パラレル親方と教育と雑草魂

個人で働くには、いつか限界が来る。

そう思ったのは、独立してわずか2カ月目のことだった。
仕事が超繁忙を迎え、睡眠時間が削れ、突然の嘔吐。2時間寝込んで、またすぐ原稿を書き始めて、そこで気付いた。

「ああ、これ、一生はムリ。てか、10年もムリ」

顔出しをして、多少身体を張ったロケをこなし、自身のSNSで拡散・流通し、新規案件の窓口になり、経理をやり、請求書の宛名書きをし、皿を洗い、洗濯物を干し、掃除機をかける。

自分にかかるプレッシャーは日々大きいし、「若さ」に依存した仕事が、あまりに多いように感じた。

いつかハゲ散らかし、皺が増え、身体が追いつかなくなったら、もう今のような仕事のやり方は到底できないだろう。だとしたら、早々に「個人」の自転車操業ではない、何かを始めなければならない。

でも、考えてはみるものの、ライターとか編集者って、どうやってチーム戦に持ち込めばよいものだろうか。とくに僕なんかは属人的すぎる仕事が多いため、仕事の分配なるものがなかなか想像できない。
(事実、未だにテープ起こしすら自分でやっていることが多い。他人にテープを起こされると、その長ったらしい文面を見て、インタビューの盛り上がりどころが何処だったかわからなくなってしまい、熱量が一気に冷めていくのを感じるから)

そんな迷いから出る答えは、いつも決まっている。
「すでに組織化に成功している先輩たちから、話を聞けばいいじゃん」

僕は今年Huuuuという組織を立ち上げた徳谷柿次郎さんに、何気なく飲みの場で組織の話をしてみる。

「柿さん、チームで動く編集・ライターって、どうやって仕事分配してるんすか」
「ああ、今、ちょうど『パラレル親方』ってイベント考えてるんだよね」
「え、なんすか、それ」
「組織持ってるライター・編集者が親方になって、弟子をシェアし合うの」
「え、おもしろい仕組み。じゃあ俺そのイベントで司会やって、皆さんに質問したいです」
「あ、いいじゃんそれ。やろうよ」

確かこんな流れで、僕がパラレル親方のモデレーターになることが決まった。

イベント当日の話は、既にいろんな人がしているからあまり言うことがない。

・親方4人のキャラクター、嗜好性がバラバラすぎて面白い。
・弟子がそれに似るから怖い。
・お客さんの視線がめちゃくちゃ熱い。

ほぼ、これにつきた。

弟子と師匠の関係は実にさまざまで、コミットしているバランスも全員異なっていた。中には「ああ、そんな育て方もあるのね」と膝を叩く内容もあったから良かった。

終わってからイベントの感想を見ていると、「専門性がないから俺には無理だ」といった意見を多く見た気がする。

「パラレル親方」が今後どんな働きをしていくかわからないけれど、僕のように専門性がそんなになくてもなんとかやってる人もいるから(いや今後はどうなるかもちろんわかりませんが)、それでさっさと諦めるのもまた勿体ない話だと思う。

僕自身、専門性が皆無だと思っていたのに、いつの間にか「アラサー未満女子ターゲットの企画」とか「SNS」とか「妄想うんぬん」とかはそれなりの武器となり、今ではかなり競争優位に立てるようになったので、みんながみんな「ローカルぅぅぅ!」とか「マイノリティィィ!」ってバリバリの専門性を持つ必要は、ないのではないかとうっすら思っている。

で、感慨深かったのは、懇親会だ。

僕の(勝手に)初代親方にあたるサカイエヒタさんと久しぶりに話をした。
以下、だらだらとした会話が続く。

エヒタ「でも実際、『師弟』ってどう思うよ?」

カツセ「あー……。俺、実はライティングとか編集とか、手取り足取り教わったことはなくて、プレスラボも即実践で朱字から学んだだけだし、勝手にエヒタさんを『師匠』って呼んで、記事やツイートから見よう見真似でニュアンス掴んでいったから、『学ぶ』っていうより『盗む』ってことばかりやって育った気がします」

エヒタ「そうだよねえ。俺も、デイリーの林さんを尊敬して、影響強く受けて書いてるから、なんかその気持ちはわかるんだよねえ。あとは村上春樹とか」

カツセ「ああ、僕は伊坂幸太郎からです。そうなると、『教育』ってどうやるか、どう教わるかもよくわからないし、あとは『こちとらずっと実践くぐり抜けて来たんだぞコラ!』って、教育組に対してなんか対抗心持ってるところすらあるかもしんねっす」

エヒタ「ちょっとわかるんだよなあ。いや、俺もカツセ君も、絶対にいろんな人からいろいろ教わっているんだよ? 俺もそれがあって今があるとは思うんだけど、『べったり教わる』ってスタンスはね、不思議だよねえ」

カツセ「そう、ほんとそう思うんですよ。でもエヒタさんは組織のトップだから社員教育もやっているでしょう?」

エヒタ「いやー俺もそこは、まだまだこれからって感じだなあ……難しいよねえ教育―……」

カツセ「そうかあ、やっぱり難しいんですねえ……」

モヤモヤっとした会話の中で、師匠もまた悩んでいるのだとわかり、それはそれで少し安心した。

弟子が育つためには、べったりと師匠にくっついて手取り足取り教えてもらうことが最短ルートかもしれないし、「長く戦っていくために必要な力を付けるには、それが最適な手法だ」と言われれば確かにそうだろうと思えなくもない。

でも、雑草魂というか、そういったもので育った自分は、「教えてもらうまではできない」と口を開けて待つような人間では、この世界を生きていくことはできないように感じる。「誰も教えてくれないなら、技を盗んで、できるようになるまでやる」。そういったマッチョな発想を行動レベルで起こせる人こそが、頭角を現すのではないかと思ってしまうのだ。

「誰も教えてくれないから、自分で見て真似て習得しました」

パラレル親方のイベント中、頻繁に「素直さが大事」という話が出たが、もし「素直さ」が「吸収力」と置き換えられるものならば、まさに見て真似て習得できるほどの吸収力こそ、親方たちが求めているものではないかと思う。つまり、もし仮に弟子にはなれなかったとしても、こっちから勝手に師匠にしたつもりで、見て盗んで学んで、いつか「うわ、なんで弟子にしなかったのだろう」と思わせるくらい見返してやれってことだ。






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コメント1件

マンガの主人公なんかも、師匠からグングン吸収してムキムキ成長するタイプが多いですよね。師匠に突き放されて「見返してやる!」って奮起する姿も主人公感がある。でも、パラレル親方のキャラが名脇役並みに際立ってるからこそ、師弟はどっちも主人公属性である必要はないんじゃないかとも感じました。そうなると、主人公である弟子もいつかは「名脇役」にシフトしていくんですかね。考えさせられるコラムありがとうございました!
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