いくらなんでも暗すぎるわ!『群青にサイレン』が売れなかった理由

桃栗みかん氏の『群青にサイレン』をジャンプラで全話読んだ。夢中で読んだ。結局今出てる単行本は全部買ってしまった……。

そのあと作者Twitterを覗いたところ、「単行本がびっくりするほど売れていない」とのこと。まぁそれについては納得しかないというのが正直なところ。

あらすじ(ざっくり)

少年時代、さわやか野球少年だった主人公・修二がいとこ・空を野球に誘ったものの、才溢れる空に追い越され、ピッチャーの座を奪われてしまう。(もうこの時点で胸が痛い)

それが原因で修二は野球と空が嫌いになってしまい、そんな思いを抱いているうちにどちらとも疎遠に。修二はコンプレックスと自己嫌悪を抱きながら過ごしていった。

時は流れ、高校生になった修二と空は再会。体格に恵まれなかった空を見て修二は思う。「今ならこいつに勝てる」と。そんな屈折した胸の内など露知らず空は言う。「一緒に野球をしよう!」と。

しかし、ピッチャーの座はふたたび空のものに。みんなの関心も、期待もまた……。さらにたたみかけるように、修二のポジションはキャッチーとなってしまい、トラウマとバッテリーまで組まされてしまう。トラウマのサンドイッチだね。

暗すぎるっピ!!

めっちゃ救いがないやん。でも読んじゃう。正直言って最後まで好きになれるキャラは見つからなかった。本当にこれには参った。まぁいつも少年マンガばっかり読んでるから、こういう作品と合い口が悪いんだろうけども。

とにかく描写の生々しさがエグい。ピッチャーの座を奪われたあとだったか前だったか、監督が「いい子連れてきてくれたな」って褒めてくれるんだけど、目線は完全空に向けられてるわけ。

それまでエースだった修二は気付くわけよ、あ、奪われたのが野球のポジションだけじゃないって。さらには自分のお母さんが「空くんはしっかりしてていいですね〜」なんて言ってるのを聞いたりするわけですよ。

生きていく上ですっごい大切なんだよね、関心を向けてもらうってさ。特に非力な子どもだとね。それを無意識か本能かでしっかりわかってるわけで。だから周りの関心を奪っていく空の存在は幼い修二にとっては生存を脅かす脅威でしかない。

ジュディス・ハリス氏の『子育ての大誤解 重要なのは親じゃない』の中でもあったように、子どもにとっては友達とか外界のコミュニティのルールとかポジションは家庭内のそれより大切になってくる。親元を離れて生きていく時間の方が長いわけだからね。(家庭の重要性を軽視するような内容ではないよ)

そのどっちもを奪いかねない(と感じさせる)空はまさしくインベーダー。嫌いになるのは当然だわな。修二にめっちゃ懐いてきて可愛いやつなんだけどね。

結局のところ、感想としては面白い漫画だった

キャラのほぼ全員が暗澹たる過去を抱えてて、とにかくことあるごとに修二が落ち込んだり周りとの不和を起こしたりで、読んでいてドッと疲れた。常に疲弊しながら読んでた。

ただそれがクセになる。読んでいる間は、この先にあるカタルシスが欲しくて欲しくてたまらなかった。あるのかどうかもわからないブレイクスルーへ一刻も早く辿り着きたくてゾンビのようにウーウー唸りながらページをめくった。

俺の好きな漫画たち。『火ノ丸相撲』『アイシールド21』では暗い状況を吹き飛ばすキャラが出てくる。そのおかげで読んでいて気持ちよくなれるタイミングが定期的にやってくるので、安心して読んでいける。

でもこの漫画にはそういったキャラがいない。いるにはいるが、なんというかパワー不足感が否めない。刃皇に三ツ橋ぶつけているというか、進清十郎に小結ぶつけているというか。とにかく暗さが強すぎてカタルシスにまで至らなかった。

でもその暗さが魅力だとも強く思った。

同時に売れない理由も「暗さ」

厳密には暗さそのものじゃなくて、濃さと長さだと思っている。真綿で首を締めるという表現があるが、この作品はロープラチェットか何かで締めているレベルじゃないだろうか。

俺の記憶だと、最初にスカッと来るような展開があったのは25話(全部50話)あたりだったと記憶している。

週間だとしても約半年、月刊なら計算するのも恐ろしい期間だ。そんな長期にわたって読者にストレスを与え続けたこの作者には拍手を送りたい気持ちはあるものの売れないだろうなとは思ってしまう。ふるいの目が大きすぎた。

けっこう強めなストレス展開がある漫画は珍しくない。上に挙げた2つもそうだし、『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』、『ワンピース』だって結構なものだ。

ただ、どの漫画もこんなに長いストレス展開はやらないし、ストレス展開→カタルシスまでの期間が長いとしても、その間に定期的にスカッとするタイミングがある。『群青にサイレン』はそれが薄すぎた。紙が岩に勝てるのはジャンケンだけだ。

醜すぎる等身大の嫉妬と美化されすぎた友情

個人的には気になる点。四半世紀を共に過ごした親友とも、あんなに直接好きって言ったりだとか、抱きついたりだとかはしない。

いや、現実じゃできないことをするのが創作の醍醐味ではあるんだけど、負の感情が凄まじく4Kな分、ちょっと浮いているように見えてしまった。

それやるんだったら修二の周りにひたすら明るくてスキンシップベタベタなガハハ!キャラを最初から配置してあげて欲しかったよ……。

だからこそ尊い《あのシーン》

終盤、空のズボンが破けてしまい、それを修二と二人で笑い合うシーンがあるんだけど、あれはめちゃくちゃよかった。めちゃくちゃよかった。もっかい言う、めちゃくちゃ、よかった。

あそこまで読んで初めて「この漫画読んできてよかったな」って素直に思えた。険しくて途方もなく長い道のりだったからこそ響いたし、意味のあったシーンだった。

これがもっと手前にあれば、打ち切りって結果にならずに済んだのかなぁと思いつつ、あそこまで引っ張ったからこその尊さなんだよなぁと思うのが難しいところ。

次回作に望むこと

今のままのディープさ、湿度は保って欲しい。ただこんな面白い作品書ける作者さんにはもっと儲けて欲しいから大衆にもウケるような要素を入れてほしいなぁ。

人にオススメできないけど一生忘れられない作品でした。


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