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鍋焼きうどんに聞け

 今冬一番の寒さ。それが襲ってきたのだが、大寒波ではなく、記録的な寒さでもない。この冬一番の寒さなど普通に来る。秋の終わり頃から既に寒くなり出し、その後も下がり続けるだろう。暦の上で冬となり、単に気温が下がるだけ。そのため、日々この冬一番が出続けるだろう。
 沢木は寒い。彼だけではなく、余程の暑がりでもない限り、冬場は寒いだろう。
 沢木は寒いだけではなく、他の箇所も寒い。年末が近いというのに懐も心も寒い。懐と心とは連動する。
 ニュースで初冠雪を報じていた。結構近い。沢木の住むところとは離れているので、関係はないが、雪の話題が出る季節になっているのは確か。
 初冠雪は冬場は一度だけ。今冬一番は何回もある。
 そんなことを思うのは、他に考えることがないわけではないが、多少は落ち着く。雪の便りや寒さで落ち着くのは誰に対してもやってくるためだろう。被害とまではいかないが、この季節、誰もが寒い。そのため沢木だけではない。それで気が休まる。妙な論理だ。
 そんなことを思いながら、沢木は街角にいた。これは散歩だ。健康のためではなく、これが沢木の娯楽。金を使わなくてもできる。足さえ使えばいい。
 出るときから、いや、朝起きたときから、いや、寝る前から気温がぐっと下がっていたのは分かっていたのだが、それでも散歩に出た。まだ昼過ぎ。気温は朝夕よりはましだが、それでも寒い。それでもう引き返すことにした。これでは娯楽にならず、寒いだけ。これで風邪でも引けば大変。沢木は滅多に風邪など引かないのだが、身体を冷やすとろくなことはない。
 冬場の散歩はやはり控えるべきだが、それでも習慣になっているので、食後などは外に出る。食べたあとは外に出る。これが癖になっている。習慣というより癖。そういう体になっている。だから真冬でも真夏でもこの癖がリードする。
 流石に楽しいものではないので、引き返すことにしたのだが、冬場や夏場は距離が短くなる。これは例年のことで、気にする必要はない。
 何か事を起こさないと財布も心も寒い。それを考えながら散歩をしていた。考え事と散歩とは相性がいい。ずっと考え事をしながら歩いているわけではないが、いいことを思い付くこともたまにはある。
 今回はいくら散歩に出ても、それが出ない。出そうとすればするほど出ないようで、アイデアというのは考えていないときに湧き出すものだ。そのため、考えているときは陽動作戦で、あまり期待していない。無駄な思案だが、これが表。この表がなければ裏からふっといいのが出てこない。
 何か事を起こす。これだけが決まっているのだが中身がない。
 散歩から戻る途中、ある偶然との遭遇で、思わぬことが起こる。これは期待で、実際には車と接触し掛かったとか、その程度だろう。
 その経験があるので、もう何も考えないで、寒い寒いと思うだけにし、頭の中を自然に任せた。これはもうあまり何も考えていないだけ。ただ、目に入るものについては、少しは意識的になる。看板とか建物とか道行く人とか車とか。
 こういうとき、向こうから見知らぬ人が来て、声を掛けられ、妙な立ち話が始まる。というようなことは一度もない。
 そして家に近付いたとき、コンビニに寄り、冷凍の鍋焼きうどんを買う。
 閃いたとことといえばその程度。しかし、結構高い。これを夕食にするとなると、これだけでは腹が減る。うどんとちょっとした具が入っているだけ。まあ出汁が美味しいので、それで満足すべきだが、おそらく足りないので、ご飯がいるかもしれない。ご飯は炊いたものが残っている。それでうどんをおかずにご飯を食べるところまで考えた。先を読んだ計算だ。
 沢田は寒いときに冷たいものを持ち帰る。しかし火に掛ければ、これが熱いほどの鍋焼きうどんになる。アルミ鍋なので唇を当てられないほど熱いだろう。
 だが、まだ昼過ぎ。先ほど食べたばかり。
 結局散歩に出た成果は先々の計画ではなく、夕食が決まっただけ。少なくてもこれで夕食、何を食べようかと考える必要がなくなった。散歩の成果といえば成果。ただ、先々には貢献しない日常の些細事。逆に高いうどんを買ってしまったので、財布に影響する。自分で鍋焼きうどんを作れば三分の一ほどの値段で作れる。さらに具はもっと多い。流石に海老は無理だが、ちくわで誤魔化せる。また小さく痩せた海老よりもちくわの方が具が大きいだろう。
 待てよ。と沢木はランプが付いたことを感じる。これか。と。
 鍋焼きうどん。これだ。
 しかし、鍋焼きうどんに何か将来のこととが関係しているところまでは閃いたのだが、それがどういうことかまでは見付からなかった。
 惜しい。閃きがあったのに。
 と、残念がったが、鍋焼きうどんがどういうヒントになっているかは、追々考えればいいと思い、寒いので、そのまま蒲団に入り、昼寝をした。
 そして目覚めたとき、もう鍋焼きうどんのことなどすっかり忘れていた。
 当然鍋焼きうどんを冷凍室に入れたことは覚えているし、夕食のおかずであることも覚えているが、そこからヒントを得るという繋がりは、もう切れていた。
 
   了

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