時間が有限だという当たり前の事実を再認識する
4月から子供が保育園に通い始めた。
まだ今は慣らし保育というやつで、少し早めにお迎えに行く。
最初の1週間は1〜2時間くらいでお迎え。
次の1週間は2〜4時間くらいでお迎え。
そして今週は6時間くらいでお迎えになった。
預けて1時間でお迎えというのは、保育園から自宅に戻り、一息つくかつかないかくらいのタイミングで、またすぐに保育園に向かわなければならないので、かなり忙しない。
2時間でもそう大差はない。多少の片付けやメールチェックくらいは出来るけれど、集中して作業するほどの余裕はない。結果、目の前のちょっとしたことをこなすだけの時間という感じ。
しかし、預ける時間が3時間を超えたくらいから、一気に状況が変わってきたのを感じる。
保育園までは徒歩で10分かからないくらいなので、往復でも15〜20分というところだから、残り2時間半。タスクを1つこなして、お茶を飲む余裕すらある。
或いは、スーパーに行って、夜ご飯の下ごしらえをして、お茶を飲む余裕すらある。
こうなってくると、その限られた時間を有効活用するために、効率的な作業手順を考えたり、帰宅して一息つく前に作業に着手するようになったり、自然と自分の思考と行動が変わってくるから面白い。
保育園に通い始めるまでは、基本的には常に子供のケアをしている状態だったから、この自分の使いたいように自由に使える数時間がとてつもなく貴重なもののように感じる。
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若い頃や独身の頃は、物事を時間で解決しようとしていた傾向が強かった。新人の頃なんかは、何かあればすぐに徹夜して乗り越えようとしたり、がむしゃらに時間をかけて取り組むことが努力姿勢の表れのように感じていた節もある。
しかし今となっては、徒に時間をかけることの勿体なさを実感しているし、物理的に不可能になってしまった。
何をもって“効率的”とするかは、これまた難しいところではあるのだけれど、少なくとも自由時間の貴重さや価値の大きさは以前より身に沁みて分かるようになった。
こんな風にして、価値観が少しずつ(時に劇的に)変わっていくのだろうな。
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