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で、本当はどうなの?大森望・豊崎由美の最凶コンビが、今年度ナンバーワンのベストセラー、村上春樹『騎士団長殺し』を3万字でメッタ斬り!

小説界の天使か? 悪魔か? 「文学賞メッタ斬り!」シリーズで知られる大森望・豊崎由美の最凶コンビが、ついにあの村上春樹を大解剖。『騎士団長殺し』に併せて『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』など、村上春樹のこの10年を徹底&痛快に読み解いた『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』から「『騎士団長殺し』メッタ斬り!」をお届け。忖度、いっさいございません。華麗なる痛快トークをどうぞ!

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『騎士団長殺し』メッタ斬り!【目次】
すみません、サブタイトルが読めません/恒例、24時からの発売カウントダウンイベント/こ、このカバーは……/『ねじまき鳥クロニクル』以来の成功作、か?/『騎士団長殺し』の作品内時系列はこうだ!/謎の絵、現わる/騎士団長、出現/村上春樹カルタがあれば流行るのでは/これまでの作品でいちばんセックスの回数が多い/夢精、それは春樹作品の刻印/春樹さん、そこまで説明しなくても……/怪奇!「メタファー通路」/実はこの章だけ読めば全部わかります/特に成長がない登場人物たち/村上春樹のジブリ化?/さて、結論は

『騎士団長殺し』
第一部 顕(あらわ)れるイデア編
第二部 遷(うつ)ろうメタファー編
(2017年2月24日刊・新潮社)
「別れたい」と突如妻に告げられ、家を出た肖像画家の〈私〉は、美大時代の友人・雨田雅彦(あまだまさひこ)のツテで、政彦の父でもある画家の雨田具彦(ともひこ)の空いたアトリエに、ひとり借り暮らしをすることになる。ある日、その屋根裏で『騎士団長殺し』というタイトルの日本画を見つけてから、〈私〉は不思議なことに巻き込まれ始め……。

* * *


すみません、サブタイトルが読めません

豊崎 今回、タイトルがわかった時は期待したんですけどねえ。ついに、日本が舞台じゃない歴史小説に着手したのかと。ところで、NHKの「クローズアップ現代+」で「新作速報! 村上春樹フィーバーに迫る」(2017年2月23日)ってやってたの、大森さん見ました?

大森 あとから録画で見ました。発売を待ちきれないハルキストたちが「6次元」に集まって『騎士団長殺し』というタイトルからどんな物語だろうっていろいろ妄想する空想読書会。タイトル以外、何の情報もない状態で番組をつくるっていう企画が通るのがすごい。しかも、発売二時間前に放送(笑)。

豊崎 で、ひとりの女性が「『騎士団長殺し』というからには、『ドン・ジョバンニ』の話がからんでくるんじゃないか」って予想してたじゃないですか。

大森 まあそりゃ、そう思っても当然でしょう。騎士団長が殺される話なんて、他にはなかなかないし。オペラとか、いかにも使われそうだし。

豊崎 でも、わたしは思わず「アホか!」って突っ込んだんですよ、テレビに向かって。いくらなんでも、村上春樹がそんなベタなことをするはずがないって。……そしたら、彼女の予想がまんまと当たってました(笑)。小バカにして本当にすみません、ですよ。

大森 まあしかし、ベタと言っても『ドン・ジョバンニ』そのままではない。飛鳥時代を描いた日本画に〈翻案〉されてますからね。けっこう意外性のあるマッシュアップ。しかも、その絵とそっくりの騎士団長が出てきて、〈あたしはただのイデアだ〉と名乗るという。

豊崎 で、第一部のサブタイトルが「顕(あらわ)れるイデア編」と、第二部のタイトルがえーと「かえろう……

大森 「うつろう」、ね。「遷(うつ)ろうメタファー編」。

豊崎 読めないよ! 新潮社は、わたしのようなバカのためにもルビを振ってください。そういえば、その「クローズアップ現代+」でも、ファンの人たちが春樹作品のメタファーについてはいろいろ語ってましたよ。「村上春樹作品におけるスパゲティは混沌のメタファーだ」とか(笑)。そうだったの?

大森 『騎士団長殺し』の主人公も、またスパゲティつくってましたからね。ソースは作り置きしてて、あとはからめるだけ。

豊崎 あったあった。〈「ほんとに簡単な食事です。ソースはたくさんこしらえてありますから、一人分つくるのも三人分つくるのも、手間として変わりはありません」〉

大森 相手は〈「本当によろしいんですか?」〉とかすごく恐縮してるんだけど、無理やりささっとつくって出す。でも、心の中は混沌としてたのかもしれない(笑)。

豊崎 心っていうより、混沌としてるのは頭の中味なんじゃないかという主人公です。

大森 だから、あの状況自体が混沌なんですよ。知らんけど。
 発売前の深読みと言えば、僕がいちばん笑ったのは、本のカバーの件。タイトル以外、装幀もまったく伏せられてたから、Amazonとかには発売まで、ダミーのカバー画像が上がってたじゃないですか、文字だけの仮デザインの。そしたら、それを実際のカバーだと勘違いした人が、ネット上で、一生懸命分析していて。「このSというマークには大きな意味があるに違いない。縦長の大きなSの字はなにを指しているのか?」って。

豊崎 新潮社のロゴマークでしょ。

大森 そうそう。Sの字が樽のかたちの中に入ってるから、通称・樽エスって言うらしい。それにしても、新潮社のマークはここまで知名度がなかったのかと(笑)。村上春樹に比べたら、ぜんぜん知られてないというか、関心を持たれてない。

恒例、24時からの発売カウントダウンイベント

豊崎 しかし、さすが春樹先生ですね、発売前からそんな風にいろんなネタが上がってきて、楽しいったらありません。ネットも巻き込んで妄想のストーリーがつくられたり、いろんなことを言いたくなっちゃうのが、村上春樹作品の底力ですなっ。

大森 JR室蘭(むろらん)線の貨物列車脱線事故も驚きましたね。今回は沖縄に至るまで同日発売ができるという万全の体制を組んでいたのに、その事故の影響で、北海道全域の配本が遅れる事態に。北海道の村上春樹ファンだけは一日待たされることになり、ネタバレの被害が心配されていました。それにしても、書籍の物流で、鉄道がそこまで大きな役割を担っていたとは。JR室蘭線の重要度があれでわかった。

豊崎 そして発売当日には、例によってカウントダウンイベントを開催する書店もあった、と。大森さんは行ったんですよね。

大森 そう。二月二十四日金曜日の午前〇時。つまり、木曜の夜中に発売を待つことになる。村上春樹新作のカウントダウン販売は、『1Q84』のBOOK3からですかね。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『女のいない男たち』と来て、これが四回目。もうすっかり恒例です。毎回、木曜の夜中。それで、けっこう文学賞のパーティーとかぶるんですよ。
『多崎つくる』のときは吉川英治文学新人賞贈賞式の日、今回は芥川賞直木賞贈賞式の日。新聞の文芸記者たちは「二次会で心置きなく飲めない」とぶつぶつ言ってたとか。逆に、新潮社の人たちは、うかつに書店イベントに顔を出すと、「あそこには行ったのにここには来なかった」みたいな話になるから、カウントダウン販売には一切行かないことにしたらしい。そのかわり、一刻も早く手に入れたい各メディアの人たちに対しては、夜中に会社を開けて、午前〇時以降、とりにきてくれたら差し上げますというのをやってたとか。

豊崎 わたしも「当日入手できなかったら困るんで、戦々恐々です」って愚痴ったら、新聞社の人から「僕は〇時に新潮社に行って並んで二組もらえることになってるから、どうしても入手できなかったら一組融通しますよ」って言ってもらえました。でも、蓋を開けてみれば、地元の書店にたくさんあった。それこそ駅構内の小さな本屋にもあった。売るほどあった(笑)。さらに大森さんは、徹夜で読むっていうイベントに参加したんでしょう?

大森 そう。発売の二週間くらい前にネットで各書店のカウントダウン販売をチェックしてたら、三省堂書店神保町本店で、「誰よりも早く村上春樹さんの新刊を本屋で徹夜して読む会」というイベントの告知があったんですよ。店内を一部開放して、朝まで本が読めるらしい。先着三十名っていうから、慌てて申し込んだら、整理番号が二番だった。

豊崎 すごい。こんな身近にハルキストがいた(笑)。

大森 発売までは装幀を見せられないから、三省堂の書店員さんたちが、隠し布がかかった販売前の本の山をワゴンで運んでいって、衝立(ついたて)の後ろに隠れて一生懸命本のタワーをつくるという涙ぐましい努力が。ていうか、書店のバックヤードでは秘密でもなんでもないのに、フライングで情報が漏れることも一切なく、これだけ統制が保たれるっていうのが逆にすごいよね。ただの紳士協定にみんなちゃんとつきあってあげるという。

こ、このカバーは……

豊崎 そもそもこの装幀、発売前に隠すほどのデザインなのかよってことですよ。なんか、こう……ひと言で言うならば、凄まじくダサい。

大森 僕はそんなに嫌いじゃないんだけど、ネットでは、カバーのデザインが最初に炎上してましたね。

豊崎 新潮社装幀室じゃないんですよね。

大森 いや、担当は、元新潮社装幀室長で、最近、定年で辞めた人なんですよ、高橋千裕さん。編集担当が寺島哲也、装幀が高橋千裕、もう二十年来やってる新潮社のチーム・ハルキ。どちらも、僕が新潮社に勤めていた頃の先輩で、キャリア四十年近い大ベテランです。寺島さんはハルキ担当三十年かな。

豊崎 この「殺し」がずっこけてるかたちの題字も作ってるんでしょう?

大森 「カーサ ブルータス」の記事によると、タイトルを手書き風にするのも、「殺」の字をちょっとだけ斜めにするのも春樹先生の案だそうです。

豊崎 剣のイラストはドン・ジョバンニの剣と飛鳥時代の剣なのかなあ。

大森 第一部が洋剣で、第二部が和剣。これも春樹先生が鉛筆で「こんな感じ」と打ち合わせ中にスケッチ描いたとか。洋画と日本画というか、和魂洋才というか、まあそういうのを象徴してるんじゃないでしょうか。

豊崎 メタファー的な?

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