思い(重い)込み?

「これがなんで本当のことだって分かるの?」中学の時の素朴な疑問

中学生のときのこと。受験に備え、取りあえず塾に通うようになりました。当時、野球少年だった私。あまり勉強に興味がなく、特に理科と社会は大の苦手。

あるとき、塾で歴史の授業を受けていました。テキストを見ながら、なんとなく口を出て突いたのが「これがなんで本当のことだって分かるんですか?」という言葉。

意外な質問に少しポカンとした顔の先生からは「文献が残されていて、それを裏付けるものが出土されてね」という感じの返答が。

「でも、その文献や発掘されたものが間違いだったら?」さらに言葉が口を出ます。「なんて可愛くない生徒なんだろう」と思われても仕方ない。

でも、からかうつもりはなく、なんとなく思ったことを口にしただけ。この質問に先生は口をつぐみ、なんとなくスルーするように授業は続いていきました。

なぜ、このエピソードを書いたかというと、私たちが学校で習ったことや常識とされたことが必ずしも正しいわけじゃないと氣づいたから。むしろ、間違いだらけなのでは?とさえ思うことも。

「ホツマツタヱ」「ヲシテ文字」と出会って

学問の世界、いわゆる学界には正統と認めるもの、認めないものという分類があり、私たちが学校で教わることは前者の正統と認めるものに準じています。

「でも、学界が認めていることがなんで本当だと分かるの?」と、さっきのエピソードと同じ言葉が出てきます。

もちろん、なんでもかんでも嘘だとか間違いだというつもりはありません。ただ、疑問を持たないと、そのまま。

つまり、もし間違っていても、氣づかない。こんな感じで「常識」というものはガチッと固まり、やがて、ほとんどの人が氣にしなくなるということに。

3年くらい前に、「ホツマツタヱ」という歴史書の勉強会に初めて参加したとき。そこで語られた縄文人の宇宙観というものに驚きました。「ヲシテ文字」という神代文字があるということにも。

あまりに私が教わってきた縄文のイメージとかけ離れていたので。ガラガラっと音を立てて今までの概念が崩れていく。そんな感じでした。

もちろん、「今まで聞いてきた常識と違う」という反応をすることもできました。でも、そう思えなかった。「ここ(ホツマツタヱ)には何かがある」という感覚。そのときは、それが何か分からなかったですが。

曖昧さOKの時代から真実が明らかになる時代へ

今は魚座から水瓶座の時代への移行期。魚座は曖昧さOKの時代、水瓶座は真実が明らかになる時代なのだとか。でも、「これが真実、これが嘘」とラベル貼りをすると分離意識(ジャッジ)となってしまいます。特に書物はそうなりやすいですよね。

私自身、あらゆることはパズルのピースだと思ってます。書物もそう。言葉は断片的なもの。ある角度から、ある視点をもってしか語れないものだから。

「ホツマツタヱ」を学んでいても、「記紀(古事記、日本書紀)」が間違いというスタンスはもってない。全て真実へと至る大切なピース(断片)。

これから今まで隠されていたことがいろいろと明るみになると言われていますが、全ては時代の流れだったり、その時々で必要だったもの。

でも「思い込み」は「重い込み」。解いて、軽く、風通しよく、がいいですよね。


「ホツマツタヱ」や「ヲシテ文字」のこと。また改めて記事にしていきますね。

この作品は、「ホツマツタヱ」の宇宙観、世界観に沿って、私が書いたヲシテ文字の詩書作品。これについてもまた改めて。


P.S.冒頭のこちらの写真は、ヲシテ文字で右から「ヤマト」と書いてあります。


私、かつみんこと中澤勝巳の詳しい自己紹介はこちらです。



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「ホツマツタヱ」「神社」をテーマに、日本の叡智や奥深さについての記事を書いていきます。記事をお読みになり、氣に入りましたらサポートよろしくお願い致します。

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かつみん

はじめまして!筆文字作家の中澤勝巳と申します。筆文字で作品を創作するのも、パソコンで文章を書くのも大好きな私。こちらでは主に「ホツマツタヱ」や「神社」についての記事を書き、日本の叡智、奥深さを伝えていきます。目標は本を出版すること。繋がってくださった皆様との御縁に感謝!
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