善人と悪人が抱えるハンディキャップ

コソ泥、器物損壊、これらは人間がやってしまう悪いことの中でも比較的目につきやすい。しかるべき処罰や対処が容易なものだ。その一方で世の中には知能犯と呼ばれる極めて高い頭脳を持った人が行う悪事が存在する。そのようなものが発覚するには、彼と同じくらいの頭の良さを持った敵対者、あるいは正義の人が必要となる。ところが、そんな人材はほとんど見つからない。漫画の中だけである。多くの善良な人々は、賢い人というのは無条件で世の中の役に立つ素晴らしい人だと思い込んでいる。だから、賢い悪人が裁かれるということはない。それはなぜだろうか?
人がいかにして賢い、あるいは小賢しくなれるか、それはふだんからいかに頭をつかって生きているかによって決まる。たいていの場合、気立ての良い人は真っ直ぐ生きていて、人から好かれ、よくしてもらってすぐに人生が満たされてしまう。そのため、あまり頭を使わなくてもそれで充足してしまう。
悪人は違う。真っ直ぐに生きることが嫌いであるか、あるいはなんらかの生まれつきの要因で、他者に対する共感が薄くて人の中に混じるのが苦手だったりする。そのため、人並みか、人並み以上に社会に適応し、成功するためには常人の何倍もの努力が必要となる。悪事という、最も効率の悪いことに手を染めて生きていくには頭の良さが不可欠なのだ。悪の道は遠回りだ。常に人の注意を逸らしたり誤魔化したりして発覚を回避しなければならない。その遠回りをわざわざ選んで常に頭を使い続け、この局面を切り抜けるにはどうする、こうする、とあれこれ策を巡らしている。普通に、何気なく人と会話するということがない。そんなことをすれば「ボロ」が出て人に悪い印象を与えてしまう。人よりいかに先手を取るか、リードできるか、そればっかりを考えて言葉を発し人との関係をきづこうとする。実に涙ぐましい努力だ。彼らはそれを自負していて、人の何倍も頭を使って生きているから自分は偉いと思っている。
このように、善良で頭の良い人が生まれにくい要因は存在する。ゆえに、もしも知能犯が世界中を撹乱し思いのままに操っても、その知能犯よりも頭の良い善良な人は不在であり、されるがまま、誰も彼の存在に気づかない。彼が何をやっているのか誰にも理解できなければ、それが良いことなのか悪いことなのかを見抜くことすらできないのだ。頭が悪いから。よって悪人は裁かれず、完全犯罪が成立する。誰かが犠牲になっても、その原因がどこにあるのか誰にも理解できずに右往左往することになる。そしてあまり関係のない人に矛先が向く。
地獄の沙汰もカネ次第ということわざがあるけれども、私の頭の中ではこんな想像がふくらむ。ここは地獄。燃え盛る業火、罪人の悲鳴。亡者が鬼に引き立てられてくる。
「閻魔様!罪人を連れてきました!」
「うむ、して罪状は?」
「はっ、それが、理解出来ないのです。」
「ふざけてるのか!報告書を見せてみろ。」
そして、10分が経ち、20分が立ち、閻魔様は一所懸命報告書に目を通すのだが、この罪人が何をしたのかさっぱりわからない。書いてある文字も、意味も、一つ一つは理解できる。なんて書いてあるのかはわかる。だが、何を言っているのかさっぱりわからない。これが知能犯ってやつか?何を意図してどんな悪事を働いたのか、それすらも難解で、理解が追いつかない。
「本当に罪人なんだろうな?だが、罪状がよく分からないのに裁くわけにはいかない。この罪人から直接聞くしかあるまい。」
「いけません、閻魔様!連れて来るのに本当に苦労したのです。この男に口を開かせた鬼は皆、情にほだされたり騙されたりしてこやつを逃してしまうのです。まだ男が無実だと訴えている鬼もいます!デモ行進したりビラ配ったりしてます。こやつの猿ぐつわを外してはなりません。」
閻魔様はめんどうくさくなってきた。
「やっぱり無実なんじゃないのか?こやつを捕まえた鬼から話をこうではないか。」
「その鬼はリンチにあって死にました。とても真面目なやつでした。やつを絶対に逃すなと遺言が。報告書だけが唯一の手がかりなんです。」
わしを誰だと思っている。亡者ごときに騙されるはずはない!閻魔様はとうとう、亡者から直接話を聞くことにした。その結果どうなったのか、ご想像にお任せする。

このような事態にならないためには善良な人々も悪人以上に賢くなる必要がある。そのためには「悪人学」とも言うべき悪人の思考パターンや悪事の仕組みを解明、分析して広く周知される場が不可欠だ。そうした知識が悪用されることは否めない。だが悪用されることを恐れていては先を越されてしまうしどうしたものだろう。悪事に手を染めたことのある人、誰かに騙された経験のある人、虐められていた人、そういう人は世の中にたくさんいる。こうした知識体系を作り上げるのに充分な情報は揃っているというのに、広める場が無い。というかそもそも誰も関心を持たない。善良な人々は現実世界にあまり関心がなく、きれいごとだけを見て生きていたいのかもしれない。私はそれを邪魔だてできないでいる。邪魔したいわけじゃない。騙されていることに気付いて、悪事に加担するのをやめて欲しいだけだ。ちゃんと歯向かって欲しい。知らないで染まるより、知って染まらないようにしよう。

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