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リトル・ビット・ワンダー「吾輩は猫である」「銀河欲望対決」

  吾輩は猫である

 吾輩は猫である。
 名前はまだない。
 そう書き出すのはこの地の古典小説である。
 だがこの話は違う。
 名前はある。
 タリン・マリン・ハッセルホッスル一七八五という。
 一七八五は出自の確かさを示す。
 自慢である。
 なのにこの家の主は吾輩のことをタマと呼ぶ。
 略し過ぎである。
 しかも分かっていて略したのではなく偶然なのである。
 なぜなら主は吾輩は猫ではないことを知らぬ。
 実は宇宙人であるなどと思いも及ばぬ。
 吾輩は宇宙人である。
 名前はタリン・マリン・ハッセルホッスル一七八五という。
 この惑星の公転周期半周分。
 季節で言えば夏。
 銀河連合捜査局のパトロール船が、凶悪犯追跡のおりこの未知の惑星を発見した。
 原住民には知性の芽生えが見られたが、宇宙文明のとば口に立ったところ。
 銀河連合に迎え入れるか、まだ真の知性体とは言えぬとして保護対象とするか。
 調査が必要とされた。
 イルコウワン人がこの地の動物「犬」に似ていたように。
 我らニャニルスポン人はこの地の動物「猫」に似ていた。
 地域社会に潜入し文明の度合いを観察するのには、好都合であるとされた。
 そこで有能な文明観察調査員たる、吾輩が送り込まれたのである。
 自慢である。
 潜入には、事前の調査により判明していた伝統的な手法を用いた。
 段ボール箱と「拾ってください」という貼り紙である。
 効果は抜群で、吾輩はすぐに拾われた。
 何か「オスの三毛猫は珍しい」と興奮気味に話していた。
 野良猫として定宿を持たぬ無頼の暮らしも覚悟していただけに、希少種に姿形が似ていたのは僥倖であった。
 ただ名前はいただけない。
 よほど抗議の声をあげようかと思ったほどである。
 そんなことをすれば吾輩が猫でないことがばれ、潜入調査が台無しになるところだが、それほどのことなのである。
 希少な吾輩にふさわしい名をつけようと、この家の幼い姉妹二人は真剣に頭をひねった。
 その真剣さは二人の間の紛争となって現れた。
 激しい口論の末、その騒動に業を煮やしたこの家の主の一喝が吾輩の運命を決めた。
「猫と言えばタマ! もうタマで決まり!」
 あとは泣こうが喚こうが頑として聞かず。
 これ以上騒動の元となるのであれば保健所へ連れて行く、とのこととなれば、口の立つ小学生女子二人も黙るしかなかった。
 ちなみにこの地の保健所は、吾輩のような小動物に有毒ガスによる殺処分をしているようだ。
 そんなところへ送られたらとんでもないことである。
 知らぬこととは言え、他の宇宙文明から来た異星人を殺処分などという事態になれば、調査員の評点は大きくマイナスへ傾くであろう。
 ちなみにこの調査観察の焦点は、地球文明を銀河連合に迎え入れるか、それとも保護観察下に置くかだが。
 もう一点、文明が成長した時に、他文明への脅威となりや否やという点もある。
 他文明の存続を脅かすような性質を地球人が持っているようであれば、殲滅も辞さぬ。
 そこを評価するのが我ら文明観察調査員である。
 ちなみにこの家には調査員がもう一人いる。
 イルコウワン人のボリストラフエル・コウサルニンフラン六・五世と3/4である。
 3/4ということは、我が出自よりはだいぶ劣る。
 それは見た目にも表れている。
 吾輩と同様、伝統の段ボール箱作戦を取ったのだが。
 雑種にしか見えないそのみすぼらしい外見に、拾い手は現れなかった。
 誰も拾ってくれないなと彼が思っていたところ、近所の住人に捕獲。
 保健所へ引き取られそうになった。
 そこへ通りがかったのが我が家の長女である。
 父親から保健所の話を聞いて、この世にはそんな恐ろしい施設があるのだと、ショックを受けていた彼女。
 保健所の車にケージが積まれているのを見て全てを悟り。
 自分が飼うから殺さないでくれとすがりついた。
 少女の必死の懇願に保健所職員も気おされ、とりあえず家についてくることを同意。
 家族の承諾がなければ連れていくという約束に。
 家にいた母親も、長女の蒼白な顔色を見て折れた。
 かくして調査員が二人、同じ家に同居となったのである。
 かの者の命が救われたことは良いが、吾輩にとっては厄介なことでもあった。
 この同僚、やたらと細かい。
「いや、タリン殿はもっと働くべきですよ。いつものんびり寝ているだけではないですか」
 余計なお世話である。
 猫とはそういうものである。
 働き者の猫など正体を疑われるではないか。
 のんびり寝ているようで神経を張り巡らし、抜け目なく周囲の様子をうかがっているのである。
 今日も今日とて南向きの出窓に腰を落ち着け、外の様子をチェックするのに余念がなかったのだ。
 なぜか気づけば夕方になっていたが。
「ほら仕事になっていないじゃないですか。もっと任務に誠実に励むべきですよ。あっ、長女殿が呼んでる。散歩の時間だ。行ってきます!」
 ボリストラフエル・コウサルニンフラン六・五世と3/4は、そう言って尻尾を振りながら飛んでいった。
 人間に呼ばれた途端に間髪入れず応じなければいけないとは、ご苦労なことである。
 適当に相手をしつつ、時折サービスで甘い声を出して足元に擦り寄っておくぐらいで相手は満足するというのに、過剰な対応というものだ。
 それぐらいの気の置けない関係の方が、お互いストレスがなくていいのである。
 今も次女が吾輩の前で棒の先に毛玉の付いた、いわゆる「にゃん棒」をチラチラと振っていたが。
 吾輩は一つ大きくあくびをして、興味がない旨を伝えておいた。
「待って、お姉ちゃん。私も行く!」
 次女の方も心得たもので、さっさと諦めると玄関の方へ走っていった。
 子供の相手はボリストラフエルに任せるに限る。
 彼の方も子供の相手が楽しいようだし、適材適所である。
 窓の下を子供たち二人と共に歩いていく。
 ああして毎日散歩と称して周囲をパトロールしている。
 彼によると、この町にはさらに調査員が潜んでいるらしい。
 散歩の最中によく出会う小学生は、変身能力を持つことで有名なウラルトリル人だそうだ。
 常に姉妹がそばにいるのでコンタクトを取ることはできないのだが、確実だそうである。
 この報告を読んでいる地球人の読者諸君。
 目下調査員は多数投入され、急速に地球文明の評価を進めているところなのである。
 あなたがたの一挙手一投足が地球文明の未来につながっていることを、ゆめゆめ忘れるべきではない。
 ほら、あなたの隣の飼い猫も、じっとあなたの行動を見つめているではないか。
 彼もしくは彼女が調査員でないなどと、どうしてあなたに分かるだろう?
 さて吾輩もそろそろ毎日のお役目を果たさねばならぬ。
「あら、そんな声出してスリスリして、お腹すいたの? もうこんな時間なのね。ちょっと待ってね」
 母親はそう言うと、いそいそと吾輩の食事を用意し始めた。
 依存する姿勢を適度に見せて相手の自尊心を満足させてやることが、良好な関係を築くコツである。
 吾輩は宇宙人である。
 名前をタリン・マリン・ハッセルホッスル一七八五という。
 だが、吾輩はもう猫でいいのではないかと思うこの頃である。

〈了〉

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