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太陽のホットライン 第一回(第一、二章)

  一 セレクション

 そろそろ冬も近づく日曜日。風はなく、ほどよい空気の冷たさに、頬がぴりっと引きしまる。空は快晴。いいサッカー日和だ。
 周囲を木々に囲まれたグラウンドに、色とりどりのユニフォームの子供たちが集まっていた。総勢二百名近くいるだろうか。
 今日は柏レイスターズアカデミーの、U‐12セレクションの日だった。
 柏レイスターズは、千葉県柏市に本拠地のあるプロサッカークラブだ。Uはアンダーの意味で、U‐12は十二才以下を指す。今日のセレクションは、来年六年生になる子供を募集する入団テストで、ここに集まっているのは、腕に覚えならぬ、足に覚えのあるサッカー小僧たち。プロサッカー選手を夢見て、入団を希望している子供たちだ。
 受付をすませて、セレクションの開始を待つ間、みんな思い思いに身体を動かしている。一人ボールをける子、友達とパス交換する子、ドリブル対決をしている子、さまざまだ。緊張気味で口数少ない子もいれば、興奮しておしゃべりになっている子もいて、その様子もこれまたさまざまだった。
 そんなグラウンドをながめて、そわそわしている男の子が一人。
 周りの子と比べて背は低い。顔も幼い印象。くりっとした瞳は落ち着きなく、辺りをきょろきょろ見回している。頬は紅潮して、興奮がかくせない様子。
 春日太陽(かすが・たいよう)。このセレクションに来ているのだから、幼く見えても、周りのみんなと同い年の小学五年生だ。
「うわー、たくさんいるなあ。これみんなライバルなのか! ううー、負けらんねー!」
 そう言いながら太陽は、じたばたと足ぶみした。これだけ大勢いて、セレクションに受かるのは数名だという話を聞いた。それを考えると気持ちが高ぶり、じっとしていられない。
「落ち着きなよ、太陽」
 そんな太陽に声をかける男の子も一人。
 月島光(つきしま・ひかる)。太陽の親友だ。背はそう高くないけれど、太陽に比べるとずっと大人びて見える。実際とてもしっかり者で、落ち着きがなくおっちょこちょいの太陽は、いつもお世話になっていた。
「だってさ、光。すっげー人いるよ? これ全員受けるんだろ? うー、興奮するー」
 太陽は本当に、いてもたってもいられない気分だった。両手をぶんぶんふり回す。それを見て、しかたないなあと光は苦笑いする。でもそういう光も、気持ちの高ぶりを感じているのか、自分を落ち着かせるように、大きくひとつ息をつく。
 無理もない。なにしろ、ここがプロへの登竜門なんだから。
 日本のプロサッカークラブは全て、選手を育てる下部組織を持っている。プロリーグに参加している大人のチームの他に、高校生、中学生、小学生のチームも持ち、未来のプロ選手を育成している。柏レイスターズアカデミーも、そのための組織だ。
 ここに入らなければプロになれない、というわけではない。ふつうの高校、大学からプロ入りする選手もたくさんいる。でもアカデミーに入ると、いろいろといいことがあるのだ。
 まず、ずらりと並ぶコーチ陣がすごい。元プロの人がぞろぞろとそろっている。中には日本代表だった人もいる。そんな人たちが教えているのだから、当然レベルは高い。
 そして、プロ選手を間近で見ることができる。プロのプレーをそばで見られれば、イメージトレーニングとしては抜群だ。最高のお手本がとなりにいるのだ。
 さらに高校生ぐらいになって将来有望となれば、トップチームでプロといっしょに練習させてもらえる。そのまま高校生でプロデビューすることだってある。
 なんと高校生デビューして、そのまま海外クラブに行ってしまった人もいるほどだ。ここから世界までつながっている。まさに夢の入り口だ。
 そして、数あるプロクラブの中でも、この柏レイスターズは、試合に使うスタジアムとトップチームが練習している天然芝のグラウンド、そして子供たちが使う人工芝のグラウンドまでがひとつの場所にそろっている、抜群の育成環境をほこっていた。
 そんな周囲の様子を見回して、光がもう一度太陽に言った。
「とにかくさ、まず落ち着いてウォームアップしようよ」
「そうだぞー、太陽。今日で一次と二次のセレクションをいっぺんにやるからな。今からテンション上がりっぱなしだと、もたないぞ」
 そうわきから声をかけたのは、中島(なかじま)コーチだった。太陽と光のチームのコーチで、引率でついてきている。太陽の地元チームから、太陽、光、礼央(れお)、裕也(ゆうや)、陣(じん)と、五人が受けに来ているのだ。
 他のみんなはこわばった顔で、太陽を見ていた。緊張している様子が手に取るようにわかる。
 光とコーチ、二人の言葉に、太陽はうなずいた。
「そ、そうだね、ウォームアップ。ウォームアップはしなくちゃ……あっ!」
 一段低くなっているグラウンドへ降りようとして、太陽は土手ですべってしりもちをついた。
「だから落ち着きなって」
 引っぱり起こした光が笑った。他のチームメイトも笑っている。
 太陽はいつもこの調子で、どじをふんでは笑いを取る。本当に落ち着きがない。それは自分でもわかっているので、てへへ、と照れかくしに頭をかく。でもそのおかげで周りのかたかった雰囲気がほぐれて、太陽自身も少し落ち着いた。
「さ、やろうよ、太陽」
 光はボールを取り出して、ぽん、ぽん、ぽんと、リフティングを始めた。ボールを地面に落とさないようにけり続けるのだ。正確にボールの真ん中をけると、ボールはまっすぐに上がり、その場から動かずにすむ。下手だと思ったとおりに上がらないので、ボールを追ってあちこち動き回ることになる。
 光はリズムよく、両足をたくみに使って、けり続ける。その場からまったく動かない。一目見て、うまいのがわかる。さすがだなあと、太陽は思った。
 光はチームで一番のテクニシャン。このセレクションでも、チーム内では合格候補の一番手だ。
「ほい」
 リフティングをしばらく続けた光は、そのボールを今度は太陽にけってよこした。太陽はそれをけり返す。ショートパスの交換が始まった。
 たん、たん、たん、たん。
 パス交換はリズムよく、小気味よく続く。二人の息が合っているのが見てとれる。
 太陽と光は、新しくできたマンションに、今年の夏に引っ越してきた。夏休みの最中で、遊ぶ相手もいないしなあと、太陽が一人ボールをけっていたところ、やはり引っ越してきたばかりの光が声をかけてきて、友達になった。
 最初のその日から二人は気が合った。サッカーのプレーも、ふだん遊んでいる時も息がぴったりで、まるでずっといっしょだったかのよう。まさに一番の友達、親友になった。
 光といっしょにセレクションに受かりたいなと、太陽は強く思っていた。
「受験者は集まってー」
 レイスターズのコーチの人が、メガホンでウォームアップ中の子供たちに呼びかける。セレクションの開始時間になった。子供たちはぞろぞろと、となりの人工芝グラウンドへ移動して、そのコーチの元に集まっていく。
 整った顔立ちの三十半ばぐらいの人だ。その顔を見た光が、こわばった声でつぶやく。
「あの人、元プロの人だよ」
 それを聞いて、太陽はごくりとつばを飲みこんだ。やっぱりここはプロクラブなのだ。
 集まってみると、受験者はやっぱりすごい人数だった。
 太陽はどきどきが収まらない。興奮と同時に、不安もある。
(だいじょうぶかな、受かるかな)
 レイスターズの小学生チームは四年生からスタートしていて、このU‐12、新六年生のセレクションで受かるのは、この二百人近い中からほんの数人。とてもせまき門なのだ。
 それでも絶対受かりたい。
 太陽は、ぐっと両のこぶしをにぎりしめた。さっき水分を取ったのに、もう口の中がかわいている。指先がじんじんとしびれる感じがする。緊張感が高まる。
 集まった子供たちを前に、コーチがあいさつを始めた。いよいよだ。
「こんにちは。U‐12監督の平沢(ひらさわ)です。これからセレクションを始めます。今日は、ミニゲームと、それからその間に三十メートル走のタイム計測を行います。名前を呼ばれたら返事して、ピッチに移動し、そこのコーチの指示にしたがってください。それでは……」
 次々に名前が呼ばれていく。広い人工芝のグラウンドには、ミニゲーム用のコートが何面も作られている。
 そのコートに子供たちはふり分けられる。太陽、光と、他のチームメイトはここで別れた。行った先には別のコーチがいた。背の高い、すずやかな目元のそのコーチは根津(ねづ)と名乗り、てきぱきと指示を出し始めた。
「じゃあまず、同じチームの子とあいさつしよう。お互いの名前を覚えて、ポジションとかも相談すること。すぐにアップを始めるよ」
 ユニフォームの上からかぶるビブスを渡された。メッシュ素材の袖なしのシャツで、色が何色もあり、番号が大きくついている。練習中にチーム分けをする時に使われる。同じ色の子がチームメイトだ。
 太陽と光は赤ビブスで同じチームになった。太陽はほっとした。これはとっても心強い。光の顔を見ると、やっぱり安堵の色が浮かんでいる。
 チームは四人ずつ。他の二人とも簡単にあいさつをして、得意ポジションも告げる。みんな緊張した面持ちだ。
「じゃあ、まずボール回しから。鬼の人が一人中に入って」
 コーチから指示が飛ぶ。三人が外でボールを回し、一人が中でパスカットをねらう。自分たちのチームでも、いつもやっている練習だ。
 それで身体を温めると、ストレッチの指示が出た。そして今度は四人での動きながらのパス回し。わざとせまい所で他のチームも入り乱れる中、パスを回す練習。
「どんどん動いて! あっちの方も使っていいんだよ!」
 ごちゃごちゃとしている中パスを回すのは、けっこう大変だ。
「はい、また三対一」
 どんどんと指示が飛んでくる。さすがプロのコーチは手なれている。
「一回息を上げよう。ジョギングして、笛を吹いたらダッシュ、また吹いたらジョグにもどる。よし、始め!」
「はい最後、長いダッシュ。笛を吹いたらターンね」
「終わりー。このグループ、三十メートル走の計測最初だから、移動するよ」
 次々とメニューが切り替わり、ほどよく息が上がったところで、終了を告げられた。ここまで十分か十五分ぐらい。いつもの練習より密度が濃い。
 さすがプロのチームだなと太陽は思った。
 そして、さすがプロクラブの入団テストだ。参加者のレベルが高いことにも、太陽は気づいた。
 地元チームで同じ練習をした時に比べて、ボールの回りがずっといい。みんなボールあつかいがうまく、パスも正確なので、余分なタッチがないからだ。
 みんなうまいのに、この中で数人しか受からない。このセレクションが、いかにせまき門か。太陽は改めて身ぶるいする思いだった。
 とにかくがんばって目立たないと。
 コーチに連れられて、みんなぞろぞろとグラウンド内を移動する。ミニゲームのコートから外れたところが、計測場所だった。
「それじゃ、三十メートル走のタイムを計るよ。機械を使って計るから説明するね」
 見ると、スタート地点とゴール地点に、コースをはさむように二つずつ、三脚の上に小さな機械が乗っている。
「この機械の間をレーザー光が通ってます。間を人が通って光がさえぎられることで、スイッチが入ります。スタート前に引っかからないように注意してね。向こうも同じ。通りぬければタイムが計測できます。受験番号順に計るよ」
 受験番号順だと、太陽はこのグループでは最後の方になる。みんなが次々走り出す。待つ間に、太陽はだんだん緊張し始めた。後ろの光が、そんな太陽の心の内を見透かして、勇気づけるようにぽんぽんと背中をたたく。
 太陽がふりむくと、声を出さずに「だ・い・じょ・う・ぶ」と伝えてくる。でも太陽は、引きつった笑顔しか返せない。
 太陽の番が来た。
「がんばれ太陽。一発おどろかせてやれ」
 光が小声でつぶやく。
「うん」
 その声にうなずいた太陽は、スタートラインについた。
 ひとつ大きく深呼吸して、身体の緊張をぬく。
 スタートを切る。
 小柄な身体が、はじけるように加速する。
 周りが息をのむ。すごい速さだ。明らかに他の子より速い。
 あっという間にゴール。記録をチェックしていたコーチも、おどろいた表情だ。五十メートル走のタイムは事前に申告してあるのだが、今のは会心の走りだった。かなりいいタイムだったにちがいない。
 太陽は学校で一番足が速い。これは親ゆずりで、お母さんは元陸上選手、お父さんは野球部の俊足センターで一番打者だったそうだ。お姉ちゃんも陸上部で、中学一年生ながら県大会で上位につけた。家族みんな足が速いのだ。
「太陽ー! いいぞー!」
 そんな太陽に、フェンスの向こうから大きな声の声援が飛ぶ。お母さんだ。
 人工芝のグラウンドの周りには、つきそいの保護者やコーチがずらっと並んで見守っていた。太陽はそちらに向かって大きなガッツポーズ。走る前はあんなに不安げだったのに、走り終わればこの様子。本当に調子に乗りやすいのだ。
 その調子の乗りやすさも親ゆずりだった。静かに見てなきゃいけないのについ大声出したお母さんは、コーチに注意されている。そんな時、待っている子供たちの間から声がする。
「あいつ、若柴FCのフォワードだろ」
「確か陸上大会にも出てたよな」
 ざわつくみんなに、太陽はちょっと得意な気分になった。引っ越してきて数ヶ月しかたっていないけれど、この足の速さで相手をぶっちぎって得点を量産する太陽は、近所では評判になっていた。光がディフェンスラインの裏に出すパスを、太陽が追いついて決めるというのがチームの得点パターンだ。
 サッカーには、オフサイドというルールがある。攻撃の選手は、相手チームのゴールから数えて二人目の相手より、ゴール側で待っていてはいけない。ふつう一人目はゴールキーパーなので、最後尾のディフェンダーがオフサイドラインということになる。
 簡単に言うと、ゴール前に点取り役の人を待たせておくのを禁止するルールだ。そこをめがけてボールをけるばかりだと、ゲームがつまらなくなるからだ。
 なのでフォワードの選手はディフェンダーと並んで待たなくてはいけない。パスが出たらよーいどんと競争になる。
 そこで太陽自慢の速さが生きてくるのだ。どんなディフェンダーにだって負けはしない。
 さらに光は、ディフェンダーに引っかからず、ゴールキーパーも飛び出せない、絶妙のパスを送ってくる。
 光がパスを出し、太陽が決める。二人の間には必殺のホットラインができあがっていた。
 三十メートル走は終了した。どう見ても太陽の速さは一歩ぬきんでている。一番得意なことでアピールできて、太陽はほっとした。
 これはセレクション、選抜テストだ。とにかく目立ってアピールしないと、受からない。
「それじゃ、もどってミニゲームをするぞー」
 コーチの声でまたみんな移動。最初の場所にもどってきた。小さなコートに小さなゴールで、ゴールキーパーなしの、四対四のゲーム。さっき分けられたとおり、光と同じチームだ。
「がんばろう、太陽!」
「うん! がんばろう、光!」
 おたがい気合を入れあって、コートに入る。光といっしょなら、きっとうまくいく。太陽は光を信頼していた。
 光がボールを持つと、太陽はゴール前に入る。光はうまいからボールを取られない。そして、いいタイミングでゴール前に入れば、必ずパスをくれる。
 ほら来た!
 フェイントをかけて目の前の相手を外した光からパス。太陽はそれをワンタッチで直接ゴールにおしこんだ。
「やったー!」
 ぴょんと飛びはねて、光とハイタッチをかわす。
 三十メートル走に続いて、ゴールでもアピールだ。
(よし! よし! よし!)
 太陽はぐっと胸元でガッツポーズを取る。緊張していた分、順調なスタートがとてもうれしい。
 だが今はゲーム形式のテスト。相手がいるので油断禁物だ。現に太陽と対する相手チームの選手には、警戒の色がうかがえる。このまま好きにはさせないぞという構えだ。
 せまいコートでの四対四で、テストだからみんな気合が入っていて、当然ゲームは白熱する。
 そんな中、光は落ち着いてパスを回している。また光からパスが来た。似たような形でおしこんで、太陽は二点目をゲット!
 またもハイタッチ。今度は他の二人も加わった。味方は盛り上がってきた。いいペースだ。
 お膳立てしてもらうばかりでは、光に悪い。ちゃんとお返しをしないと。自陣のサイドでボールをうばった太陽が、縦に走る。こういう時にも速さが光る。ちょんと前にボールを出して走り出せば、簡単に相手より前に出られる。
 エンドライン際でボールを中に折り返すと、今度ゴール前で待っていたのは光だった。これもワンタッチでおしこむだけ。太陽は見事に光のゴールをアシストした。
 そのまま太陽たちのチームが優勢となり、初戦は五対二で勝利。
「やった!」
「よっしゃ!」
 みんなで肩をたたいて喜んだ。勝利はチームワークを育む何よりの妙薬だ。初戦をいい形で勝って太陽たちは意気が上がった。
 その調子で、二戦目、三戦目と進む。どちらも太陽と光の活躍で、大差で勝つ。
 一次セレクションは、五試合して終了となった。
「よし、みんなご苦労様。結果はすぐにはりだすから、それを見てください。それではお疲れ様でした」
 コーチのあいさつがあって、解散となった。お母さんが満面の笑みで出むかえる。
「やったねー! 太陽、けっこう点取れたじゃないの! 何点取った?」
 太陽は記憶を探って、指折り数えてみた。
「えーと、最初が三点で、次が二点で……えーと十三点?」
「すごいわねー! 光君に感謝しなさいよ! あれだけパスをくれたんだから」
 お母さんは光の背中をぽんぽんとたたく。光はちょっと照れくさそうだ。はにかみながら言った。
「あ、でもおれも太陽からのパスでけっこう点を取ったから……」
「光君は何点?」
「八点」
 今日はお父さんも見に来ていた。太陽と目が合うと、にっこり笑って、ぐっと親指を立てた。となりには光の両親も来ている。みんな息子たちの活躍にうれしそうだ。
「二人ともすごいね。それだけ取ってたら、セレクションは合格じゃない?」
 はしゃぐお母さんがポロリと口にした言葉に、太陽と光はドキッとした。
 そう、これはセレクション。合格、不合格があるのだ。
「あ、見て向こう。何かはりだされたよ。合格の知らせじゃないの?」
 お母さんが指差した先で、フェンスにレイスターズのコーチが大きな紙をはりつけている。そこにはすでに人だかりができていた。
「行こう光!」
「うん!」
 二人ともかけだして、そこに向かう。着いたけれど、大勢人がいて、前がよく見えない。ちびの太陽はなおさらだ。
「うわー、見えないよ! 光、見えた?」
「えーと……あ、あった! あるよ太陽! 三十九番! おれの四十番もある!」
「ほんと! やった!」
 やった。
 合格だ。
 太陽は胸の前でぐっとこぶしをにぎって、喜びをかみしめた。
「あっ」
 その時、光の声がした。
 小さく、短く。悲痛な声だ。
 太陽はおどろいてふりむく。
「どうしたの?」
「礼央が落ちた……」
「えっ」
 太陽と光のチームからは、五人がセレクションに来ていた。そのうちの一人、礼央の番号がない。二人はあわてて、礼央の姿を探す。
 見つけた。
 ちょっとはなれた所。中島コーチといっしょだ。
 泣いていた。
「礼央……」
 二人はかける言葉なく、コーチがなぐさめているのを見つめるだけだった。
 そう、これはセレクション。合格、不合格がある。
 そして、セレクションは四次まで、あと三回あるのだ。
 泣きじゃくる礼央を見ながら、光がつぶやいた。
「絶対、最後まで残ろうな、太陽」
「うん」
 両のこぶしをぎゅっとにぎりしめ、太陽もうなずいた。

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