そのとき僕らは子どもだった


「どんな家がいいか」


そんな話をしていた気がする。

彼女は僕の手を握りながら、雨上がりの街を楽しそうに歩いていた。


「ああいうレンガづくりの家に憧れるんだよ。ニューヨークって、あんな感じでしょ」

僕が電柱2つほど先の家を指さすと、彼女はクスリと笑いながら声に出す。

「出た、ニューヨーク」

憧れは、鼻で笑われた。


「天井は高ければ高いほうがいい」だとか、「寝室は別がいい」だとか、妄想は経済面も物理的な弊害すらも乗り越えて、どんどん膨らんでいく。

ありもしない家を建てては脳内で壊し、また別の家を建てる。好きなベッドを置いて、好きな本棚やCDラックをチョイスする。そこで実際に生活する様子を想像し、二人で食器を洗う姿をイメージしたり、ベッドに逃げ込んだりするシーンに胸をときめかせたりした。


「うん、見晴らしがいいから、あそこの家にしよう」

彼女が提案したのは、ニューヨークみたいなレンガ造りの家の、はす向かいにある二階建ての駐車場だった。大きなスロープで2階に上がることができ、そこからは少し視界が開けているが、ほかに何の特徴もない、簡素な駐車場である。

「ああ、見晴らし、大事ね。日当たりがいいと、落ち込まないで済むし」

僕は適当に話を合わせながら、スロープをゆっくりと登る。彼女は駐車場に誰もいないことがわかると、少しホッとした顔をしてから、おもむろに場内を歩きだす。


「こっちが玄関でしょ」

「じゃあ寝室は、入ってすぐのこっち?」

「じゃあ台所は、ここらへん」

「いや、アイランドキッチンがいいんだよね。デカいやつ」


誰もいない駐車場に、好き勝手に間取りを描く。


「寝室はここでしょ」

「あ、ウォークインクローゼットほしい」

「じゃあこっちだな、ここでしょ。ほら、歩ける」


僕がウォークインクローゼットに入ると、彼女はえへへと笑いながら駆けてきて、ありもしない扉を閉め、僕の胸に飛び込んだ。

屋根もなければ、玄関すらない。まったくもって開放的な密室で、僕らはじっと息を潜めた。

次に目を開けたときには、この小さな部屋にはコートやワイシャツが目一杯かけられて、僕らはその中に埋もれているかもしれない。そうなったらいい。そしたらすぐに扉を開けて、僕らは目の前にあるダブルベッドに飛び込むに違いない。


車のエンジン音が聞こえて、目を開ける。

ハイブリッドカーが横切る。

ウォークインクローゼットは、姿を消す。


「行こっか」

彼女はまた僕の手を取り、歩き出す。

登りよりも慎重にスロープを下り、雨上がりの街を進む。


「子どもじゃないんだから」

笑いながら言う。

「いや、子どもは、ウォークインクローゼットなんて求めないでしょ」

僕も笑う。



駐車場の家は雨で輝く。









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カツセマサヒコ

ライター/編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などを書いています
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