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妖怪は見えない

「幽霊が見える人は聞きますが、妖怪が見える人はあまり聞きませんねえ。どうしてでしょう。博士」
「君は小学生か」
「いえ、プロです」
 妖怪博士付きの編集者が疑問を打ち明けた。そういうものは打ち明けるとかの問題ではない。ずっと内に秘めた事柄のような重要事ではないためだろう。しかし、たまには小学生のような質問をしたくなる。だが、そういった低次元の謎ほど、本当はよく分からない謎で、基本的なことほど解明していなかったりする。
「ダイヤルが違うからじゃ」
「つまり幽霊放送と、妖怪放送があるわけですね」
「たとえ話に真実はない。ニュアンスだけ聞き取ればいい」
「それ以上の奥はありませんか」
「それは君の質問かね」
「いえ、小学生から受けた質問です」
 この出版社、ネット上で掲示板を持っている。SNSといわれる以前の、古そうなデザインのサイトだ。
「幽霊には元があるが妖怪には元がない。幽霊は人間じゃが、妖怪は動物が多い。まあ、植物や物が化けたものもあるし、場所そのものが化けておる場合もあるがな」
「はい、入りましたね」
「何処に」
「妖怪博士モードに」
「余計なことを」
「幽霊は原型とあまり変わらん姿をしておる。人型で出た場合じゃがな。だから分かりやすい。ところが妖怪は元があるにしても化けすぎて原型が分からぬ。それに姿がユニークすぎる。そういうのは人が認識する原型のようなものがないので、見えんのじゃよ」
「認識する原型って、何ですか」
「まあ、パターン認識のようなもの。その雛形のようなものを使うんだろうね。妖怪は見えんが、妖怪画はある。書くには見えんと書けん。実物は無理なので頭の中でイメージ化する。そのときパターン認識のようなもので、動物を組み合わせたようなものを捏造するわけじゃ。聞こえが悪ければ、合成。合体じゃな。これは妖怪に限らず。神獣などがそうじゃな。あれは広い意味での妖怪に近い。この世に存在しない動物なのでな」
「博士、それ、難しいので小学生には」
「私も分かっておって話してるんじゃない。論理的な説明といっても、別の論理の雛形を当てはめておるだけ。それに分かりやすい説明は、考える力を奪う」
「余計に分かりにくい説明です」
「幽霊は個人。しかし妖怪は誰じゃ。汎用性が高い。傘化けとかを見なさい。閉じた番傘から一本足が出ておる。そして生腕が。あれで歩くとなると、歩けんじゃろ。飛ぶしかない。ケンケンじゃ。そして誰だか特定できん。豆腐小僧を見なさい。小僧はいくらでもおる。どこそこの誰という子供じゃない」
「子泣き爺もそうですね」
「何処の爺さんなのか分からん。名前もない」
「はい。それで霊能者でも見えないわけですか」
「さあ、私の知り合いに幽霊博士がおる。彼に聞いた方が早いが、幽霊は念を送ってくる。人だからな。だから、周波数が同じ。よって人間的な怖さがある。動植物の心はよく分からんが、人間の心理なら読める。まあ、犬猫にも心はあるし、ある程度読める。だから犬猫の幽霊は見える。しかし、それが妖怪となると、元は動物でも、一般化しすぎる。犬や猫の幽霊は人と同じで、何処の犬猫か分かる。名前もあるじゃろう。犬猫一般ではなく。特定できぬ犬猫一般は汎用性がある。妖怪もそうじゃ。そのため個人の念とか、個人の思いとはまた違う。汎用性を上げると自然一般になる。そうなると精霊」
「余計に難しくなりました」
「まあ、君が分かりやすい言葉でその掲示板とやらで説明しなさい」
「分かりました」
「博士は幽霊は見えなかったですね」
「ああ、幽霊は見えん。それが何か」
「じゃ、妖怪はどうですか。妖怪博士でしょ」
「見えんが形を得ることはできる」
「じゃ、妖怪の出る場所へ行けば、妖怪が見えるわけですね」
「さあなあ、見えたといえば見えた。見えなかったといえば見えなかった。その程度じゃ」
「はい、お大事に」
「何を大事にするんじゃ」
「いえいえ」
 
   了

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