ぼくの常連さん

よく行くカレー屋さんがある。もう2年以上、週1〜3回のペースで通っている。

だけど、ほとんど店主さんと話したことがない。たぶん今までに200回くらいお店を訪れているのに、注文を取るときと、ごちそうさまでした、ありがとうございます、の掛け合いくらいしか声を交えることがない。

店主さんは見たところ40代半ばくらいで、気難しいわけでも、寡黙なわけでもない。上腕に梵字のような入れ墨が入っていて、ちょっと怖いだけだ。常連さんと音楽の話で軽く盛り上がっているのをよく目にする。ちなみに店主さんはスキンヘッドだ。

なぜぼくはあの「常連さん」のように振る舞えないのだろうとカレーを口に運びながら、ときどき考える。店主さんと楽しそうに話してる「常連さん」っぽい人たちより回数は多く来ているはずなのに。思えば、どこでもそうだった。勝手にお気に入りのお店やお気に入りの場所をつくって、しょっちゅう行くくせに、そこに馴染めない。何度、足を運んでも緊張している。

僕が常連さんになれないのは、ひとえに僕が常連さんになろうとしていないだけなのだろうか。店主とぼくを隔てるものはカウンターだけなのに、それ以上に高い透明な壁を自分で勝手に築いているのだろうか。

でも常連さんの存在は他の客にプレッシャーを与えることもある。まあ、僕はこの空間にとって無害だしいいじゃないか、常連さんにならなくたっていいじゃないか、と開き直って、カレーを食べる。食欲には勝てない。思考を停止して食べる、食べる。

今日もそんな風に食べて、食べ終わったら、店主さんに、そろそろ卒業? と聞かれた。急に声をかけられて顔が強張ったけど、はい、そうです、と答えた。

寂しくなるねえ、と店主さんは何気なく言った。

それを聞いて、ぼくは自分でも意外なほど寂しくなった。

店主さんは何か強い意味を込めて言ったわけじゃないし、依然、店主さんにとってぼくは無数の客のなかの一人でしかないだろう。ぼくは「常連さん」になれないまま、ここに来ることもなくなるだろう。

でも店主さんのほうが知らぬ間に、ぼくの生活に訪れる「常連さん」になっていたのだ。習慣のようにお店に通って、何度もカウンター越しに眺めてきた店主さん。これからお目にかかれなくなると思うと、おいしいカレーが食べられなくなることより、なぜか悲しい。店主さんはぼくの常連さんだった。常連さんが去っていくのは寂しい。

そんな気持ちに不意をつかれながら、今日は店を出た。

いたるところで常連さんになれなかったぼくだけど、ぼくにとっての常連さんは沢山いるんだ。そう気づくと、何度も顔を合わせている、いろんな人たちの姿が頭に浮かんだ。そしてなんだか嬉しくなった。

ぼくの常連さんを、ずっと忘れずにいたい。

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Saitou

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