見出し画像

海外で働けるトキシコロジストという研究者の道 - 6. トキシコロジストの書く論文

研究者にとって自分の研究成果を科学雑誌に投稿することは、最もやりがいのある、達成感のある仕事と思います。今回は製薬会社で新薬の研究・開発に携わるトキシコロジストがどのような研究論文を投稿しているのかを、僕の経験に基づきお話しします。

大きく分けると
1) 開発中の新薬とは関係ない独立した研究論文
2) 開発中止となったプロジェクトからの研究論文
3) 開発中あるいは開発に成功したプロジェクトからの研究論文
となります。

1) 開発中の新薬とは関係ない独立した研究論文

以前は新薬の研究・開発の中でトキシコロジストは日の目を見ない仕事でした。新薬の副作用、すなわちネガティブな部分を見つけ出す仕事だからです。開発中の新薬候補の副作用(毒性)に関する研究を、論文として一般公開することは、上司や会社がなかなか許しません。特に日本の製薬会社は保守的です。会社に入ってから博士号を取るために研究する場合も、自分の直接の仕事である新薬プロジェクトを有効利用することはなかなか困難でした。

僕は会社に入ってから、博士号を取得しましたが、自分の本来の仕事である新薬の研究・開発とは別に、余った時間を利用して博士号のための研究を行う必要がありました。すでに20年以上前のことなので、開発中の新薬の毒性に関する論文を投稿することはもってのほかで、すでに一般に使用され、どのような副作用が出るか分かっている薬に関して、その毒性が生体の健康状態・病的状態でどのように変化するかを研究して、論文を作成しました。

もちろん博士号取得のための研究・論文作成の経験は、僕の宝となりました。しかし、製薬会社にいる全てのトキシコロジストが、本来の新薬開発研究以外に、別の基礎研究を行うことは到底できません。

2) 開発中止となったプロジェクトからの研究論文

自分の担当する新薬候補のプロジェクトが、見つかった毒性・副作用で開発中止になることはとても残念なことです。しかし、見つかった毒性がこれまで報告されたことのない新奇なものであったり、分かっていなかった毒性のメカニズムを新たに解明した場合は、プロジェクトが中止になっても、研究論文の種にはなります。

僕がいた20年以上前の日本の製薬会社では、開発中止となったプロジェクトの毒性に関する研究を学会発表したり、論文投稿して、一般公開することは、まだまだやりにくい風潮がありました。しかし、今のアメリカの製薬企業ではごく当たり前で、見つかった毒性や解明したメカニズムは積極的に学会や論文で発表して、業界全体に知らしめようというのがトキシコロジストの義務になりつつあります。この風通しの良い研究環境が、アメリカで研究者を続けたいと思う大きな理由のひとつです。

3) 開発中あるいは開発に成功したプロジェクトからの研究論文

開発中にある新薬候補の毒性研究を学会や論文で一般公開することは、かつては論外でしたが、今では、特にアメリカの製薬企業では積極的にやっていこうという風潮が増していると感じます。複数の企業が開発競争を繰り広げる中で、すべてを問題なく公開できる訳ではありませんが、それでもかなり大胆に風通しよく研究成果を発表していこうという風潮ができつつあります。

僕が最近担当し、無事認可されたがん治療薬に関する毒性研究でも、認可される前から積極的に論文投稿していきました。上司にかけあって、論文を作成し、一般公開することで、会社のスタンスをより透明性をもって示すことができ、開発競争にも、審査当局の承認・認可にもポジティブに働くはずだと説き伏せることができました。積極的に論文投稿できる環境はチームの研究者たちのモチベーションアップにもつながります。アメリカ発で次々と画期的新薬が生み出されるのには、このような風通しの良い環境で業界全体のレベルが向上できるからだと思います。

これからもこの3番目のパターンがさらに広がり、トキシコロジストの仕事が脚光を浴びるように働きかけていきたいと思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?