな、えらいな。ありがとう。 校長先生より頼りになるよ。


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