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「アート」と「ビジネス」の隔たりを埋めるもの〜コルクラボ文化祭「まえだたかしトーク」にて〜

先日24日に、コルクラボ文化祭に遊びに行ってきました。

結論からいうと、行ってよかったです。とても楽しかったです。

あの全体的にゆるい感じ、僕はけっこう好きなんだな。

さて、コルクラボのプログラムの中で、僕がもっとも惹きつけられたのは、『まえだたかしトーク』というトークライブでした。

これは漫画家志望の前田高志さんが、3人のプロの漫画家に『漫画家になるための心得』などを質問していくプログラムです。


その3人の漫画家というのは...

ドラマ化もされたヒット作『Ns'あおい』と『町医者ジャンボ』の作者『こしのりょう(@koshinoryou)さん』

250万部超えの大ベストセラー漫画『君たちはどう生きるか?』の作者『羽賀翔一(@hagashoichi)さん』

『くまちゃんのどうぶつ通訳』を連載中のフォロワー4万人超えの人気Web漫画家『やじま けんじ(@yajima_kenji)さん』です。

...ガチでプロの漫画家ですね。


一方、インタビュアーの漫画家志望『前田高志さん(@DESIGN_NASU)』とは誰かというと...

元任天堂のデザイナーで現在は『前田デザイン室』というオンラインサロンの室長をやっている、あの前田高志さんです。

胸焼けするくらい豪華なメンツです。

僕自身、高校時代、本気で漫画家を目指していた過去もあってか、このトークライブにはとても興味が惹かれました。


『ビジネス』と『アート』のどちらを優先すべきか?

『売れるもの』を作るか、『好きなもの』を作るか。

もしこの問題が二者択一だとしたら、クリエイターにとって、これほど難しい問題はないでしょう。

アーティストなら、岡本太郎のように『好きなもの』を作ればいい。
ビジネスマンなら、とにかく『売れるもの』を作ればいい。

しかし、アートとビジネスのどちらにも片足を入れている『クリエイター』が、この問題に答えるのは難しい。

漫画は良い例です。
漫画は、アートでもありますが、巨大な産業でもあります。
編集者というビジネスマンは『売れるもの(出版社の利益)』を目指し、
漫画家というアーティストは『好きなものを表現すること』を目指しています。

意地悪なことだけれど、僕は...

『もし編集者の漫画家への意見が、漫画家の哲学や信念に反するものであったとき、漫画家はどう反応するのか?』

それがとても気になっていました。

受け入れるのか?それとも反抗するのか?

しかし、たとえ反抗したとしても、漫画家にとって編集者は簡単に別れることのできない重要なパートナーであり続けます。
そして漫画家としても、自分のやっていることが『ビジネス』でもあることは、頭ではわかっています。

そんな状況で、漫画家は編集者の意見に対してどう対応するのか?

そんなことを、トークライブの最後の質疑応答の部分で僕は質問させていただきました。

こんなふうに...

『もし編集者の漫画に対する意見が、自分の哲学に反していたとき、みなさんはその意見を受け入れますか?
たとえば、僕が昔漫画を描いていたときに、明るい話を描いたつもりなのに、暗い話だと言われてしまいました。当時の僕としては、ハッピーエンドという光を際立たせるためには、深い闇が必要だという考えから、あえて暗い話を取り入れました。それでも編集者がストーリーに明るさが必要だというなら、当時の僕は自分の信念に反してでも明るさを取り入れるべきだったでしょうか?』


意外な答え

僕はこの質問に対する答えは、漫画家によって千差万別であると思っていました。
また答えとしても、『ビジネスを優先して編集者の意見に素直に従う』か『アートを優先して自分の信念に従うか』のどちらか一方だと思っていました。

しかし、実際の漫画家の方々の答えは、『一つ』であり、しかし、二者択一よりも『複雑』でした。

『とことん話し合う』

これが答えでした。

一流の漫画家に共通しているのは、『フィードバック』の重要性を理解しているという点でした。
そして、もっとも現場の近くで作品に対して読者に近いフィードバックを返すことができるのが『編集者』であるということを、きちんと理解していました。
『売れる』というのは、『読者に受け入れられる』ということでもあるからです。

だから、相手の意見が、たとえ自分の信念に反したものでも、自分の成長のために聞く価値はあるのだと、そう考えていました。

コルクラボ文化祭を主催している株式会社コルクは、CorkBooksという漫画家が簡単にフィードバックを受けられるサービスを提供しています。

今回登壇した漫画家の方々が、このサービスを積極的に利用されている点からも、フィードバックとして編集者の意見を聞くことは重要なのでしょう。

議論の前提にある『信頼関係』

ただし、『編集者の意見を聞くこと』は、『編集者の意見に従う』ことではありません。

アーティストとして、漫画家にも『譲れない信念』『譲れない表現』があります。

実際に羽賀翔一さんにしても『自分の感情が揺り動かされないと、相手の感情もゆり動かせない』という表現に対して強い信念を持っていました。

そうした信念と編集者の意見がぶつかったときは、『とことん話し合う』

しかし、その議論を、対立ではなく対話にしていくためには、前提として『相手との信頼関係』が重要だそうです。

こしのりょうさんに曰く、『意見を出す人間は、自分の成長を考えて意見を出しているのか』という点は探りを入れても良いといいます。

漫画家にとって重要なのは、『編集者の信頼』だそうです。
もっといえば、『編集者の愛を感じること』が重要なのです。
経験的に、『作者のことを好きでいてくれる編集者』なら、やっていけるそうです。

相手が信頼できる人間であり、また相手も自分のことを信頼してくれているなら、議論によって関係が壊れてしまうこともありません。

ビジネスの専門家である『編集者』と、アートの専門家である『漫画家』の隔たりを埋められるのは、結局のところ、『信頼を前提にした話し合い』しかないのです。

信頼をつくるもの

とはいえ残念ながら、漫画家にとって、すべての編集者が信頼にあたるとは言い難いそうです。

とくにずっと連載を続けられている「こしのりょう」さんのような漫画家は、連載中にも担当編集が頻繁に変わります。

そうなってくると色々な編集者に出会うことになりますし、当然「信頼関係を築けない編集者」を引いてしまうこともあるそうです。

このような場合、現在の編集者を当てにせず、以前お世話になっていた編集者に自分から作品を見せて、意見をもらうこともあるのだそうです。

その話をしている中での、こしのりょうさんの一言がとても印象的でした。

「その点、羽賀くんはいいよね。ずっと佐渡島さんがついてくれてるから」

あぁ、なるほど。と僕の中で線がつながりました。

このトークイベントを主催している株式会社コルクは、作家エージェント業という日本では馴染みのない事業を行なっています。

コルクの目指す作家エージェントというのは、『作家を長期的にプロデュースしていく』仕事です。

正直、このトークイベントを聞くまでは、作家のエージェント業というものに僕は必要性を感じてはいませんでした。
しかし今は、この仕組みがどれほど重要であるのか、よく分かります。

結局、信頼というのは人と人との関係の蓄積の産物であって、そう簡単に、短期的に構築できるものではない。

『担当編集の異動』など従来の出版業界の慣行の中では、漫画家と編集者の信頼関係は構築しずらく、またせっかく構築した信頼関係もリセットされてしまう問題がある。

作家が複数の出版社と契約することが当たり前になった現代では、出版社の垣根を超えて、メンターになってくれる編集者が必要なのでしょう。

コルクの目指す作家エージェントというものが、そのメンターを目指しているなら、僕はこの事業はこれからますます重要になってくるものだと思います。

まとめ

・作家の哲学(アート)と編集者の意見(ビジネス)が衝突したときの最良の答えは『話し合い』
・建設的な話し合いの前提として必要なのは『作家と編集者の信頼関係』
・作家と編集者の信頼関係を資産にし、良質な作品を生み出すためにこそ、長期的に作家をプロデュースできる作家エージェントは不可欠。

とても面白かったです。

これは漫画家と編集者の関係だけでなく、経営者と株主の関係でも同じことが言えそうです。

ビジネスとアートの隔たりを埋めるもの。
それは結局のところ、『愛』なんですね。



あなたの貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!