悪口の哲学

大人だって嫌いなこととか悪口とか言いたい愚痴とかある。
いや、むしろ大人の方がある。

例えば、良口(よいくち)なるものがあったとしよう。
良口は悪口の反対で、物事の良い側面を言うことだったとしよう。

良口ばっかり言う人は信用できるだろうか?

確かに悪口ばっかり言う人は信用できない。

でも良口ばっかり言う人は、
悪口ばっかり言う人と同じくらい信用できない。

多分。

良口が発する美しい幻想は時に残酷な現実を突きつける。
そして残酷な現実は時に私たちの生活を踏みにじる。

会社の成長の為に
社員の人生が犠牲になることもある。

優秀な社員の重宝は
優秀じゃない人間を排斥する。

素敵な結婚の陰には
恋愛ゲームの土俵にすら立たせてもらえない敗者達の怨念が見え隠れする。

美しい言葉を否定するわけじゃない。
寧ろすごく大切だとさえ思う。

ただ、

世の中ってそんなに美しいことばっかりじゃないし、
美しくないものこそが愛おしかったりする。

世の中ってそんなに簡単な理屈で出来ていないし、
美しくないものこそが美しいものを完成に導く鍵だったりする。

悪口の陰には良口がある。

悪口は良口に対するアンチテーゼ。

それが大人の悪口の哲学。いや、それが筆者の悪口の哲学。


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kawamurakosuke

大人の悪口

通勤途中にでも呼んでいただけたら。 不快になる方とかいるのかな。。。 いたらすみません。
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