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  ノウワン 第三段 宿禰

 罪を重ねてきた人間はすべからく罰を受けるべきだし、人生においてその報いを受けるべきだと思います。みんなもそう思うでしょう?でも、そんなふうに考える我々自身、正味のところ自分が思い込んでいるように正しい存在なのでしょうか?自分が正しいと思えたら安心して生きていける、只それだけの中身のない生き物なんじゃないでしょうか?人を裁けるほど立派なんでしょうか?仮にここに罪人がいたとします。すると何も疑いもせず何も考えず大喜びで「罪人」に石をを投げてしまえる。もしかしたら我々なんていくら賢しげにしていてもその程度のもんなのかもしれません。

 大和の国は明治維新の混迷を経て憲法は勿論あらゆる開明的な立法を作成するに至り民主主義国家への歩みを順調に進むかと思われた、しかし先の大戦の寸前に全体主義の体制に突如変化し、無謀な米国への宣戦布告を経て二度の原爆投下と沖縄戦を経験した。当時ほぼ全ての大和の人々は本土決戦をしぶしぶ覚悟していたのだが、原因不明の内乱・大規模な暴動が突如発生し、国内は決戦どころか統治の維持すらままならなくなった。これは歴史の教科書に記されて誰もが知るところである。これを速やかに制したのはアラハバキという謎の新興勢力であった。彼らアラハバキはたちまちに大和国内の世論と軍部を制圧し米国と中つ国など連合国への無条件降伏を大和政府に半場強制的に決断させ、それでようやく混沌と地獄絵図を現世にそのまま写したかのような大戦争は幕を閉じた。しかし終わってみればヤクザまがいの地方権力者が大和列島のあちらこちらに跋扈し威勢を張っている様相であり、大和の敵側のいわゆる連合国サイドは「統治が困難だ」という理由で真剣に大和の分割支配を考えたほどである(どうやら他にも理由があったようだが)、米国が「より効率的な支配の方法」を見つけたためこれがならなかっただけで、普通に考えれば今頃の大和は2つに分けられ米ソによって民族浄化が進み、果ては主権争いのため新たな内戦を勃発させていただろうことは間違いない。

 アラハバキは現在でも中央・地方の権力者・財団と強く結びつきその影響力を誇示している。首領は我妻(あがつま)という姓を名乗っているが、表舞台に上がることは決してない。そのためその存在自体が都市伝説として語られることも多く(我妻など存在しない説等)、様々な風評にまみれディープステートのような悪辣な組織として人々にイメージされ大いに嫌悪の的となっている。しかしどういうわけかそれを信じる人間達からは根強い人気があった。特に己が国津の民であることを誇りに思う連中にとっては神のような扱いであり、近年ふざけたことにこのアラハバキなる組織を「御祭神」とする神社などが地方各地に建立されている。アラハバキをテーマにしたヤクザ映画やドラマ・漫画なども制作されており、もしかすれば大和国民の「いい憂さ晴らし」になっているのかもしれないと考える識者まで現れ始めていた。

 当然、そんな風潮を毛嫌いする人間もいる。いわゆるこの国の中産階級から上流階級に多い「天孫系」の人間達である。彼ら曰く「アラハバキなどは戦中に発生した内乱のどさくさに紛れて国体に入り込んだ謂わばシロアリではないか!」なるほど一理ある。
 だが戦後の国内の統治と外商そして復興に彼らアラハバキが大いに活躍したのは事実であり、いくら毛嫌いしているからといって表立って放逐することはできない。そこで天孫系の有力者によって設立された影の捜査組織が「宿禰衆」(すくねしゅう)と呼ばれる集団である。彼ら宿禰衆の目的はアラハバキの勢力を削ぎ落とし、やがてはその正体を暴き、撲滅するところにある。アラハバキ(国津系)と宿禰衆(天孫系)との抗争はあくまでも小規模なものだが、戦後しばらくしてから始まり現在まで続いている。

 しかし、どのような思惑か知らないが、この拮抗した状況を打開しようとするする者がいた。

 蓬野閃里(ほうのせんり)という男がいる。あくまで根は従順でお人好し、運動神経に優れ19歳の時にアマチュア野球日本代表に選ばれており、ポジションはレフト、将来を嘱望されつつも23歳に膝の怪我を理由に引退。後は父親の経営するネジ工場で従事する。表の顔はそんなところだが彼には裏の顔があった。彼は23歳の時に最愛の婚約者を殺害されていた。殺害原因は不明だが現場に血で記されていた「蛇の文様」は明らかにアラハバキによる犯行を裏付けていた。蓬野閃里に膝の怪我などは実際はなく、彼はただただひたすら「あの惨たらしい、女性をあれほど辱め死に至らしめる方法がこれ以上あるか?」そんな方法で殺された婚約者に報いるため己を復讐の鬼と化したのである、怪我はその方便でしかない。現在、蓬野閃里は選りすぐられた宿禰衆五千人の中の八人しかいない幹部の一人となっている。現在齢27歳にして何故そこまでのし上がれたのかはよくわからない。故に蓬野閃里を侮る人間は多い「あの若造が」、実績が明瞭ではない彼に敵対心を持つ者は多い。だが何故だろう、彼に敵対した人間は何故か敵味方関係なく尽くこの世からいつの間にか消え去るのである。



 『ファンキーFM802、レディオホットワンハンドレットオウサカ!。今週も最強最新のヒットチャートを皆様にオ・ト・ド・ケします。シュワ!今週のランキング、の前にま・ぇ・にHEY!先週のヒットチャートを復習致しましょう。まずは先週の1位!シュア!先週の1位はお馴染み国民的人気バンド、キューソネコ神の今の時代の闇を見事に映し出したソウ・クールなダイナマイトナンバー「ファントムバイブレイション」!最高!最高だァ!!既にシングルは100万枚以上の売上ぇ。ミュージックダウンロード総合売上ランキング5週連続1位!なんとベーシストのカワクボタイチロウは夜のフィンガーサービスに忙しいとの理由でぇシュアー!一時活動休止の噂もあるくらいです!モテてます。羨ましい、シュアー!指のテクニックがマシーンを上回るというのも考えものです、それが夜のバイブレイションなら尚更だろ?シュアー!第二位!バイセーシ!!長年の暗黒期を経て遂にここまできました!キス一つで月を打ち砕く超パンクなデストロイヤー!彼らの渾身の呪術的ともいえる狂ったナンバー「水」が第2位だぁ。わたしも大好きです、音楽だけじゃなくて肉体的な意味でぇ、ぐふぇふぇふぇふぇふぇ、シュワ!』

 「馬鹿みたいなラジオをつけてないでテレビにかえろテレビに。」蓬野閃里は後部座席から指示をだした。運転手がラジオからテレビにチャンネルを切り替える。車は国道1号線を逢坂方面に向かっていた。テレビでは昨日の逢坂市内の事件を伝えている。河内湖の堤が破壊され西横堀川が一瞬で掘削された件である。
 「これ、本当に無茶苦茶ですよね。」「アラハバキの連中の仕業でしょ。工期を早めたかったんとちゃいます?脱炭素電力の問題も絡んでるんでしょコレ?」。「ツイッターでもアラハバキのテロだっていう主張は多いっす、あいつら汚い手を使うからなぁ。」「重要なのは事の是非じゃない、これをやらかしたのが黒いトレンチコートの奴だってことだ。間違いないよ。」蓬野閃里の部下達は皆押し黙った、意味がわからなかったからである。

 西横堀川水道事業の顔役、大中 隆をハニートラップにかけた挙句、その秘書をそそのかし、資金を持ち逃げさせたのは宿禰衆の若頭である弓月 茂雄の
仕業であった。当該事業にアラハバキが深く関わっているのは間違いのないことで、その金の出所や流れを掴むことによってその組織の横の繋がりを探ることが主な目的だったが、当然のことながら「奴らの面目を潰し恥さらしに仕立て上げてやる」というのも宿禰衆の腹の内にないわけではない。計画は順調に進み、無事愛人と秘書は大中の元から逃げおおせ、弓月がその身柄を確保するに至ったのだが、そこで邪魔に入ったのが「黒いトレンチコートの奴」だった。

 「黒いトレンチコートの奴。。。弓月の若頭が所有するマンションの9階の一室に地上からジャンプして窓ガラスをかち割って侵入。そのまま偶然その場に居合わせた弓月の若頭の目の前から大中の秘書と愛人を肩に担ぎ上げ、入ってきた窓から逃走。真昼間の凶行にもかかわらず近隣住人の目撃情報は何故かゼロ。身柄監視用に部屋に取り付けていたカメラにのみその姿が僅かに確認できる。」「その話すらワシらにはいまいちピンと来ないんですわ。」「その黒いトレンチコートの奴が昨日のテロの首謀者なんですか?なんで?なんでですか?奴もアラハバキなんですか?」
 車窓から30年前から「本日限りで閉店セール」の旗を掲げた洋服店が現れ過ぎ去り、山のような空き缶を積み重ねた自転車が路地裏に消えていく、河内湖の南端を沿うように進み京橋の駅に近づくと路駐の自動車が増え、車の流れは緩慢になり亀がひしめく行列のようになった、そこを超えて車が長居公園に至りようやく蓬野は口を開いた。「いいか、お前たちは何も考えなくてもいい、何も疑問に思うな。ただ俺の指示には命懸けで従え、そうすれば今の暮らしなんか嘘みたいに思えるほど良い思いをさせてやる。生きてな」そこから南下し森ノ宮を突き抜け逢坂城を仰ぎ見る土地に宿禰衆の事務所はあった。

 「アラハバキの打倒こそ我々阿曇(あずみ)の宿願です。」「阿曇の親方の思いは我等宿禰衆一同とて同様。彼らの思うがままにはさせてはいけません。」「しかしながら今回の計画の頓挫は痛い。彼らの内部組織に入り込むのにいったいどれだけの年月と金がかかったか」「恥を惜しんで申し上げます、黒いトレンチコートのやつに関しては搜索の網を広げておりますが現段階では足取りすら掴めておりません。」「若頭の網の目にもかからないとはな。」
 阿曇 光志は宿禰衆の5代目の当主である。体は痩せ長で引き締まった面立ちをしており色白、表情を変えることは滅多になく怜悧であり、組織の中核を担う宿禰八人衆を束ねる貫禄は十分であった。「蓬野君には弓月君とは別に私自ら黒いトレンチコートの捜索を命じているのだが、何か報告はないのかな?」末席の蓬野が答える。「既に所在は突き止めております。」突如おかしな雰囲気が場を漂わせ始めた、違和感というものだ。この会議は宿禰衆当主と八人衆の合議だったはずだが、なにやら阿雲光志と蓬野閃里の二人だけの談合を見せつけられているような体をなしてきた、そもそもいくら失態を犯した直後とはいえ若頭の弓月の体面を無視して蓬野に「黒いトレンチコートの奴」を別個に捜索させるのだろうか?。この違和感に気づけない低脳は八人衆にはいない。本来は弓月その本人に捜索を任せるところだろう、弓月のような実力者に恥をかかせてはいけない、それが組織の体制を保つためのいわゆる慣例だからだ。弓月は組織のNo.2でしかも財界との繋がりは太い人物である、組織の当主である阿曇が彼を切るならば「お前を信用できません、ただそれだけですが、何か?」そういう「お子様の癇癪」によるものでは済まされるわけなどなく、そこには組織の他の実力者達が納得しうる理由(と実益)がどうしても必要となる。八人衆一同「御屋形様は弓月を切る納得しうる理由を既に掴んでいる」「弓月の後釜に誰がなるのか分からねぇが、蓬野に媚を売っておいてどうやら損はない」そういう計算を頭の中に巡らせ始めていた。一方で弓月にとっては組織のトップと成り上がりの二人にハンカチを顔面に投げつけられた思いだろう。

 「黒いトレンチコートの所在を既に突き止めているそうだが、君は何故それを確保しない?とんでもない怪力だそうだが所詮は人だろう?」会議が終わり阿曇は二人だけの部屋で蓬野に尋ねた。蓬野が質問に答えるのを聞いたこの男は珍しく明るい笑みをたたえ弓月という男の運命を哀れんだ。「彼が最後にどんな台詞を口走るのか楽しみだよ」。

 宿禰衆の事務所をでた弓月が即座に行ったのは自分と関係が深い宗教組織「熱心党」と連絡を取ることだった。

                              つづく

逢坂紀行(2回目)
 仕事と家事を両立させ作品も作る。そういう人を尊敬します、しんどいんです。眠いんです。そして眠いんです。このお話はフィクションです。アラハバキが貴方のウチの近くの神社で祀られていようが、それは私のそれとは無関係です。全く関係ありません。東北の皆様、そのへんよしなに。あと熱心党も某世界的宗教団体とは関係ありません。あくまでも私の妄想・夢想です。バイセーシの「水」は日本ロック史に永遠に残るであろうスーパーアンセムです、これは紛れもない事実なんで皆様ググって是非とも聴いてみてください。
 それでは次回まで。Enjoy your journey ♫

 

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