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夏の思い出~息子にとってのキャンプ~

 インドア派の私たち夫婦が、年に数回キャンプに出掛けていた何年かがある。息子が小学生になる前くらいから。年に2回くらいはタープ張って日帰りのキャンプ。プラスごく稀に泊まりキャンプ。泊まりキャンプは3回くらいしたような。最後のが5年位前のことで記憶がはっきりしないのだけど。
車を1時間くらい走らせて山の中に行けば、外でもエアコン要らずの避暑地となる。

 夫が何故突然キャンプに目覚めたのか、そう言えば改めて聞いたこともないからわからない。私もよく眠れないやらトイレが怖いやらでずっと好きではないままだったけど、楽しい瞬間はたくさんあった。

 テントを設営すると、涼しくたってさすがに汗だくになり、近くの温泉にサッと入りに行く。戻ってきたら、元北海道民、夫お得意の、七輪でのジンギスカンが始まる。その間の私はほとんど何もしない。夫が炭火をおこし、次々と食材を焼いて様子を見てくれる。特に皮が付いたまま焼いたトウモロコシがとても甘くて美味しい。

 その後は手持ち花火をし、小さなキャンプファイヤーを眺める。心が癒され、いつまででも眺められる中、息子がたった3人なのに伝言ゲームをしたがって、たった3人なのに変な風に伝わっていて爆笑する。

 寝る時間になっても、クタクタな息子がテントの中で興奮状態だ。赤ん坊の頃から変わらない。どんなに身体がクッタクタに疲れていても頭が興奮していると息子は全然寝てくれない。参ったなあと思いながら私は夢うつつとなっていく。

 ちょっとした傾斜や頭のごつごつが気になって、浅い眠りのまま6時頃には目がすっかりさめてしまい、テントの外に出る。周りのキャンパーはもう起きている所もあり、ウロウロしていたり朝ごはんを食べていたりする。私は一人、テントの外に建てたタープの下で椅子に座り、ボンヤリ目の前の湖を眺める。
 そばの木にはゴジュウカラやコゲラがそわそわと動いており、可愛い鳴き声をあげている。

 しばらくすると夫が起きてきて、バーナーの火でホットサンドを焼いてくれる。私はフルーツを洗って皿に盛る。私にとってはキャンプの間で一番幸せを感じるひと時だった。湖畔。大自然の中の朝食。涼しくて気持ち良くて静か。そして美味しい。

 時にはそこから、目の前の湖でカヌーに乗って湖面をウロウロしたり、キャンプの管理人さんがザリガニをとって息子に見せてくれることもあった。湖畔にはカモの親子がウロウロしていることもあり、鳥大好きな夫が喜んで眺めたり。
 インドアだと言いつつ、しんどいとか言いつつ、やっぱり一番のご褒美は自然の景色だ。

 ここまで書いていると、何て幸せな時間と思われるだろう。


 でもふと思った。

 息子は、本当に心の底から楽しんでいたのだろうか。

 noteで何度も書いてきたのだけど、今高校生の息子は、身体の動きが不器用で、手先も不器用。夫も私も、決して器用ではないけれどそれなりにこなすなので、息子に理解がなくなる瞬間があり、息子の「できない」場面にぶち当たると、衝突してしまうこともあった。考え直し、葛藤し、自分たちのやり方や考え方を省みる。

 タープやテント設営中も、息子は夫にイライラされることが何度かあった。「まだそんなにできないよ」「もう昨年のことだから覚えてないよ」と私はかばったけれど、とにかく息子は「何か手伝いたい」気持ちと行動がちぐはぐで、夫がイライラするのがわからなくもなかった。

 どうです息子の様子。あえて下の方を広く撮りました。ポツンとした感じを出したくて。何だかせっかくのキャンプなのに生き生きしていないでしょう?

 これ、ペグ(杭のようなもので、テントを支えるロープをつなぐもの)を打っているところなんです。この呑気な感じ。しなっと座っている息子の後姿。全然身が入っていないでしょう? このマイペースさこそが息子の良いところなんですけどね。今見ると、なんとも可愛い背中です。


 私がゴジュウカラやコゲラを見て感激していた時も、息子は爆睡中だったし、夫がカモを見つけて静かに喜んでいても、キャンプの管理人さんがザリガニをとって見せてくれても、息子は「おー」と言うくらいで、気持ちが大きく動くことはないように見えた。

 
 息子は幼少期から生き物に興味がなく、虫を捕まえて楽しむことはなく、よく聞く「親をゾッとさせる」ようなこともなかった。そんなタイプの子供がいるの?! と信じられなかったり、息子にはそういう心がないのかと、私が少なからず落ち込んだり、他の家庭の子供を羨んだことは数知れず。何かを育てることにも全然興味を示してくれなかった。虫が苦手な親だとしても、勝手に捕まえてくるとか、虫が苦手なら例えば金魚すくいを楽しむとかアマガエルを手に乗せて楽しむとかアパートをウロウロしていた猫に興味を示すとかあっても良いではないか。

 生き物の図鑑を見ても、その生き物自身より、生き物の大きさとか重さとか数字にばかり興味があって、寝る前に「読んで」と持ってくるその図鑑の数字ばかり読み上げさせられることもあった。「○○(生き物の名前) ~~センチ」とか「○○(動物の名前)時速~~キロくらいの速さ」とか延々と数字を読む。何読んでるんだよ私と思いながら読むのだが、その数字に段々と興奮してくることもあり、できるだけ棒読みで感情を入れないようにしてみたり。この子、大丈夫かなと不安になること度々。私がどれだけ息子の情緒を育てるのに心を砕いたか、わかっていただきたい。いやもちろん、息子が本来持っているものがあるのでしょうけど。

 最近、子供をキャンプに連れて行った親、の目線でのテレビ番組を観て、とても微笑ましく思い、その子供の反応を観て「可愛い」と思うと同時に「息子は本当は楽しめていたのかな」と不安がわいてきてしまったのだ。

 親が楽しむことは、子供にとって一番手っ取り早い楽しみ方を知る方法となるだろう。でも、息子は生き物に興味がなかった。自然を観て心を動かされることはあったのだろうか。

 ついこの前、改めて聞いてみた。

 「キャンプした時って楽しかったの?」

すると
 「楽しかったよ」
と言う。

 「父さんや母さんの押しつけもあったと思うしさあ。○○(息子)にとってはどんなことが楽しかったの?」
と聞くと
 「ウーン、何だろう。……何かって言われるとよくわからないよ。どれがどうとかわからないけど、楽しかったんだよなあ」
と思いを馳せている感じで答えた。

 高校生になった息子にとって、少し冷めたような返事をするのが当然だとしても、楽しかったのは確かだと言ったのは嬉しかった。
 具体的にはよくわからないけれど、そして高校生、思春期の息子はハッキリと答えてくれないだろうけれど、今のところ、きっと息子にとっては「楽しかった」それ自体が大切な思い出なのだろう。

 お父さんがテント設営でちょっとくらいイライラする瞬間があっても、その後、一緒に賑やかにお喋りしながら温泉に行ったこと。積極的に食事の支度をしてくれたこと。それが美味しかったこと。ちっちゃなキャンプファイヤーや花火をして「キレイだね」と静かに時間を過ごしたこと。ゲームをして大笑いしたこと。テントの中でお喋りしながら眠ったこと。大自然の中の涼しい朝を迎え、お父さんがカモに喜びお母さんがゴジュウカラを見たと興奮していたこと。管理人さんがザリガニを持ってきてくれたこと。カヌーを漕ぎながら湖面や周りの山を眺めたこと。きっと一つ一つとしての「何か」の記憶より、その中で起きた感情が息子にとっての宝だったのだろう。

 毎回、身体がしんどかったけど、振り返ってみればさわやかで素敵な思い出。息子にとってもそうだったとわかって、ふんわり嬉しい。

 今の息子は、テレビで動物が出てくると「可愛いね」とニコニコし、虫を忌み嫌ってしまう私をニヤニヤしながらそして「お父さんや僕がいない時どうするの」と半分心配しながら対処してくれる。大自然を前に「すごいね~」などとしみじみして眺める。スキーが苦手な私に対し、「お母さんに山の上からの景色を見せてやりたいよね」と言う夫と、「キレイなんだよ~もったいないね~」とか言ってくる。

 キャンプを楽しんだ何年かは、息子にとって豊かな体験になったのだろう。……と、信じている。


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読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。