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ひよこ塚

 丘陵の端にある住宅地だが、古い家並みが残っていた。昔の下町だろうか。下があるのなら上がある。それは台地のもう少し先にあり、そこは商家が並んでいたとか。今もそれらしい瓦葺きの家が軒を連ねているが、もう店として残っているのは質屋と酒屋ぐらい。取り壊されてマンションになったり、今風な建物に代わっているが、少し横道に入ると、昔ながらの長屋路地があり、その脇に古い木造家屋、これは長屋だろう。それが隠れるようにして残っている。
 こういった路地で、しかも坂もあるため、散歩にはいいのだが、そこに住む人達の生活道路。一般の人は立ち入りにくい。用事でもあるのなら別だが、ただの町散歩では。
 さて、その丘陵の端だが、ここまでは昔から民家が並んでいたようで、その先は平野になり、田園地帯になる。町屋と百姓家との境界線のようなところ。丘陵もここでは低くなっているが、まだその膨らみを残している。
「あなたもここですか」
「ああ、はい。ここです」
「以前あったのですがね。しばらく来ないうちに消えている」
「そうなんです」
「どのあたりにあったか、覚えています?」
「表道から出ている路地で、かなり細いです。砂利道で、通りに面した家の裏側に出られました」
「そうです。その未舗装の軒下を行くような通路です。雨垂れの穴がポツンポツンあるような」
「ええ、それで、私も似たような路地に入り込んだのですが、そこじゃない」
「やはり同じように探している人がいたのですね」
「あなたもですね」
「そうです。ここにあることは古くから知られ、絵地図にも名前が出ています」
「しかし、消えてなくならないでしょ」
「いや、私有地にありましたからね」
「そうです。ひとの家の裏庭のようなところでしたが、囲いがない。木が一本か二本立ってました。普通の庭木ですが、それが目印だったのに、それがない」
「私がいったときは、ゴミ捨て場になってましたよ。しかし地面がはっきりと膨らんでいました」
「円墳ですよね」
「そうです。所有者が壊したのもしれませんねえ。しかしその前に調査ぐらい入るでしょ」
「いえ、しなかったそうです」
「それはまずいですよ。潰すにしても、中からものすごいものが出て来る可能性もあるのですから」
「王印とか」
「まあ、そうです」
「しかし、古墳だとは認められていなかったようですよ」
「そうなんですか」
「だって、このあたりの古墳は全て集まっています。しかし、ここの円墳は一つだけポツンとあります。やはりただの盛り土。庭の築山のようなものじゃなかったのかと、最近思うのですよ」
「だから、ひとの家の庭にあると」
「そうです」
「私が見たときは、木の他に祠がありました」
「お稲荷さんでしょ。犬小屋程度の。あれは捨ててあったのを誰かが上に上げたんじゃないですか」
「そうなんですか」
「しかし、完全に消えましたねえ」
「場所的には、あのコンクリート造りの家です」
「私もそう睨んでいます。位置的にも、あの場所です」
「下に何が埋葬されているのか分からないですからねえ。怖いですよ」
「いや、地ならしで盛り土をのけたはずですよ。だから何もなかったんじゃありませんか」
「じゃ、昔の人は、どうしてひよこ塚と記したのでしょう。地図ではそうなってます」
「そのままですと、ひよこの墓ですねえ」
「そこからは推測ですが、どんな鳥のヒナだったのか。育たないで、死んだのでしょ。ひよこの状態で」
「そうですね」
「成長すれば、どんな鳥になったかでしょ」
「まさか神鳥」
「それならいいのですが、そうじゃなく、邪悪な鳥」
「ほほう」
「だから、成長しないように、殺したのでしょ」
「じゃ、鳥の墓」
「だから、ひよこ塚と昔の人は付けたのですよ」
「そこまで行きますか」
「このあたりで、やめておきますか」
「はい、楽しいお話し、有り難うございました」
「いえいえ、こちらこそ」
 
   了

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