ダンジョン喫茶

 何かを成したあとよりも、何かを成す前にウロウロしていた頃を岸和田は懐かしく思えてならない。
 これは初心の頃だろうか。まだ何もできていない時代、これからそれをやっていこうと決心した程度。ものになるかどうかは不確実、未知の世界が待っている。それだけに心が弾む。そのための準備などをやっていた頃が、妙に懐かしい。
 その頃、よく行っていた場所がある。これは将来のために役立つはずだと思い、普段なら行かない場所にも行った。その多くはそれに関係する人達と会うため。
 岸和田と同じような初心者も多くいた。そして将来のことを語ったり、情報を交換し合ったりと。
 当然、この頃はまだ何もしていないのと同じ。初心者ではなく、それ以前。だから夢があったのだろう。
 そういった目的があるとき、人は動きやすい。軸があるためだ。それに向かって進めばいい。
 そんな中に不思議な記憶がある。とある集まりで、都会の喫茶店に入ったのだが、それが深い。
 その店も岸和田が好んで入ったわけではなく、成り行きで、その店に決まった。七人ほどいただろうか。その人数で座れそうな店を探しているとき、小さな店が奥の方にあった。そこは地下街。間口は狭いのだが、洋風のクラシックな店。ギリシャの宮殿にでも立っていそうな柱。中程が膨らんでいる。店の大きさからすればバランスが悪い。大層すぎる。
 奥まった場所で人も来ないような地下通りの裏側にあるので、ここなら空いている席も多いので、座れるだろうと思ったのだろう。岸和田もそう思った。だからこの店に入ることは誰も予定していなかった。それこそ成り行き。既に三軒ほど回ったのだが、七人が座れるような空席はない。四人掛けテーブル二つあれば済むことなのだが、ターミナル近くなので、客が多いのだろう。
 中に入ると、そこそこ広いが、この付近では小さい方。しかし、すぐに落胆。二人掛けのテーブルとカウンター席が空いている程度。しかし店の真ん中に空間がある。井戸のように下が見える。螺旋階段だ。下にもあるのだ。ここは地下一階なので地下二階になる。
 ボーイが手招きするので、その階段を降りるが、やはり七人は座れない。ところが、そこにもまた穴が空いており、下が少し見える。地下二階にいたボーイが、下へと手招き。
 地下三階に降りると、流石に空いている席があり、二人掛けテーブルが並んで二つ、そして空いている。
 これで落ち着けた。
 ところが、穴はまだある。地下四階があるのだろう。岸和田は気になり、下を見た。すると人がいる。地下四階があるのだ。
 まあ、そんなことよりも、集会が大事なので、仲間達とその業界のことについて、色々と話し合った。ここで集まった仲間は、その後何十年も続く人脈になるかもしれない。
 集会は雑談になり、だれてきたところで、岸和田はトイレに立った。しかし、このフロアにはないらしく、下にあるらしい。
 地下四階へ降りると、客は少ないが、カップルが多い。
 そしてトイレはさらにその下にあるようだ。下への矢印が示されている。すると地下五階があるのだ。流石に螺旋階段はなくなり、普通の階段が端にある。
 そこを降りると地下五階。トイレだけしかないかもしれない。しかし、その階段、非常に深い。下へ下へと続いているのだが、二階分ほどの長さがある。もしかして、降りる場所を間違えたのだろうか。そう思いながらも、下まで行くと、そこもまだ喫茶店。トイレだけがポツンとあるのかと思ったのだがそうではない。
 だが内装は上とは全く違う。
 地下五層の喫茶店など、存在するのだろうか。先ずそれがおかしいと考えた方がいい。
 そして、トイレの場所を聞こうとすると、ボーイが出てきて、手招きする。そのボーイ、上の階とは服装が違う。
 案内されたのはさらにまだ下への階段。
 ああ、これは、という感じだ。
 当然、そんな喫茶店などない。岸和田のイメージだ。
 あの頃、そんな喫茶店に入ったことは実際にはない。しかし似たような店に仲間達と入ったことはある。しかも何度も。
 そして、今思い出すと、あの初心者時代のイメージが、あの地下の深い喫茶店を作り上げたのだろう。存在しないが、五層を超えるダンジョン。それが初心者時代の状況と繋がっている。
 体験した覚えのないことを思い出す。実に不思議な話だ。
 岸和田は結局その方面の仕事は初心者レベルで辞めてしまった。その業界、もの凄く奥が深かった。
 
   了

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川崎ゆきお

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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