心を込める

 その思いとは別の思いと勘違いされ、思わぬ誤解を受けることがある。どういう思いだったのかは本人にしか分からない。また、その動きも思いを込めようが込めまいがあまり変わらない。気持ちもそうだ。
 思いを込めてやったことでも、さっとやったことでも中身は同じだったりする。また、いやいややったことでも。
 ただ、この場合の思いとは願いのようなものだとすれば、それはただの希望かもしれない。いずれも形になりにくい。気持ちが動きや形に表れるというが、そうならない場合も多い。
「投げやりでやったことが上手くいったのです」
「槍投げ大会にでも出たのかね」
「違います」
「じゃ槍じゃなければ何を投げた」
「気持ちを投げました」
「ほう、気持ちをねえ」
「いや、対象に向かって投げたのではなく、気持ちを投げ捨てたのです」
「何処に」
「いやいや、だから、気持ちを込めることをやめて、やったのです。まあ、敢えて言えば下に投げ捨てました」
「そうかい。投げやりになったんだね」
「でも、どうもありませんでした」
「槍を相手に投げればどうにかなるでしょうが、気持ちを入れなかった程度じゃ何も起こらないでしょ」
「そうなんですが、気持ちを込めて対応できませんでした。心を込めることを投げてしまいました」
「どうしてかね」
「やる気がなかったので」
「そうなんだ」
「それで気が付いたのです。結果は同じでした。だから、もうやる気がなくても大丈夫かと」
「やる気ねえ」
「はい。やる気を起こすのは大変なのです。かなり頑張らないと、やる気が起きません。だから、自分を奮い立たせ、なぜこれをやるのかをしっかりと把握し、その意味をしっかりと自覚し、そして誠心誠意で臨んでいました。しかし、そんな状態に盛り上げなくても、何も問題がなかったんだと、今回気付きました。これは楽で良いと」
「あ、そう」
「僕の気持ちなど、何でもよかったんですよ。そんなものあってもなくても構わなかったのですから」
「あ、そう」
「気持ちを込める。これを省略すれば、どんなに楽か」
「本当に問題はなかったのですかな」
「はい。僕の独り相撲でした。これなら適当にやれば良いんだと、やっと悟りました」
「怖いものを悟ったじゃないか」
「先輩は既に悟られていたのでしょ」
「何を言うか、私は指導する立場じゃ。物事は心を込め、誠心誠意やることで、いいものができたり、相手にも伝わったりする」
「でも先輩、そんなことをやってないじゃないですか」
「そう見えれば成功じゃ」
「え、どういうことです」
「気持ちさえ込めればいいということでは駄目だからね」
「はあっ?」
「気持ちを込めたので大丈夫ということになるじゃないか」
「はあ」
「気持ちさえ込めれば全てOKになる」
「ああ、その境地には、まだ僕は」
「そんなことを深く考えなくてもよろしい。態度だけで決まるのなら、楽な話だ。気持ちを込めるなんてもの凄く安上がりで、経費も掛からない」
「先輩の指導がよく分からなくなりました」
「丁寧にやっても上手く行くとは限らない。逆に荒っぽくやった方がよかったりする」
「ますます分からなくなりました」
「気持ちが態度に表れたとしても、逆の意味に解釈されることもある。分かったかね」
「はい、分かりませんでした」
 
   了

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川崎ゆきお

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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