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太陽のホットライン 第四回(最終章)

  五 試合

 レイスターズに入団して、一ヶ月ほどたったある日曜日。
「うわー、見て見て、ジェットコースター! 面白そう! 乗りてー!」
 駅から上がるゴンドラの窓から外をながめて、太陽(たいよう)は興奮して声を上げていた。
 遊園地が見えているのだ。
 そんな太陽を、楓太(ふうた)が笑いながらたしなめた。
「太陽、太陽。今日は試合で来てんだよ」
「そうだった」
 言われて太陽は居住まいを正す。
 今日は試合で遠征だ。小さいながらも、ちょっとした大会が行われるのだ。
 その大会の主催は、ベルデ東京。やはりプロのクラブで、下部組織の小学生のチームは、何度も全国制覇をしている伝統ある古豪だ。
 ゴンドラを降りしばらく歩いて、遊園地内にある練習場についた。広い敷地にサッカーコートが天然芝と人工芝、合わせて四面。大きなクラブハウス。見学のためのスタンドもあって、その向こうには、ジェットコースターやウォータースライダーなどの、遊園地の施設がそびえている。
「……なんか、こっちの方が立派なような」
 ついつい比べてしまう太陽を、玲(れい)がぱかんとはたいた。
「いた!」
「施設で勝負してんじゃないんだ。サッカーの中身で勝負だかんな!」
 鼻息あらく、表情は険しい。もう戦闘モードに入っている様子だ。
 でも、確かに玲の言うことももっともだ。雰囲気に飲まれるのはよくない。特に相手の本拠地でやるんだから、その分、きばっていかないと。
 太陽はまだ練習でうまくやれているとは言えず、先発の座もほど遠かった。それでも、光との特訓の成果もあって、プレーは少しずつ上向いていた。
 ターン一発で裏をねらう形は、まだまだコントロールが正確ではなかった。玲にもさんざん怒られていた。でも、いい所にボールを流せた時には、相手を置き去りにできている。今日も出番があったら、それをねらおうと思っていた。
 会場となる人工芝のコートには、他のチームも来ていた。川崎フロンティアーズに横浜マリナーズ。全部で四チーム。みんなプロの下部組織のチームだ。
 早速着替えてアップを開始。他のチームもそれぞれアップを始めている。上下緑がベルデ、空色のシャツに黒のパンツがフロンティアーズ、そしてマリナーズは上が青で下が白だ。
 そのマリナーズの方を見たおっちゃんが、首をかしげた。
「あれ?」
「どしたの?」
 太陽がたずねると、おっちゃんは太陽には答えず、ふり向いて玲に聞いた。
「なあ、あんなやつ、いたっけ?」
 指差すその先には、ひときわ大きい選手の姿。おっちゃんも大きいが、それよりさらに背が高い。しかも遠目に見てもはっきりわかる、濃い色の肌。太陽はおどろきの声を上げる。
「でかい外国人が! すごい! プロのジュニアチームには助っ人選手が……!」
 マルコと初めて会った時と同じことを言っている太陽に、みんなが苦笑をもらす。おっちゃんも笑っていた。
「太陽、それはもういいから。なあ玲、春にはいなかったよな?」
「ああ、記憶にないな」
 戦闘モードの玲は笑わず、いたってまじめ。おっちゃんの言葉にうなずいた。
 みんなで向こうを見つめていると、なぜかそちらから楓太がかけてきた。
「調べてきたよ!」
 どうやら即座に、情報を集めに行っていたらしい。
「すばやいな。さすが」おっちゃんが感心したように声をかける。
「知ってる人いるの?」太陽の質問に、楓太はにこやかに首をふる。
「んにゃ。本人にあいさつしてふつうに聞いたの」
「お前の度胸と行動力にはびっくりだわ」
 玲が半ばあきれたように言った。楓太は任せとけとばかり、ぐいっと親指を立てる。
「何語でしゃべったの? 楓太、英語できたっけ?」
「日本生まれで、日本語ぺらぺらだったよ。ウィリアムズ・ジャスティン・竜馬。最近入ったんだって」
「ハーフなのか」
「マルコと同じだ」
「それにしてもでっけーな。太陽なんて、半分ぐらいしかないよ」
「何だよー! 半分よりはでかいよ! ……でかいはず」
 太陽は抗議したけれど、後半は尻すぼみ。ちょっと自信がない。とにかくそれぐらい背が高いのだ。幅もがっちりしていて、同じ小学生にはぜんぜん見えない。
「スタメンなの?」
「うん。レギュラーみたいだよ。フォワードだって」
 それを聞いたマルコが、自信なさげにつぶやいた。
「ぼくがマッチアップするけど、勝てるかな……」
 ちょっと内気で気の弱い所があるのは、マルコの弱点だ。いつも練習で対戦している太陽は、マルコはすごいディフェンダーだと思っている。大きいし、うまいし、それに足も速い。だけど、自分では自信が持てないらしい。
 ここは、ひとつはげまさなくては。
「だいじょうぶ! えーと、えーと……顔は勝ってるよ、マルコ!」
「それ、サッカーで勝ってないぞ、太陽」
 太陽の空回りにみんながどっとわいた。前のチームにいたときと同じで、すっかり笑いを提供する役だ。
「とにかく、しっかり身体寄せて、こぼれは周りが拾おうぜ」
「おう!」
 玲の言葉に、チームは引きしまる。大会は四チーム総当りのリーグ戦。レイスターズの初戦は、マリナーズだ。
 試合が始まる。太陽はやはり先発ではなくて、ベンチスタートとなった。
 主審のホイッスルが吹かれて、試合開始。
 すぐに試合の流れがはっきりした。
 一度ボールをディフェンスラインまで下げたマリナーズ。そこにレイスターズの選手が寄せて、プレッシャーをかけてボールをうばおうとする。つめ寄られたディフェンダーは、前に大きくボールをける。
 ここまではレイスターズのねらい通り。けられたボールをはじき返し、そのセカンドボール、つまりこぼれ球をうばう作戦だ。
 ところが、最前線に、大きなウィリアムズがいる。
 ヘディングするような高さのボールを、胸で止めた。しかも、ボールあつかいはかなり正確だ。きちんとディフェンダーの足が届かない所へコントロール。
 そうして一度コントロールされると、サイズがちがいすぎてボールがうばえない。マルコが強く当たったのに、はじき返された。わきから足をのばしても、相手の方が足が長いので届かない。
 ウィリアムズがボールを取られないとなれば、マリナーズの選手たちは、安心して攻め上がることができる。後ろからどんどんおし上げて、分厚い攻撃をしかけてくる。
 それに対抗してレイスターズは、ミッドフィールダーの玲が下がって、マルコとはさみこむようにして、二人がかりで何とかボールをうばった。
 けれどそうなると、ディフェンスラインも中盤も、ゴール寄りに下がってしまうことになる。マリナーズはその分前に上がれるから、さらにどんどんおしこんでくる。
 何とかうばった所からパスをつないで攻めようとするが、相手もレベルが高い。すぐ守備に入られるので、なかなか前に進めない。あまりおし返せないうちにボールをうばわれ、またウィリアムズにパスを入れられる。
 そんなくり返しとなって、レイスターズはずるずると下がっていく。レイスターズ側のゴール前でボールが行き交い、いつ失点してもおかしくない状態になった。
「やばいよ、やばいよ」
 ベンチで見ている太陽も、はらはらしていた。特にコーナーキックの時には、いのるような気持ちになる。何しろ、ゴール前に敵味方が並ぶ中、ウィリアムズは頭一つぬけ出ているのだ。こちらのチームでは背の大きい、おっちゃんもマルコも、比べたら小さく見える。
 コーナーキックがけられる。ねらいは当然ウィリアムズだ。
 おっちゃんがゴール前から飛び出して、ウィリアムズと競る。ゴールキーパーは手を使えるから高さでは有利なのに、それでようやく五分五分だ。何とか寸前でパンチングした。ボールが高くはずむ。
 けれど、あまり遠くへははじき出せなかった。まだシュート圏内。
 相手の選手がつっこんでくる。
 レイスターズの選手もけりだそうとつっこむ。
 そのまま衝突した。
「うわっ!」
 ベンチの太陽も思わず身をすくめる。それだけ激しい衝突だった。二人ともピッチにたおれて動けない。
 ボールがけりだされ、主審があわててかけ寄る。両チームのコーチも飛び出していった。
 二人ともちょっとすると身体を起こした。大けがにはならなかったようだ。
 ただ、大事をとって交代するらしい。平沢(ひらさわ)コーチが選手を呼んだ。
「太陽!」
「はい!」
 出番が来た!
 準備運動もそこそこに、ユニフォーム姿になってタッチラインぎわに立つ太陽に、平沢コーチが声をかける。
「いいか、太陽。守備ではまず、ボールを追うこと。相手のディフェンダーにプレッシャーをかけてくれ。攻撃では、どんどんしかけていいぞ。思いっきり行け」
「はい!」
 予定外の交代だからか、コーチの指示は手短だ。
 でも、予定外でもレイスターズでの初出場だ。太陽はパンパンと自分の顔をたたいて、気合を入れた。
「とにかくがんばるぞ!」
 プレーはマリナーズ側がけりだして切っていたので、レイスターズのスローイン。外に出したのはけがの様子を見るためなので、レイスターズはマリナーズ陣へ大きくけってボールを返す。マリナーズがボールを持った状態になって、ここでプレー再開だ。
 そして太陽は、入った時の気合そのままに、相手ボールを追い回しはじめた。このおしこまれた状態を何とかしなくちゃ。絶対ボールをうばうんだ。
 ところが、相手もさすがの強豪だ。うまい選手がそろっている。ぽんぽんと軽やかにパスが回り、ぜんぜん取れない。
「ちくしょー!」
 むきになって、太陽は追い続ける。
 ところがそれがよくなかった。
「あっ!」
 気がつくと目の前に、味方の黄色いユニフォームがあった。ボールばかりに食いついていたから、見えていなかったのだ。
 衝突した。
 またゲームがとぎれる。太陽の方は、痛かったけれど、特にけがはしなかった。相手もすぐにむくりと起き上がる。
「だいじょうぶ?」
 相手は玲だった。いつもにも増して怒っていた。
「ばか! 何やってんだよ!」
「ご……ごめん……」
 太陽には返す言葉もなかった。必死になっての空回りだ。
 試合や練習の前に笑いを提供するならいいけど、試合中にやらかすなんて。がっくり肩を落とした。
「守備するのはいいけど、下がってくるなよ。追うなら、ディフェンダーのボール回しを追え」
 玲はぶつぶつと言いながら、立ち上がった。
「だいたいお前が下がってきたら、パスの出しどころがねーじゃん。これだけ苦しい展開なのに。自分が使われた意味を考えろってーの」
「え?」
 玲の文句のつけ方が、少し変だ。
 楓太がぽんと、太陽の肩をたたいた。
「太陽の足の速さがたよりってこと! パスつけるから、なるべく前に張っててよ」
「下がってくるなよ!」
 玲がくるりとふり向いて、前を指差した。
 たよられてる!
 少なくとも、足の速さはみんな認めてくれてるんだ!
 一度がっくり落ちこんだ太陽だったが、こうなるとがぜん燃えてくる。
「太陽! 縦切れ!」
 後ろから守備の指示の声。太陽はボールを持つディフェンダーの前に立つ。相手の大型フォワード、ウィリアムズへのパスコースをふさぐのだ。
 ディフェンダーがそこでとなりにパスを出すと、そこを全速力で追い、となりの選手の前もふさぐ。相手のボールの回り方が、ずっと悪くなった。
「いいぞ! 太陽!」
 太陽に追われたマリナーズのディフェンダーが、苦しまぎれに縦にパスを出す。太陽が追ってきているので、あまりきちんとねらえていないパスだ。
「よしっ!」
 後ろの選手はこれを待っていた。楓太がさっと走ってきて、パスカット。
「太陽!」
 すぐさま太陽にパスを出す。
 ここだ!
 太陽は即座に反応した。ここが練習してきた技の見せ所だ。
 足元に止めるのではなく、ななめ後ろへ。そしてそれと同時に身をひるがえし、ディフェンダーと入れ替わる。
 くるりとターンして、相手の裏を取った!
 ねらい通り! 成功だ!
 そしてスピード勝負なら絶対負けない。一気に相手ディフェンダーをぶっちぎる。
 そのままゴール前まで猛然とドリブルしていく。
 そのスピードに、敵味方からわあっと声が上がる。
「行け! 太陽!」
「打て!」
 味方の声を背に受けて、太陽はゴールをねらう。走る勢いそのままにシュート!
 これはあわててカバーにもどった、別のディフェンダーの足に引っかかって、コースが変わった。コーナーキックになる。
「ナイス、太陽!」
「いいぞ!」
 ゴールにはならなかったが、それでも味方からも、ベンチのコーチからもほめる声がかかった。これがこの試合、レイスターズの最初のチャンスだったからだ。それを太陽が作ったのだ。
 しかしコーナーキックは、マリナーズに簡単にはじき返された。一人飛びぬけて大きいので、そこがこえられない。ウィリアムズの高さは、セットプレーの守備でも効いている。
 けれど太陽が速さという武器を見せつけたことには、大きな効果があった。それは次のプレーで、すぐに感じ取れた。
 競争になったら絶対勝てないと感じた相手ディフェンダーが、太陽の速さを警戒するようになったのだ。少し下がって距離を取っている。
 また、自分のチームが攻めている時も、太陽のカウンターがこわいので、あまり攻め上がれない。
 その結果マリナーズは、分厚い攻撃ができなくなっていった。
 試合展開は五分になる。太陽の速さが、試合の流れを変えた。ウィリアムズの高さと太陽の速さ。どちらのチームが、それを生かすか。勝負のポイントは、そこに移った。
 太陽はマルコのアドバイスにしたがって、自分のターンを生かすよう心がけていた。
 一度速いターンを見せたので、相手は警戒している。それを感じた太陽は、パスをもらったら、攻め上がってくる味方に簡単に渡すようにした。
 ポストプレーと呼ばれる、フォワードのプレーだ。相手ディフェンスラインの前に起点を作り、味方が前向きに攻撃できるようにする。味方はいい形でボールを持てるようになるので、相手をおしこんでいくことができる。
 これをさせないためには、相手は太陽に強く当たって密着しないとだめだが、すると今度は、一発ターンで入れ替わられてしまう。相手が対応に苦労していることがわかった。ぴったりマークしてこないので、太陽は簡単にプレーできた。
 しかもポストプレーは、レイスターズのポゼッションサッカーの中で大切な役割を持つ。フォワードのポストプレーに入れる縦パスは、くさびのパスとも言われる。相手の守備ブロックにパスを打ちこんで、打ちこわしていくイメージだ。ただ単に横へパスをつないでいくだけでは、相手はこわくないので、どこでくさびを入れるかが、パスサッカーのきもになる。
 ポストプレーをすることで、太陽は自然とチームのパス回しの中にとけこんでいく。一生懸命練習して、ターンという武器を一つ身につけたことで、ずっとプレーが楽になったのだ。
 そしてまた、その武器が、本来の目的を果たす時がやってきた。
 何本もパスを受けるうち、太陽は次のターンのチャンスをうかがっていた。目の前で簡単にパスをつながれている相手ディフェンダーは、じれている雰囲気。じわり、じわりと距離がつまってくる。
「太陽!」
 玲から強いパスが来た。
 これだ!
 太陽はさっと身体を開き、ボールを後ろに流した。
 同時にターン。ゴールへ向かう。
 じれていても、相手ディフェンダーはまだ太陽の速さを警戒していた。すぐターンに対応してくる。
 けれどこの時のボールコントロールは、自分でもびっくりするほどうまくいった。ねらい通りの角度、ねらい通りの位置。ターンした次の一歩目に、ぴったりと合った。
 太陽の前で半身になって下がろうとしているディフェンダーの背中の側に、スピードを殺すことなく、ボールを切り返す。相手はボールが見えなくなり、あわてて反対側を向く。
 その時もう一度、逆側へ切り返し。
 ジグザグにボールを動かされ、下がりながらまた逆を向こうとあせった相手は、足をもつれさせて転んだ。
 フリーになった!
 別のディフェンダーも急いで追ってきているが、今度は太陽のスピードに追いつかない!
 ゴールキーパーと一対一だ!
 太陽を止めようとゴールキーパーが前に出てくる。そのわきを、太陽は思い切って打ちぬいた!
 ボールがゴールネットをゆらす!
 ゴール!
「やったあああ!」
「太陽ー!」
 太陽は飛び上がって両手をつきあげた。その周りにチームメイトたちが、わっと集まってくる。もみくちゃにされた。それだけ、苦しい試合展開で、それだけ、価値のあるゴールだったのだ。
 ばちん!
 頭をはたかれる。
「いてっ」
 ふり向くと玲がいた。口をへの字に引き結んで、怒ったような顔。がしっと肩を組まれる。その腕には力がこもっている。
 何を言われるのかと身構えると。
「よしっ! 次もねらうぞ!」
 玲は気合の入った顔のまま、まっすぐ見つめて、そう告げた。
「……うん!」
 もらったパスは強いけれど、ターンのしやすい、太陽の足の位置に合わせたどんぴしゃのパスだった。
 その前のパスは少しやわらかい、味方に落としやすいパスだった。玲は太陽のねらいをわかっていて、それに合わせたパスをくれたのだ。
 そのためには、ふだんから太陽をよく見ておかなくてはいけない。くせや特徴、そしてその様子から、いつどこにどんなボールがほしいのか。
 ただどなりつけていただけではなく、玲は太陽を理解しようとしてくれていたのだ。
 このチームでも、がんばって練習していけばやっていける。そう信じることができた一点となった。

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