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なぜお寺なのか、なぜ仏教なのか

こんばんは、今日も寒いですね。
冬は極力外には出たくない、たけちです。

さて、先日公開した計画書(企画書が近いですね)について、多くの方にお読みいただき大変嬉しく思っております。

スライドの中では、創業に込めた想いについて、母との思い出や体験についてお話させていただきました。

ただ、「なんでお寺で事業をやろうと思ったのか?」については、ほぼ触れていませんので、自身の振り返りも兼ねてnoteにしたためたいと思います。

"お寺でビジネス"を考え始めたきっかけ

まず、わたしのこれまでのキャリアの話をします。

地元愛媛県の大学を卒業したわたしは、なぜか地元にこだわって愛媛にあるとあるSIerへ就職しました。
そこでは市役所向けに、地図上に市役所の管理する資産(道路とか水道とか)を表示・検索するようなアプリケーションを作成し、その運用しておりました。

3年半ほど従事したあと、同社の東京支社の営業職に抜擢され(実際は異動させろー!と懇願?しましたが...笑)、土地も知らない大都会で飛込営業から上場企業への突撃まで、とにかく売上のためにできることは何でもやっていました。

ひょんな出会いから、コンサルティングという市場価値の高い分野を軸に、事業を創出することをコンセプトとした、当時設立5年目のベンチャー企業へ転職します。

そこでは、終電までコンサルタントとして他企業へ常駐し、某ロボット事業の国内・海外展開を支援しつつ、その後目黒あたりのファミレスに集まって事業創出・運営を行うというなかなかにハードな日々を送ることもありました。

事業創出や協業、コンサル案件の獲得など、様々な理由で他社の経営者たちと交流する機会も多かったのですが、渋谷のコインスペースでお話させたいただいた経営者から聴いた話が、「お寺の住職さんが土地が余っていて困ってる」というお話でした。

もっぱら教育や次世代になにかを残して行くことに関心のあるわたしは、そのころからお寺に対して「もったいない」「有効に活用したい」という想いは抱きつつも、あまりに離れた世界に当時は何もアクションを起こしませんでした。

とある神社のお話

ベンチャー企業を退職し、東京から福岡へ移ってフリーのコンサルタントとして日々を過ごしていたとき、「やっぱり自分の事業で成功しなきゃ」という想いが日に日に強くなっていきました。

今もうまくやれている方ではないのですが、わたしは独りで事業を創って走っていけるタイプではありません。
これはベンチャー時代に学んだ大きな成果でした。

その頃、福岡の姪浜にある起業家シェアハウスに住んでいたのですが、そこで1日1本事業企画を考えて、なんとなく形になったものを次の日にリビングで誰かにシェアするという取り組みを行っていました。

その中の一つが、「神社をジャック!ジンジャック」というサービスです(笑)

日本の伝統というものが詰まっており、ある種格式が高い神社という場所を、雑多な人々が集い、あわよくば外国人をも巻き込み、観光やお参り目的ではなく、Wi-Fi目当てに集まってそこら中で仕事してたら面白くない?というアイデアでした。

意外と解像度高くビジョンが浮かんできたので、この時点では収益性なんて無視してイベント的に一回やってみるかーって感じだったんです。

とある週末、三重に住む小学校からの友人が福岡を訪れました。
(「ぼくは確かにインターネットに救われた」で登場したリアルの友人です)

彼は昔からファッションや音楽への興味関心が強く、中でも袈裟やお経など仏教に関わるところに対しても非常に詳しい友人です。
大学も仏教系の大学に通っており、そこからはファッションブランドの店長をやったり、新店舗の開発責任者をしていました。

福岡へ来たのは、もうすぐ30歳という区切りを迎えるに当たって、「今のままでいいのか「」何か大きなことがやりたい」という想いからだったそうです。
そこで、わたしはジンジャックの話をしました。

彼はたまたまその日、わたしと会う前、博多駅をぶらぶらと散歩し、ふと神社の横にたばこが吸える休憩スペースがあることに気づいたそうです。
たばこを1本吸おうと腰掛けると、すでに一人、近くの工事現場から休憩に来たと思われる作業服を着た若い男性が座っていました。
男性はたばこを先に吸い終えて立ち上がると、そのまま拝殿へ向かい、軽く手を合わせて礼をしてから、その場を立ち去りました。

そんな話を聞きながら、二人で「そういう日本人っぽさというか、失われつつあるような古き良き精神みたいなのってすごい良いものだし、大事だよね。」という話になりました。
(男性を少し偏見ありきで見てしまったのは申し訳ない。。)

そこで、

やっぱりいま日本の宗教を見直すべきだ!この領域でビジネスやってこ!

と、意気投合し、本格的に「日本の宗教をアップデートする」をコンセプトに事業を考えていきました。

とある住職の苦悩

わたしも友人も、それぞれそのときの仕事は継続しながら、事業の実現に向けて諸々調査を進めていきました。

とあるお寺を参拝させてもらった際に、住職さんから陽の神道と陰の仏教というお話を聴かせていただきました。

新興宗教が問題になり宗教全体が嫌煙されるようになるもっと前、戦後GHQによる統制・教育の見直しのときから、日本古来で精霊信仰的な神道と、古くは大陸から渡ってきたもので、当時は軍国主義を助長する思想信仰とされた仏教とで、明らかに陰と陽に分けられ、その後の時代において、死にまつわること以外ではほとんど仏教やお寺と接する機会が極端に減ってしまったことをそこで初めて知りました。

もちろん、江戸時代~明治時代における廃仏毀釈による影響もあったことでしょう。
それより前には、僧兵や悪党に代表されるような少し気性の荒い人たちがたむろする場所であった時代もあります。
ただ、もっと前には、お寺が生活する上での起点であり、農耕をするにも勉学を学ぶにもお寺がなくてはならないような時代もありました。

同時にそこの住職さんは、現代における新たなお寺独自の課題についても方ってくれました。後継者問題が取りざたされて久しいですがそれ以上に、

●お寺の本業のみでは生計が成り立たず、市役所で副業したりコンビニでアルバイトしている住職が増えていること
●後継者がいなくて廃業せざるを得ないと、近縁・近隣の寺の管理を新たに任されることになり、複数のお寺を行ったり来たりしないといけないこと
●寺ヨガや寺カフェが流行ってきているが、本業である宗教法人では認められない収益活動になるため、お金を取りたいなら別の法人(株式会社など)を立てねばならず、収益が上がるかもわからない・かつ経理などできる人が内部にいないようなお寺ではなかなか手が出しづらいこと

のようなことが問題だと、教えてくれました。
これはその後、色んなお寺を訪問し住職さんと話しても同じ課題を抱えており、福岡特有とはいえない日本全体のお寺の課題だと考えております。

離婚と再婚、そして、、

さて、いきなりですが話はプライベートな領域入ります。

29歳の当初、わたしには妻と長男のほかに、母と兄がおりました。
父親はどうしたのかというと、わたしが20歳の頃に両親が離婚し、その後10年間ほとんど連絡を取っていませんでした。

とある日の夜、その頃まだ単身起業家シェアハウスに住んでいたわたしはふらっと独り呑みに繰り出します。

わたしの大好きな関東風のおでんを出してくれるこじんまりとした小料理屋に出逢い、至福のときを過ごすわたしに、突然一本の電話がかかってきました。

父さんががんらしい。会いに帰ってこれるか?

電話は兄からでした。
わたしと同じく10年父親に会っていなかったにも関わらず、要件も聞かず兄は父に会いに行き、病院に付き添い、病状を聞いてあげたそうです。(理学療法士で毎日お年寄りやけがをした若者に接している自慢の兄です)

兄の良いところは、父に言われたわけではないのに、わたしに対して会いに来てほしいと言えるところです。

でも、わたしにとって、父はもう「過ぎた存在」でした。
生きてても死んでても良い、いや、生きてて迷惑かけられるくらいなら人知れず死んでてほしいと思っていたくらいです。

何度か、、数か月ほどですかね、兄のお願いは断り続けました。
ただ、母に、

わたし「兄貴がこういってるけど、あなたはどう思ってるの?」

と聞いた時、

「もうわたしたち家族には関係ないと思ってたけど、(私は会えないから強制はしないけど)孫の顔はできたら見せてあげてほしい。」

と言われ、母がそういうならと、地元の愛媛へ家族3人で帰省しました。

兄と兄の家族とわたしの家族とで病院へ向かいます。

父の病室に行くと、
それまでいなかったはずの母が、父の隣に座っていました。
ここから先の詳細は、以前「死に触れた体験について書き出してみる」で整理したのでご興味ある方はご覧ください。

そんなこんなで、紆余曲折を経て、ステージ4のがんを抱えたまま、2人は再婚を果たし、父はそれからひと月足らずで還らぬ人となりました。

そこから、初めて「家族」を失った葬儀というものを体験します。
通夜にはわたしたちの知らない10年間を知る父の友人が顔を出してくれました。
その日は、家族4人並んで寝るという、何十年ぶりかの夜を過ごしました。
ただ、だんだんと、傷は深まるばかり。特に母の感情は計り知れません。
家族は徐々に感情的に、またすれ違ってしまいます。

朝起きてからも多少の喧嘩をしつつも、やはりみな失意の中にあり、厳かに安らかに故人を悼む葬儀が進んでいきます。
そこでふと、当然ですが、要所要所で住職さんが説法を説いてくれました。

仏教は生きている人のためにあり、葬儀とは故人が生きている人のためにくれた時間である。
「故人に怒られる」なんて考えることはない、みな浄土へ旅立っているから、そんな暇なんてない。

若干うろ覚えで脚色もあるかもしれませんが、そんな話を聴かせてくれました。
そのときのわたしは(きっと母も)、その言葉で救われました
たぶん、再婚してからか、病状が悪化してからか、亡くなってからか、ずっっっと罪悪感を抱えていました。

10年前のあの日、わたしが父を殴らなければ。
10年前のあの日、わたし(母)が離婚届に印を付かなければ。

そんな想いが廻る中、葬儀という場は父がみんなの気持ちを整理するために、わたしたちに最後に残してくれた時間であると思うと、自然と罪悪感も薄れていきました。
罪を感じてほしいなんて思ってない」そう、思えたんです。

そして、決意する

長くなりましたね(笑)

でもこれが、わたしが、お寺に、仏教に触れていたい、また広く社会の中でも人々が仏教に触れられる環境が必要だ。そう思ったきっかけです。

お寺と仏教に接する機会の作り方は、現在「企画書」で書かせてもらったイメージです。
ただ、これで本当に救われる人がいるのか?ニーズがあるのか?は、
正直わかりません(笑)

ただきっと、こんなサービスが10年、いやきっと20年前からあれば、母が、もしかしたら父も、救われていたんだろうとなぜか確信があります。

だから、信じて突き進みます。
たぶん、色々失敗します。
だから、いっぱい助けてください(笑)
きっと、いただいた以上に、
あなたに、あなたの家族に、または全然違う次世代の誰かに、
たくさん還元していきます。

とにかく、やります。

最後に

めちゃくちゃ長くなってしまいましたが、最後までお読みいただいた方、誠にありがとうございました。

自慰行為に等しいですが、こうやって整理しておくと、人前で話すことがぶれなくなるので、非常にすっきりします。

スキやコメントいただけると、また調子に乗っていろいろ書きます。たぶん。
賞賛でなくて、感想や批判、アドバイスでも構いません。
よろしくお願いいたします。

さて、これまで書いてきたnoteで、一通りわたしの人柄やサービスへの想いは赤裸々にできたかと思いますので、これからはもっとだれかの役に立つことを執筆していきたいと思います。

わたしが今自信を持って提供できるのは、
コンサルティングの専門的な領域や、資料作成やファシリテーション、思考術など、ビジネスの基礎能力と呼ばれる部分ではあります。
仏教に関していまから学んだことを織り交ぜながら、みなさまに還元していけたら面白いかもしれませんね。

ありがとうございました。

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たけちかつや

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