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親子のこと

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親のこと、子供のこと、その関係についての考察や自分の思い出話、などなど家族に関することなら何でも ※映画の感想については含めません
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春の味覚と、料理を楽しめるようになった体調に感謝

 息子の春休み、一ヵ月近くの滞在を終え、札幌に戻る前。  一人暮らしで無頓着なりがちな、季節のものを食べてほしくてがんばった。更年期症状の重さも少しずつ改善されてきているおかげもある。  たけのこご飯は一度作ったし、もう一度作っても良かったのだけど、スケジュールを考慮して炒め物に。  つくづく料理の記録を投稿している人に感心してしまう。いちいち手を止めてスマホを向けるのが面倒だし、何よりうっかり忘れてしまう。          ↓↓↓  過程を写すのを忘れてたー!  

人それぞれの道を自分の力で歩いて行くしかないけれど

 他の人の人生まで背負うことって難しい。自分の親であっても子供であっても。その人の人生はその人にしか進めない。  だから考え過ぎてもどうしようもないんだ。私がコントロールするものではないし、できない。責任があってもすべてを一緒に歩くなんてできないもの。時々寄りそって時々支える。あっちへ駆け寄り、こっちに駆け寄り。私はそんな自分の人生を愛おしくも思う。  それでも息子の心を思うと、ついついずうっとそばで支え続けたくなる。多分はたから見ると、サッパリしているように見えているかも

キミの発達を見守るしかない私は、どんな言葉をかけてやれば良いのだろう

 急に札幌に行くことになって、この一週間バタバタしてしまった。  3月上旬、息子が帰省すると、ちょっと前から精神状態があまり良くないのだと打ち明けてくれた。自らカウンセリングにも通っていると言う。  内容を聞いて、私がどうにかしてあげられるのかわからず、夫も私も息子の気が向く時に話し相手になる。  2週間ほどでだいぶ気分も落ち着いてきたようだったけど、札幌に戻りたくないと言い始めた。真意がはかりかねて引き続き息子の気分の変化など待った。  細かなことは、何年後かに笑い話と

息子の幼稚園時代の話を何度もしてしまうのは

 幼少期、お遊戯が嫌いだった私とは裏腹に、息子はお遊戯が好きだった。  そんな子供の、自分とちがう面はそれはそれでかわいいものだ。  幼稚園での発表会だの運動会だので、踊る機会があるとウチで必ず熱心に自主練に励んでいた。  本当にそんな振り付けかとか疑わんでもなかったけど、別に何だって良いのだ。かわいいから。  当時住んでいたアパートの、和室を舞台に見立ててリビングの部屋に向かって、練習風景をくり広げてくれるのだった。  年中さんの秋の大きな発表会では、息子のクラスは「

ゆっくりでも自分のペースで、よく頑張ってきたね

 ちょっと前に、息子が大学対抗の競技プログラミング、アジア大会に出た。  競技プログラミング、普通は個人でのぞむものだけど、この大会は3人1組になって挑戦する。  詳しいことは私にはよくわからない。とにかく夏に一度、国内予選を突破した者プラスαたちの合宿もあって、全国の大学生たちが集まったみたいだ。  楽しかったと言うその様子を聞いて、とてもうれしかった。  彼らの中には、日常生活とのバランスがうまく取れない人もいるし、何でもうまくこなせるオールラウンダータイプもいるそうだ

大丈夫。子供はちゃんと成長するみたいだよ

 10年以上前にも泊まったそのホテルが安いのは、最寄りの駅から10分くらい歩くからみたいだ。  歩き始めてからその光景を思い出した。  まだ幼かった息子が、みるみる無口になり、眉間にシワが寄り始め、機嫌が悪くなっていく。もう何年か幼かったらグズグズ泣き出すところだ。かんしゃくだってまだおさまりきっていないころ。ハラハラしながら見守る。  そうだったなあ。息子は歩くのが嫌いだった。  幼稚園いっぱいまで抱っこをねだってきた。私にはもう重たくなったから、歩きながらの抱っこはで

くりかえし旅立ちを見送る

 新幹線の、進行方向に向かって左側窓際が息子の席。ホームからだと一番奥になった。  席に座ったのを窓から確認して、3人席の間が空いているとラクで良いねと夫が言う。  まあ1時間半くらいだけどね。  なんて言っていたら、隣りに若い女の子が座った。  ああ。お互いにちょっとだけ気を使うんだよねと私が言う。  まあ1時間半くらいだからね。  夫と私が互いに言い聞かせる。  奥の窓側だからこちらに気付いていないかな。  アナウンスがあって新幹線が動き始めた。  息子がパッと左

子供の優しさを感じた日~発達障害グレイゾーンについても考える~

 20歳を超えた息子が、最近自分の好きなことで成果を上げている。すごい! と、その集中力に驚くと共に、それ以外の多くのことは面倒くさがっては無難にこなせない息子に「息子らしいね」と夫と笑ってしまう。  うまくやり過ごしたりこなしたり、できない部分があっても、そこまで本人が不自由しておらず、周りを傷つけたり困らせたりしていないのならかまわないんだよ。  こんな風に思えるまでになるなんて、幼少期の息子で悪戦苦闘していた私に教えてあげたい。  幼稚園や保育園での行事と言えば、多

親と子、それぞれの自立と互いを思う気持ち

 親子関係や特に母娘関係については、自分が親になると、むしろ子供の立場から考えるようになった。  いくつかの面で、母親の接してきたように私は接しない思いは幼少期から持っていて、それは異国の文化で過ごしたことにも起因するのだろう。30代での母への反抗心はずいぶんこじらせてしまったと思う。  でもどうすれば良いのかについては意識的でないと、「そうしないぞ」と強く思うだけでは極端になり、正しいか正しくないかや優劣の問題を生んでしまう。そうできなかった時の自分も責めるだろうし、それは

話しかけられる隙を作っておきたい

 先生にどうしても言いたいから話しかける。  忙しそうに「ちょっとまたね」と他の子供たちに呼ばれてその場を離れる。他の先生に話そうとするけど、また他の子供たちに気を取られて忙しそうだ。また別の先生に話しかけるけど、伝えたい内容がうまく言葉にならず、もごもごしてしまう。その先生もやっぱり忙しそうだからとえんりょしてしまう。  とうとう泣き出してしまった。  だれか私の話を聞いて!  そこで目がさめた。  ついこの間の夢。  うまく話せない、その状況を伝えられない私は今でもい

バナナを見て涙が止まらない日を越えて

 この前の春休み。二週間ほどだったけど、息子にしては長めの帰省をしてくれた。  息子が家にいない間は、そんな日々が当たり前になり、週末にリモートで話すのが私の楽しみだ。  でも息子が帰省すると、今度はそちらの方が当たり前に感じて、息子がいない日々が想像しづらい。本当にいつもいないんだっけ。とすら思う。  幼稚園時代から繰り返してきた。長い休みの前は毎回、「日中、子供がずっといっしょの生活なんて思い描けない」と思う。そして休みが明ける前も「日中、子供がいない生活なんて思い描

泣いたって良いのだよ

 よく笑う楽しい子でいたかったけど、どうしても泣き虫だった。  悲しいと泣く。さびしいと泣く。切ないと泣く。怖いと泣く。うれしいと泣く。感動すると泣く。腹が立つと泣く。悔しいと泣く。  特殊なところで言うと、風が怖くて泣くし、一過性の「不思議の国のアリス症候群」とやらで泣くし、ヴァイオリンの音色で泣いた。  でも親や兄に「泣くな」とも言われて育った。特に時代もあってそんなものかもしれない。親や兄の表情もよく見てしまうので、泣くのは我慢するようにした。幼少期から人前で泣かない

あの日、自分の時間に喜びを感じたかったのだ

 フォローしている中に、赤ちゃん生まれたてとかまだ幼児期とか、ご自身のお子さんたちに対して体力的にも奮闘している方々がおられる。  そういう方たちの日常や感じたことを読みながら、つい湧いてくる「なつかしい」感情はあるけど、やっぱり「大変そう」。  ご本人が眠れないとか、子供を追いかけまわしたり付き合いきれなかったりでヘトヘトに疲れてしまうよね!  「今だけでも自由にしておいで」と親になった皆さんに告げて、子供たちを抱っこしに、あるいは遊び相手をしに行きたくなる。  つかの間の

母と娘、肌の手入れについてなかなか共鳴しないのだ

 何故そんなに肌がキレイなのか。高校生のころ、肌とか化粧品とかに興味津々になる年頃になると周りの、それほど親しくもない人たちからも聞かれたものだった。  今の私にとっては何てうらやましい話だろう。だって35年ほども前の話だもの。今はシミがパウダーでも隠せない。ファンデーションで厚く塗るのもいやだ。なんだかもう顔だけ野生児みたいなんじゃないだろうか。50過ぎたのに大丈夫だろうか。  高校生のころは確かにシミがなかったし、ぱつんぱつんに肌ツヤも良かった。何かしているのかと聞かれ