老害対策

 なくしたものが戻ってくると、嬉しかったりする。喜ばしいことだ。しかし、自分自身でなくしたものがある。人ごとではなく、捨てたのだろう。しかし、一度捨てたもの、または不本意ながらもなくしたものが戻ってくると、その有り難さを思い知る。元々あったものなら、そこに戻れることを。
 なくしたり、失ったりすることもあるが、増えることもある。新しいものが来たので、古いものを捨てたりする。入れ替えだ。交代。
 世代も交代し、肩で風を切って歩いた場所も、もう違う世代に変わっており、出る幕がなかったりする。しかし、別の場所での出番もできるだろう。
 長く業界にいた三村も、もう何世代も違う若い者が仕切っており、出る幕がなくなったのだが、今はもうその業界からは遠ざかり、違う世界に住んでいる。ただ、現住所はそのままなので、別世界にいるわけではない。
 三村は老兵は去らずではなく、老兵は去る方を選んだ。まあ、役に立たなくなったので、当然だろう。
 そのため、孫の世代が今は活躍している。だから、それを見て楽しむお爺ちゃんのような存在。
 若い者に任せて年寄りは引っ込んだ。という風になっておれば、いい感じなのだが、未だに影響力を持っている人がいる。三村の後輩で引退したはずなのに、業界のご意見番として煩がられている。
 ある日、孫の世代が来て、何とかならないかと相談を受けた。そのご意見番、高田というのだが、それを抑えるのは先輩である三村しかいない。気が付けば三村が最長老になっていたのだ。
「困っています」
「所謂老害というやつですか」
「そうです」
「気にしなければいいのですよ。もう何の役職にも就いていないでしょ。発言権はありません」
「しかし、小うるさくて」
「私らの時代は小姑だらけで、先輩だらけ。だからほとんど院政でしたよ。結局現役の役員じゃなく、元老院が決めていました。そんな組織はないのですがね。それに比べれば、いまは五月蠅いのは一人でしょ」
「しかし、影響力を持っています。言うことを聞かないと、不都合が起こるのです」
「まだ、力を誇示したいだけ」
「何とか高田さんに話してくれませんか」
「何を」
「ですから、口出ししないようにと」
「それは無理ですなあ。言いたいことは言う人です。私も現役時代は困りましたよ。部下なのに偉そうにしていましたからね。だから老害じゃなく、そういう人なのですよ」
「それで考えたのですが」
「何か策でも考えて、私に協力してくれというわけですかな」
「そうです」
「何をすればよろしい。できることならやりますよ。どうせ暇なので」
「会長に復帰して下さい」
「え、もう年をとりすぎて、それは無理です。それにもう業界のことなど忘れていますし、いま復帰すればそれこそ浦島太郎状態です」
「いえ、三村さんが戻れば、あの人は黙ります」
「そのためだけに私を起用するのですかな」
「そうです」
「じゃ、高田が静かになれば、お役御免と」
「はい」
「業界の決め事はもうできませんよ。君たちがやってくれますね」
「はい。あの人の押さえだけで、充分です」
「何か、ワンポイントの押さえのピッチャーのようですなあ」
「お願いできますか」
「いいでしょ」
 三村は失った地位に戻ったのだが、その感慨はない。なくしたものをやっと取り戻したという気持ちも。なぜならそんな気は最初からなかったのだ。
 三村の役目は最終決定の印鑑を押すこと。これで、誰が決定したのかが分かる。あの五月蠅い男も三村が最高責任者として決定したとなると、黙るしかない。
 その後、三村は会印を押す毎日となる。またはサイン。これだけの仕事なので、楽といえば楽。
 世代交代のとき、こういった繋ぎの人も必要なのだが、誰が見てもあからさまな老害対策であることが丸わかりだった。
 
   了

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川崎ゆきお

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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