少しだけズレている

 日が暮れかかる繁華街の中にある小さな駅。地方銀行や老舗の饅頭屋、団体客が何組も入れそうな城のような居酒屋、まだ主婦の友の看板を掲げた小さな本屋。ネオンが輝き始めたのは曇っているので空が暗いためだろうか。夕焼けなどは期待できそうにないが、こんなところで見ても仕方がないし、また建物が邪魔をしてよく見えないだろう。
 高島は数ヶ月に一度ほどこの駅前で仕事の打ち合わせをするのだが、先方は遠くから来ている。高島は最寄り駅だが徒歩距離ではなく自転車距離。雨の日などは大変だが行き慣れた場所だし毎日ではない。偶然雨が降っていた日もあるが、そんなことは大した問題ではない。
 改札口が見えたとき、先方は先に来ていたのか、姿が見える。何度か合った人なので、遠くからでも分かる。
「お待たせしました」
「いえいえ、私も先ほど着いたばかりです」
「そうですか」
「じゃ、またいつもの喫茶店で」
「はい」
 高島は少しだけ違和感を感じた。確かにこの人に間違いはない。いつもの人だ。人違いだとすれば高島を見ても無視するだろう。しかし、なぜかおかしい。何がどうおかしいのかが分からないので、そんなことを思うことがおかしいのだろう。二ヶ月ぶりなので、少しは変化があったのかもしれない。
 先方は先に歩き出し、いつも入る路地の奥にある飲み屋が集まっているところの手前にある古びた喫茶店のドアを開けた。
「空いてます」
 狭い店なので、そう言ったのだろう。
 高島がこの喫茶店に入るのは打ち合わせのときだけ。だから、二ヶ月ぶりになる。
 違和感は店そのものにも滲み出ていた。こんな内装だったのか、こんなテーブルだったのかと、少し気になる。椅子も以前とは違っているように思えた。
 もの凄く背の低いお婆さんがおしぼりとお冷やを運んでくる。これもいつもと違う。こんなに小さな人だったのかと、なぜか気になる。二ヶ月の間に縮んだわけではない。きっとそれまでは踵の高い靴を履いていたのかもしれない。しかし、小さなお婆さんという程度で、どの程度の小ささなのかはまではしっかりと見ていたわけではない。最初からそんな身長だった可能性もあるが、印象と違うと感じたことは事実。
 先方は鞄から資料を取り出し、説明を始めた。高島は受け取った一枚をちらっと見るが、何のことか意味が分からない。「まさか」と思いながら、先方を見る。
 先方は「何か」という目付。
「あのう」
「説明しますから」
「いや、この資料じゃなく、人違いでは」
「え、何がですか」
「あのう」
「どうかしましたか高島さん」
「いえ」
「あ」
 先方は違う資料を出したことに気付いたようだ。
「失礼しました」
 高島は安堵した。
 しかし、運ばれてきたコーヒーカップが、以前と違う気がするし、壺に入っているはずの砂糖はスティックに変わっていた。
「どうかしましたか、高島さん」
「いえいえ」
 渡された資料はいつもの仕事のもので、問題は何もない。
「簡単な説明をさせていただきます」
「はい」
 説明は理解できた。問題は何もない。
「では、これでお願いします」
 打ち合わせが終わり、先方は伝票を掴み、さっとレジへ向かった。
 だがレジに立っているのは小さなお婆さんではなく、小さなお爺さんだった。こんな人もいたのだ。いやそうではなく、あのお婆さんかもしれない。
 店を出たとき、もう暗くなっており、ネオンが眩しい。
 いつものように先方を改札まで送ることにしたのだが、駅名を見るのが怖かった。一字違っているだけで、大変なことが確実に起こったことを意味するからだ。
 高島は、もしそうであってもかまわないかな、と思いながら、二文字の漢字を見た。
 
   了

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川崎ゆきお

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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