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   ノウワン 第四段 弓月

「救世主は紛れもなく大和の国に降臨しています。既に様々なはたらきを行っておりますし、しばらくすればその姿を我々の元に現し、新秩序のために大いなる奇跡を示すことになるでしょうw」。
 何いってやがる、そんなことさせてたまるかよ。弓月は電話口で熱心党の教主の言葉に耳を傾けながら心の中で独りごちた。「そうかい、そりゃ祝着ってやつだな、しかしこっちはエラいことになっていてな、アラハバキの情報を握った人間をこちら側に引き込もうとしたんだが訳のわからない黒ずくめのトレンチコートに誘拐されてしまった、俺の不始末なんだが御屋形様の機嫌を大きく損ねてしまった。ちょっとばかし八人衆の中での立場がわるくなるかもしれねぇ。このままじゃあ。。。」弓月良太(ゆみづきりょうた)は立板に水の如く嘘と真実を交えて続けた。「あんたの所の情報が欲しい、あの黒いトレンチコートとアラハバキから引っこ抜いた二人の男女についてだ、男は。。」「知っていますよ、貴方からあの二人を奪ったのはニギハヤヒの神憑り(かみがかり)です。元アラハバキの二人は南港の某倉庫で生きていますよ今も、たいへんですねぇ。草が生えますねぇ。」ニギ?なんだって?。「安心してください、貴方の乗っているプリウスを運転しているのも、貴方の両脇を固める子分も、もとい貴方の直属の配下全員が既に私の熱心党の信者です。ずいぶん前からです、気付かなかったでしょ?マヌケすぎて草が生えますねぇ。」
 ここで弓月の思考は停止した。
 どういうことだ?何でこんなことになった?何が起きている?
「弓月さん、かけがえの無い今日一日を堪能しましょう。我が信徒がご同行致しますよ。」

 先の大戦争の際に大和の軍の秘密を逐一米中に漏らし大和国軍を壊滅へと至らしめた度し難い売国奴がいたという。海軍をそそのかし真珠湾攻撃を決行させた。海軍と陸軍を分断し共同歩調をとらせなかった。ミッドウェーの大敗にも関与していた。名前も所属も数もわからないが、それは確かに存在した。米国の軍事司令官と中つ国が公文書で認めるところである。ところがアラハバキによる一斉蜂起を経た大和国の無条件降伏をはさみ、敵対思想の根絶を図ったと思しき軍事法廷、世に言う逢坂裁判が済んでも尚その「度し難い売国奴」が姿を現すことが無かった。いったいそいつは何者なのか?大和もソも中も米も知らない。得体の知れない度し難い裏切り者。

 俺はその秘密を知りたかっただけだ、それがこの有様か。
 若き日、二十年も前になるだろうか、公安に勤めていた弓月に宿禰衆との繋がりを持たせたのは熱心党の教主だったが、当時この教主が弓月の狙いに気がついていたかはわからない。「いやぁ~プッツンしてますねぇ、これだけ公安で実績をあげている貴方が宿禰衆にデューダしたいと?物好きですねぇ、プッツンしてますねぇ」。熱心党の教主はふざけた人間だったが弓月が財界との繋がりを築くのを手伝い、闇社会の貴重な情報を与え、彼が宿禰衆においての地位を確固たるものにするのに大いに役立った。
 いったい向こうにどんな御利益があって俺を担ぎ上げたのかはわからねぇが、どうやら俺はもう、用済みになったってことか。
 「おい、エアコンはいい、窓を全部あけてくれないか?」弓月は息苦しさを感じたのであろう、五月といえど空は青く染まり雲はまばらで陽の光は軽く、この季節特有の重苦しい湿度をいちいち気にする天気ではなかった。「構いませんが、妙な気は起こさない方がいいでしょう、忠告しておきますがこの車の左を走るトラックも前後を走る軽自動車も皆が皆、我が熱心党です。」「念の入ったことだ、この首一つにご大層なもんだな。」「これは儀式です。そして貴方は今、この世の如何なる貴人よりも尊いのです。我が熱心党が貴方を疎かに扱うことができましょうか?」。プリウスのガラス窓が下降した、外の空気だけはどうやら弓月の思うような快適な風を彼に与え続けているようであった。

 「見慣れた景色が続くなぁ。」そんなことをぼんやりと考えていると車が停車したのはなんと弓月の自宅の前であった。「思い残すことが無いよう身辺を整えなさい、我が教主の計らいです」。「なんのつもりだ?」。「忠告しておきますが、我が教主の慈悲を無下にしようならば、我々は貴方を許しません」。「真昼間から、こんな住宅街でそんなもんぶちかます気か?できるわけない」。膝下で拳銃にサイレンサーを取り付ける信者に弓月は言った。「忠告しておきます。我々は熱心党です、この意味がわからない貴方ではないでしょう」。
 狂信者どもが。自然と顔に剣が走るが、確かに弓月にはやっておかなければならないことがあった。

 ついさっきまで、宿禰衆として会議に顔を出していたことが信じられん。玄関で靴をぬぎ、書斎から妻でも取り扱いができそうな債権・不動産・預貯金を取り出しリビングのテーブルに但し書きと共に纏めておく、こういった時に備えて用意しておいた。遺書は書かない、そんなものを残せば自分の死んだ後で家族が宿禰衆に妙な疑いをかけられてもおかしくはない、静かに消え去ったほうが無難だろう。弓月はローテーブルの上の水槽を見やった、そこに川から拾われてきたアカミミガメがいる。それを拾ってきた娘は既にこの世にいない、七歳の時に誘拐に遭い、事件から一週間後ちょうど彼女がこの亀を拾ってきた川原で絞死体となって発見された。死体からはいくつかの臓器が抜き取られていたが、その筋から犯人は特定できなかった。捜査は多方面に及んだが弓月を憎む人間があまりに多く犯人を絞りきることすらできずに現在に至る。
 弓月は天井を見上げた、視線の先、二階の小部屋には紫龍と名付けた十四歳になる息子がいる。五年前の事件から不登校であり、自分の部屋でアニメばかりみている。彼は自分の目の前で妹を誘拐された、幼少期の彼の非力はその不甲斐なさによって妹を骸にせしめたのである。弓月は冷蔵庫から梨を一つ取り出し果物ナイフで切り分け一つ口に含んだ、水ほどの味もしない。

 世界は赤褐色であり群青色だ、そして世界の空からは毎日のように糞が振り落ちている、おかげで街中は糞だらけだ。僕はそんな糞から生まれた糞虫だ。僕という糞虫の体を食い破って新たに百匹の糞虫が生まれる。その百匹もやはり糞であり僕だ。僕は自己の存在の証明をあきらめた、ふと僕は僕という自我が存在として未だにあることに驚きをもち、そして観察した。なぜこの糞虫は生きているのか何故この糞虫は生きながらえていられるのか、なぜこの糞虫はまだ満ち足りないのか?ある日僕はダビデの石像が僕を踏みつぶそうとしている幻覚をみた。だがそのダビデは僕を踏み潰さなかった、よく見るとその石像はダビデではなく巨大な糞虫であり僕自身だった。絶望すら僕を見放した。最終安全装置解除、エヴァンゲリオン初号機リフトオフ、ふふふミサトさんの声はいいなぁ、三石琴乃さんの声で叱られたい。シンジ君いまは歩くことだけ、考えて。リツコ先生の観察対象になりたい、いつまでも僕のことを冷たい目で見て欲しい、「ああこの糞虫はもうダメね、明日までもつかしら」そんなふうに見て欲しい。歩く。フひょーん、ズダガァン!歩いた。歩く、ジュサン、ズッサン、ジュザッズュサダーガーン!!足をもつれさせて転倒する初号機。シンジ君しっかりして早く、早く起き上がるのよ。眼前に突如として現れた第三使徒サキエルがシンジのヘッドフォンを剥ぎ取り、こちらを見下ろしながら話しかけてくる。
 「おい、紫龍」。父さん?あれ?弓月紫龍は物凄い力で襟首を掴まれ引きずり回された挙句、階段に投げ込まれた。転落の拍子で左手首から全身を駆け巡る熱い痛みが発生した、中身のないゴム手袋のように情けなく折れ曲がっている。

 弓月紫龍が見ていたのは『TV版 新世紀エヴァンゲリオン  第弐話 見知らぬ、天井』である。現在弓月邸の一階では何やら騒がしい事が起きているようだが、紫龍不在の小部屋でブイが流れ続けていることもあるし、もったいないので続きをわたくし猫F伝が解説しよう。「シンジ君、落ち着いて、貴方の腕じゃないのよ」葛城ミサトの声は碇シンジには届かない、痛みが激しいからだ。初号機の防御シールドは一切作動しない、それをよいことにサキエルは更なる攻撃を初号機に加える、アイアンクローだ。(いや正式名をブレーン・クローという、偉大なるフリッツ・フォン・エリックが必殺技として昇華したものが鉄の爪であり、その強力さのあまりアイアンクローとして世に広く知られるようになった。それが正しい解釈である。)サキエルはその鉄の爪でおもむろにエヴァ初号機をリビングに連れ込む、左手を大きく損傷した初号機は殆ど無抵抗の有様、そこにサキエルのあの必殺の電子ケトルが一度・二度・三度と初号機の左即頭部を襲った。夥しい出血。エヴァンゲリオン初号機は沈黙を余儀なくされた。「まさか敵が電子ケトルをあのように使うとは!」私も含め当時の視聴者は誰ひとりとしてこの展開を予想だにしなかった。ネルフ司令部も驚きを隠せない。血にまみれた電子ケトルがサキエルの手を離れ蓋から水を吐き出しながらキッチンの床に転がった。

 「おい、紫龍。敵がきたぞ」。弓月 良太は震える息子に話しかけた。「世の中は不条理だよな、紫龍。理不尽な暴力がいつ襲いかかってくるかわからねぇ、そうだろ?。家の中、部屋の中だから安心とは限らねぇ。わかるよな?」。水槽の中からアカミミガメを取り出し、続けた。「敵が来たぞ、紫龍。お前の妹を殺した敵だ、お前の愛おしい者を好んで殺す敵だ。今度は妹の友達を殺しに来た、おいどうするよ?紫龍。敵が攻めて来たぞ」。
 なにを言ってるんだ父さん、さっぱり意味がわからないよ。
 弓月良太は両手で亀を床に叩きつけ、床に腰をつく紫龍を引きずり上げ、そのやせっぽっちの身体をテーブルに向って投げつけた。テーブルから果物ナイフが梨と共に紫龍の前に滑り落ちる。ナイフを咄嗟に掴み取った紫龍が自分に向ってそれを構えるのを見やると、彼は息子に背を向けトイレに向かいアルカリ性洗剤を掴んで再びリビングに舞い戻った。
 「お前はガキの頃から偏食でよぉ、よくピーマンやら人参やらを皿から取り分けては妹の皿に移し替えていたよな。あいつはいい娘だったな、お前のくれるものなら何でも美味そうに喰うんだ。川原に遊びにいったあの日もお前についていったんだ、お前のことが好きだったんだ。いい妹だったよな。」おもむろに洗剤の蓋を開いた弓月 良太はその中身を亀にぶち撒いた、亀は緩慢に動いたかと思うと口から血を垂れながして死んだ。「ほら、死んだ。妹の友達の亀が死んだぞ、もう助からねぇ。わかっているだろ、お前がぼさっとしているからだ。」「そうじゃねぇ、こう握るんだ」。目の焦点があわない紫龍のために手を添えて小指から順番にナイフの柄に力をこめさせ弓月は言った。「殺せ、お前の敵を、お前の敵だ。殺せ。何も守れない、お前は誰も救えない。お前が誰も憎めないクズだからだ。お前の敵を憎め、お前の敵を殺せ、その手はなんのためにあるんだ?。なにをやっているんだお前は?世界は糞だ、お前の愛するものを陵辱し奪い、汚し、壊す糞だ。殺せ、お前の敵を、憎めお前の敵を。お前の敵がお前の大切なものを奪い続けるぞ、今日も明日も明後日も飽きることなく奪い続けるぞ。お前の愛しいものを好んで殺し続ける敵だ。殺せ、お前の敵を。憎め、お前の敵を」。
 弓月 良太が話しながら息子に平手打ちや前蹴りを加えること十数度、ようやく紫龍は果物ナイフを父親の腹に突き刺した。
 「物分りが悪い奴だ」。息子をひっぺがえすように壁に叩きつけて、弓月 良太はそそくさと自宅をあとにした。
 玄関先で熱心党の信者が待ち構えている。「忠告しておきますが、これが最後の別れになります。存念の無いように、これは我が教主の慈悲です」。傍には良太の妻が買い物袋をぶら下げて立っていた。

 「すごい車の数、あんた今度は何やったのよ?」。「すまねぇ」。良太の妻は大きな不幸の後も家族のために料理をつくり、掃除をし、洗濯を欠かさず行っていた。もし彼女の心が折れてしまっていたなら弓月家はこんなものでは済まなかったであろう、自分の運命を受け入れ、耐え、勤めを果たし続けてきたのである。
 「お腹に何か突き刺さってるわよ」。「はは、みっともねぇな」。妻と差し向かいになっているうちに良太の目から涙がこみ上げてきた。口から自然に懺悔の言葉がこぼれてくる。
 「家のことは大丈夫。安心しなさい。私はこう見えて強いんだから」。女は指で良太の目を拭いながら言った。

 車が進む。バックミラー越しに妻の姿がみるみる小さくなっていく。弓月は携帯電話を取り出すと熱心党の教主に電話をかけてみる、驚いたことに着信音が鳴るか鳴らないかすぐに繋がった。「やぁ、弓月さんごきげんよう。久しぶりに楽しい家族団らんにしけこんだ気分は如何でした?どんな気分ですか?夢心地ですか?楽しいですか?それとも悲しいですか?」「おい、教主、いつから気づいていた?」「そんなこと教える義務はありませんよぉ、宿禰衆の元若頭。いや、アラハバキのスパイさん、騙し通せると思ってたんですか?愉快ですねぇ、愉快すぎて草が生えますねぇwww」。
 年貢の収め時ってやつか。「わかった、それはもういい。もう一つ聞きてぇことがある。さっきのお前が言っていたニギハヤヒの神憑りって何だ?妙に気になる」。「あ・な・た・も性懲りもないですねぇ!!!今更そんなことが気になるんですか?わらける、わらける、死に際の人間は実に笑けますねぇ!愉快ですねぇ、いい、実にいい気持ちだ!」

 車は高石市から国道26号線を北上している。西日が水平線に吸い込まれ風景が淡い闇に包まれようとしている。その車中で弓月が教主の口から聞いた真実は、相葉ひかるという人間が過去に犯した取り返しのつかない大罪に関わることであった。
 「終わってますねぇ!詰んでますねぇ!既に詰んでますねぇ!もうあなた方がどうあがいても絶望しかありませんねぇ!今どんな気分ですか?非常に興味をそそりますぅ。」
 電話を切った弓月は何も考えれなくなった、と、そこで息子に刺された傷から大きな破裂音がした。腹をみると傷も痛みも突き刺さっていたナイフまで消えている。
 「よくいっておきます。これは精霊のあなたへの慈悲です」。弓月は傍に座っている熱心党の信者を驚きの目でみやった。

                              つづく

逢坂紀行(3回目)
 
 一瞬でお腹が痛いのを直せる人がいたら、どんなにいいでしょう?
 ところで皆さん宮崎駿監督の「君どう?」は見ましたか?すっごく面白かったですよね。今年見た映画で一番すごかったですぅ。それはそれとして今のうちに言いたいことがあるんです。「君どう?」のあのシーンやこのシーンと似ている展開やシチュエーションが仮にこの話で出てきたとしてもそれはパクリではありません!!!先にやられただけです!!!!くやしい!くやしい!宮崎駿は俺が倒す!!!
 あと弓月 紫龍くんにはモデルがいます。神谷 志龍 さんという天才若手ミュージシャンです。Youtubeですっごい作品ガシガシあげてはるんで見てくださいね。あと彼は強烈なエヴァンゲリオンのファンでもあります。

 次回「籠女」。アップするまで時間はかかるでしょうが、どうかそれまでEnjoy your journey ♫


 


 

 
 
 

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