Don't think, Feel. 言葉の壁。

3月からnoteを始めて1ケ月になります。他のみなさんの記事も拝読させてもらいながら、自分でも気づいていないことはまだまだ多いなと実感しているのですが、それらの記事で最も印象に残った記事は、makicoo さんの書かれた『キースジャレット「マイファニーバレンタイン」/いいコンテンツはなかなか言語化できないということ』。

自分はもともと音楽のプロを目指していたためかどうかはわかりませんが、音を言葉で表現することほど大きな壁はないと感じています。ギターもピアノ(少々)も演奏しますが、ジャズの演奏ではベース(ウッドベース=コントラバス)を弾きます。

大学の軽音楽部に入って最初に買ったのが「ジャズベースラインの研究 3」。ジャズベーシストのポール・チェンバースの教則本です。

ポール・チェンバースの演奏は、多くのジャズベースを弾く人たちの基礎となっていて、必ず一度は演奏をコピーしていると思います。彼が参加したアルバムの演奏家でいえば、バド・パウエル、マイルス・デイヴィス、ソニー・クラークなど。ポール・チェンバースが亡くなったあと、『Mr.P.C.』という有名な曲も作られ、ジョン・コルトレーンはじめ多くのミュージシャンがこの曲を演奏しています。

そのポール・チェンバースがリーダーとして作った『Bass On Top』に収録されているのが、ジャズのスタンダードナンバー『You’d be so nice to come home to』。訳すと『あなたが待っている家に行けたら幸せ』。

「幸せ」は、「心が満ち足りる」「満悦の表情を隠せない」「心から幸福を感ぜずにはいられない」など、いんろん表現ができます。しかし、この曲の演奏を言葉にするとなると、簡単にはいきません。歌い手や演奏家の心情が絡み合っているわけで、あくまでも想像の域を出ない。

さらに、ジャズは即興演奏です。同時期に演奏した同じ曲ならば、多少なりとも似た演奏になることもありますが、何年かのちの演奏はまるで別人の演奏に聴こえることもしばしば。

ソロ(独奏)、デュオ、コンボ(トリオ、カルテット、クインテット)、ビッグバンドと、それにボーカルの有り無し。これらはアドリブ。ビッグバンドの場合、ピアノ、ドラムス、ギター、ベースとホーンのソリストはアドリブです。

そして、その時々に組む演奏家、特にリーダーの演奏家の音を聞きながら、自分自身の演奏を変化させます。初めから決めているフレーズ以外はアドリブ演奏です。

演奏家も表現者に変わりないですが、彼らの奏でる音そのものは、たとえ「ド」の音、一つとっても深い意味が込められているかもしれない。軽音の先輩によく言われたことですが、「音を間違えるなら、初めから(その)音を出すな」。意図してテンション(コード、ノート)を出すのではなく、明らかなミスは認めない、ということです。

曲や演奏家の歴史や経歴を述べることはできます。演奏家たちにインタビューできるなら、それも話として書くことができます。しかし、音そのもの、演奏そのものを言葉にするのは、どんなに多彩な感情を現す言葉を使っても語り切れない。何かが言語化を阻んでいる。

「ジャズベースラインの研究 3」には、よくこう書かれています。「ベースラインをよく吟味しなさい」。

「肌で感じる」という言葉がれっきとして存在していて、頭で理解するのではなく、「感じる」ということ。言語化することは、読み手の手助けになることもあるでしょうが、どんなに言葉巧みに語っても的を射ることができないものがある、と痛感します。

ヘレン・メリル『You'd Be So Nice to Come Home To』。ジャズ・シンガーのヘレン・メリルが、ブラウニーことクリフォード・ブラウンを迎えて収録された代表曲。
https://www.youtube.com/watch?v=YM0PhsP7ul

ポール・チェンバースのリーダー・アルバム『Bass On Top』収録の『You'd Be So Nice to Come Home To』。
https://www.youtube.com/watch?v=ok3fK4aNtc0

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?