浮気って本当はキレイなものなんじゃないか小説


「彼女が知ったら、悲しむぞ。」

僕は当たり前のことを言った。


「お前は当たり前のことしか言わないな。」

彼はつまらなそうに返す。


浮気は、浮気だ。

悪いことに決まっている。


とはいえ、僕も過去に同じことをしていたから、彼を強く叱れる立場でもなかった。

そのことを彼も覚えているからか、なぜか僕のことを「同志」と呼んでくる。

確かに彼との付き合いは古いが、僕は彼の同志になった覚えはないし、僕は既婚者だけど彼は未婚の二股で、これは決定的に違うことだと僕は思う。

同志じゃない。彼と僕は、違う。


「違わねぇよ。」


違うと思いながら尋ねる。


「なにが?」

「だから、彼女もその子も、おれにとってはどっちも大事って意味では2人に違いなんかねぇんだよ。」


ああ、そっちの違いかと納得しながら、僕は2杯目のビールを飲み干す。


新宿の大衆居酒屋。

個室と言われて案内された部屋は申し訳程度の簾が下がっているだけで、恐らく僕らの会話は隣の客に丸聞こえだろう。


「おれが話したいのは、彼女への謝罪の方法じゃねぇんだよ。もっとポジティブに浮気を考えてみないかっていう、プレゼンなんだ。」


そんなプレゼンが通るならこの席にも女の1人や2人いておかしくないだろうと思うが、彼は無視して話を続ける。


「『浮気』って言葉が悪いイメージを連想させるが、実は、その中身はもっとキレイなもんじゃねーかと思うんだよ、おれは。」

「じゃあ、浮気相手のほうが魅力的ってことじゃないのか。」

「それは違うんだ、同志よ。」


何故か満足そうだ。そんなに同志という言葉が気に入ったのだろうか。


「違うのか、同志よ。」


できるだけ口調を真似てみるが、彼のしゃがれた声には全く似ない。



                           ※



「『写真に映らない恋』って、どう思う?」

彼女は突然、僕に尋ねたのだった。

少し鼻にかかる、真似のしづらい声。


「私たちの恋愛は、『浮気』って名前じゃなくて、そう呼ぼうよ。そしたら、君の罪悪感も少しは軽くなるんじゃない?」

まるで大発明をしたかのような顔で、彼女は自信満々に言い切る。


「言葉を変えたぐらいで罪が軽くなったら、日本の政治はメチャクチャだよ。」

「日本の政治なんて元からメチャクチャでしょ? それに政治の話なんてしてないじゃない。」

新聞もテレビもインターネットも見ない人でも、大体のことがわかる時代になったのかと感心する。


隅田川の河川敷。

オープニングを飾る大きな花火は、ちょっとした爆発のようにも思えた。

周りの客は慌ててカメラや携帯電話を構えてシャッターを切るが、ぼくらはただ、その爆発をじっと眺めている。


いつも、完全犯罪が求められた。


映画のチケットも、ホテルのレシートも、完璧に処分する必要があった。もちろん、写真を撮ることなど許されない。2人がそこにいたという一切の証拠を残すことが許されなかったのだ。

その代わり、僕らは2人でいる間、その一瞬一瞬の景色を眼球に焼き付けるようにして過ごすようになった。

一切の履歴を残せないならば、記憶に焼き付けるしか2人が繋がっていたことを証明できるものはなかったからだ。


彼女はこれを、「写真に映らない恋」と呼んだ。



                       ※



「『写真に映らない恋』って名前にでも、しちまえばイイと思うんだ。」

彼もまた、大発明をしたような顔で、僕にそう言った。


「なんだ、そのふざけた名前は。」

僕は驚きを隠すために、できるだけ不機嫌そうな声で返す。


「そうか?お前が好きそうな響きじゃないか。」

「別に好きじゃない。」

一気に酔いが覚めて、あの完全犯罪が完全犯罪でなくなったときの記憶が蘇る。


「完全犯罪なんだ、これは。」


恍惚とした表情で喋る彼を見て、僕もこんな状態だったのだろうかと呆れる。


「写真もメールもLINEも残しちゃいけないんだ。お互いの知り合いに見られないように背後に気を配ったり、最悪見つかっても、お互いの関係に支障が出ない言い訳を準備したりするんだ。」


そうか、今の時代だとLINEにまで気を配らなきゃいけないのか。


「そこまでしても、バレるときはバレるよ。」

僕は先輩として真摯に忠告する。

「そんなんわかんねーだろ。」

彼はまるで勝者の表情で答える。


「わかるよ。いつだって悪事は、最後には捕まるんだ。」

「ルパンは捕まってないだろう?」

「あれは正義だからだ。」

話が逸れそうな予感がする。

「ルパンは泥棒じゃねーのか。」

「じゃあお前の大好きなルフィだって海賊だろ。」

「ルフィは正義に決まってるだろ。」

「じゃあ、ルパンも正義だろうよ。」

やはり、逸れていった。


「まぁ、なんにせよ、今日はその子が来るんだ。」


同志は、はっきりとそう言った。


「え?」

「おれの浮気相手だよ。完全犯罪の、パートナーだ。」

嫌な予感しかしない。

「浮気相手が、ここに?」

「ああ、お前に、唯一の完全犯罪の証言者になってもらいたい。」


アホじゃないのか。


「アホとはなんだ。」


思わず声に出ていたらしい。慌てて謝罪する。


「すまない。でも、紹介はしなくていいんじゃないか。完全犯罪なんだろ。」

「お前は口が固いから大丈夫だよ。なにせ、同志だからな。」

「今まさにお前の同志は、お前を裏切ろうとしているかもしれない。」

「怖いことを言うなよ。」

「半分以上、本気だ。」

嫌な汗が出てくる。

「もう向かってるんだよな? 悪いけど、本当に帰るよ。」

「おいおいなんだよ。さっきまで今夜は大丈夫だって言ってたじゃねぇか」

「誰かのせいで大丈夫じゃなくなったんだよ。」


ちょうど近くを歩いていた男性店員に声をかける。

低くてどっしりした、真似しやすそうな声。


「現時点でのお会計を。」


慌てて同志が立ち上がる。

「おいおい、本気かよ。」

「いつも本気だって。」

本当にそうだ。


「何が嫌なんだ? 人の浮気相手なんて気楽に会えばいいだろう?」

何もわかってないことは幸せなことだなと思う。

「そのうち話す。というか、たぶんこの後、その女に俺の名前を伝えればわかるよ」

疑問符を浮かべ動揺する同志をよそに、店員から渡されたレシートを受けとる。


「ごめん。また埋め合わせはする。でも、そのひとに会うことだけはできないから。」

酔った同士の目をみながら、力強く言いきる。


「なんなんだよ、お前は。」

「お前と同じ罪人だよ。」

「ルパンか。」

「ルパンは正義だってば。」


上着を手に持ったまま店を出る。

同志の怒鳴り声が聞こえるが、振り向いている余裕はない。



                       ※



「あの時、振り向いて確認すれば良かったんだよね。」

長い沈黙の後に、まるでアリの巣でも見つけたかのように彼女は言った。


「あの時?」

「ホテルに入る前。もしくは、ホテル街に入る前。」

「ああ、そりゃあ、確かにね。」


表参道に面した二階建てのカフェのカウンター席。

少し大きすぎるボリュームでBGMが流れる店内は、平日の夜だけあって空いていた。



「いつだって悪事は、最後には捕まるんだねえ。」

のんびりとした口調で彼女は言う。


「そうゆうことなんだろうねえ。」

走る車に気を取られながら、僕は返事をする。


僕らの完全犯罪は、2人がホテルに入るところを僕の彼女の友人に目撃されたことで、呆気なく終了したのだった。


「完全に気が緩んでいたからね。」

まるで10年前を思い返すかのように言うので、僕も時を同じくして話す。

「さすがにあの時間じゃ、誰もいないって思っちゃうもんなあ。」


見つかったのが、彼女の方でなくて良かった。


この後に及んでそんなことを考えている自分が馬鹿みたく感じる。


「もう、会わないほうがいいだろうし、許してもらえたんだから、君は彼女さんのところに帰りなよ。」


寂しさを微塵も感じさせない様子で、彼女は言う。


「僕はそうするしかないだろうけど、君はどうするわけ?」


不敵な笑みを浮かべながら言う。


「もっともっと、カンペキな完全犯罪を、やってみたいかも。」



        ※



店を出ると、向かいにあるカラオケ店に乗用車が突っ込んでいた。

騒然となった休日の夜の新宿に、いくつものサイレンが近づいてくる。

通行人は車を中心に半円を描いて、スマートフォンをカメラモードに切り替える。


そこに彼女の姿がないか、僕は見回す。


ある男女が、カメラもスマートフォンも出さず、ただじっと車を見つめていることに気付く。


その目は確かに、今を記憶に焼き付けようとしている。





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カツセマサヒコ

ライター/編集者。広告記事、取材記事、コラム、エッセイ、Web小説などを書いています

コメント1件

ツイッターでこの記事を見つけて読ませていただきました。
素敵な文章を書かれるんですね!ファンになっちゃいました。(ツイッターの発言とはオオチガ‥‥いや、なんでもありません)
他にも読んでみたくて、note始めてみました(^^)
応援しています!♡
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