時間どろぼうとインターネットじゃない世界

「インターネットじゃない世界、いいよね」

彼女は電話越しに言った。

「いい。こうやってネット回線通して電話して言うのも、アレだけど」

得意先の理不尽なオーダーや、SNSの「ともだち」に振り回されてしまった僕らは、適当な言い訳をつけて会社を休んだ。

僕はひさびさに平日昼間の商店街を歩いて、小説を買った。スマホのバックライトなんかこれっぽっちも見たくなくて、インクが丁寧に塗られた紙をめくるだけで、なにか人間味を取り戻せるんじゃないかと期待した。

「なんか、逃げたくてすごかったんだと思う」

何から逃げたかったのかはわからないが、自然とそんなことを口にした。

「なんの小説にしたの?」

「伊坂幸太郎」

「ミーハーだなあ。モモがいいよ、モモ」

「モモって、童話の?」

「うん、けっこう読み応えあるよ」

『モモ』は確か、時間どろぼうの話だった。いつも時間にルーズな彼女が、時間どろぼうが出てくる『モモ』を推薦してくるのが、なんだか可笑しく感じる。

「どろぼうと言えば、君は、俺どろぼうだったと思うな」

「え? どういうこと??」

小説を読んだばかりだからか、随分とロマンチックな発言をしたものだと自分で驚き、感心する。

「いろいろ盗んでいったよ」

「人聞き悪いな。なんも盗んでないよ」

「いや、いろいろ盗まれた」

「『大事なものを盗んでいきました、それはあなたの心です』ってやつ?」

「それは『モモ』じゃなくてルパンだな?」

彼女は始業時間過ぎに起きて、ゆっくりとシャワーを浴びて、いま朝食を食べるべきか考えているところだと言う。

「キミのこと、盗めてるかなあ…」

「家に帰ったら家財道具の半分が盗まれてたってぐらい、盗まれてるよ」

「え、やばいじゃんそれ」

「うん、被害は甚大」

僕らは付き合ってはいなかった。前の彼と別れたばかりだという彼女が僕の告白を断ったのもあるし、僕もそれから中途半端な距離に居心地の良さを覚えてしまっていた。

「もしわたしが盗んだとしたら、大事に保管してるから、家まで取りに来て?」

「罠にしか思えないけどな」

「ちゃんとたどり着いたら、今度こそキミごと盗むよ」

「ぜひそうしていただきたい」

「大して想ってもいないクセに」

お湯が沸けても、カップがない。
コーヒーを入れても、砂糖がない
CDをかけても、スピーカーがない。

彼女に告白してからというものの、日常生活に支障をきたすレベルで、彼女のことばかり考えるようになっていた。家財道具が半分ないのと似たようなものだった。

「でも思うんだけどさ、もしかすると、きっと私が盗ってるんじゃなくて、キミが置いていってるんじゃないかなあ」

「君のところに?」

「そう。だって私、なんもしてないもん。キミが置いていってるんだよ、多分」

「じゃあ俺自身がどろぼうだった?」

なぜか僕らは、平日の昼間から犯人探しをしていた。

「キミ自身が犯人っていうのがいちばんしっくりくる」

「でも、犯人は現場に匂いを残してる。柔軟剤とシャンプーが混ざった、その人特有の甘い匂い」

「そんなに鼻きくんだ(笑)」

「すぐ思い出せるくらいかいでる」

「はずかしいな」

「だからそれ手がかりに探してる」

「照れてる」

ふと閃いて、口に出してみる。

「でも犯人はぜったい見つからないんだよな」

「え、なんで??」

「盗まれたと言っている被害者が、実は共犯だったから」

「なるほど、二人とも犯人ってことだ」

「そゆこと」

「じゃあ逃避行かな、誰かに捕まるまえに」

「いいな、誰も知らないところにいきたいな」

いつの間にか、犯人探しは旅行の行き先決めに変わっていた。

「それこそ、インターネットじゃない世界がいい」

「いいね、3日遅れの情報を、深く楽しめるようなところがいい」

「宅急便が来た」と言い、一度共犯者とのやりとりを終える。17分40秒。ネット回線越しに、インターネットじゃない話を、時間どろぼうの僕らはした。

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コメント1件

インターネットじゃあない世界がいいとか言いながらネット回線で電話する…パラドックスな世界…
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