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バス運転士人生、始動【小説】ラブ・ダイヤグラム21


本編の前に前書き

こんばんは。
栢山野RJで御座います。

日頃私の拙文にお付き合い頂き、
本当に有難う御座います。


現在、賞に応募しようかと
新しい小説を書いている為、

この21話を最後に
当分の間noteへの小説更新は
全部お休みしようと考えてます。

またいずれ、
余裕が出てきて気が向いた時に
続きをアップしようと思います。

これからは短文やらエッセイやらを
中心にして、気分を変えて
単純に好きな事ばかり
気まぐれに載せる場にしようと
思いますので、今後とも宜しく
お願い致します。

一応…細かい休載に至る
経緯を載せておきます。


本文

朝、目を覚ましてカーテンを開くと、
外は雲一つない快晴だった。

勝負時の朝のルーティンを今日だけは全部こなしたくて、
出社より大分早い時間から、
私は動き出していた。

朝シャンして、
カッコイイ下着を身につけて、
トーストと淹れたコーヒーの
朝食を済ませたら
時間を掛けてゆっくり化粧する。


唯一いつものルーティンと違うのは、その後で着るのが
自前で選んだ戦闘服じゃなくて
制服だという所だ。


まだジャケットが
必要な気候ではない。

シャツとベスト、スラックス…
あと、ネクタイを巻く事になる。


ネクタイと来た。
流石に今までの人生で、
コイツを巻いた試しは無い。

制服合わせの時にも
巻き方が良く分からないので
着けたりしなかった。

ネットで巻き方を調べると何やら
色んなやり方があるっぽくて、
途端に億劫になってくる。

一先ず「簡単!シンプル!」なんて
謳い文句の動画の見様見真似で
巻いてみる。


…ところが全然これが、
上手くいかない。

…なんだコレ?
ネクタイってこんなややこしい
結び方されてるモノなの…?

前の彼とかが
鏡も見ずに事も無げに、
チャチャっと…ものの1分も掛からずに巻いていたのを、ふと思い出した。



…なんとなく、
脳裏に浮かんだその光景に
しんみりした気分にさせられながら
悪戦苦闘を繰り返して、

気がついた時には
15分余り経ってしまっていた。


イマイチ不恰好な出来栄えで、
どうにも納得が行かないけど
もう時間が無い。


今日はもうダメだ、
コレで行くしか無い。

ちょっとネクタイを侮りすぎた。
明日はちゃんと巻いて出られる様、もう少し時間を取っとこうと思った。


制服の上から緑のマウンテンパーカーを羽織って、ボタンを止めた。

バイクで行く。


流石に制服丸出しの
まんまで乗ってたら、
目立って仕方がない。

帽子と教材をバックに
詰め込んで、エンジンを掛けた。



家から営業所への道すがら、
一箇所だけ小高い丘を登る。


上まで来ると小野原の街並みに
水平線とが良く見える。


まだ陽の低い時間…
海が猛烈に太陽の光を反射して、
キラキラ光って見えた。


何故か、都内で働いていた時や
着飾って街を歩いていた
自分の姿を思い出した。


あんな感じだった私が、
今はネクタイ巻いて制服に身を包み、
バイクに跨って、海沿いの街の
仕事場へと向かっている。


なんだかそれが
不思議な気分にさせた。



想定していたより少し時間が
掛かってしまったものの、
一応集合時間前には営業所に
辿り着く事が出来た。


…20分前か…まあまあ…
本当なら初日なんで、もう少し早めに着いておきたかったけど仕方無い。


…あーあのネクタイの時間がなぁ…

…等と考えながら、
メットを脱いでいたら

誰かが私の方へと
走ってくる音がした。

見るとナッシーだった。


「あ、ナッシー。おはよー」


「小原さん!
…山上さんもう来てて、
休憩所で待ってるよ!!」


「なっ…ま、マジで!?」


「一時間前に
もう来てたんだって!!
僕ら30分前に来たんだけど、
「遅かったですね」って言われた!

…今冬木君が山上さんと話して、
場を繋いでるから…
多分走った方が良い!」


「マージーで!?
ヤバいヤバい!!!」


慌ててダッシュで
営業所の自動ドアをくぐると

まず点呼カウンター奥の
デスクに居並ぶ運行管理の
助役や所長に向けて挨拶をした。


「遅れて申し訳ありません!!
本日より教習に入ります!
新人の小原です!
宜しくお願いします!!」


デスクの皆さんも、たまたま居合わせた運転士のおじさんも一様にキョトンとしていた。


「あ、新人の小原さんね。
…8時からですよね…?
大丈夫です、遅れてないですよ。
指導長2階の休憩室に居りますので。
今日から宜しくお願いしますね」


「はい!宜しくお願いします!
失礼します!」


「あーそうか、
姉ちゃん山上さんの教習か」


「は…はい。今日からです」


「あの人いっつも
来るの早ぇんだよ。
あの人が特別早いだけだから、
あんま気にすんなよ」


そうだった…
会社説明会の時も
私より随分前に来てて
待ってたって言うんで
ビビったっけか…

なにしろ急がないとマズい。


「そうなんですね…
じゃ、行きます!」


階段をドタドタ上がって休憩所の
扉をそっとスライドすると、
もう山上さんの野太く、デカい声が奥から聞こえてきた。


「…だからね…結局、
山菜の天ぷらなんですよあの店は…
意外とワインなんかでも
良い塩梅でね…
お!来ましたね!!」


「すいません、
お待たせしました!!
おはようございます!!」


…怒った調子でも無く
冬木と話していた時と同じ
にこやかな表情ではあるものの、

ここは油断してはならない。
確か蛸壺試験に失敗した時にも、
今と全く同じ表情だったからだ。


多分…呆れた時や、口に出す程では無いイラつきに対しては
顔色にも態度にも出さない
タイプの人なのだ。


「よし、じゃあ揃いましたし、
ちょっと早いけど行きましょうか。
取り敢えず荷物はココ置いときなさい。行きますよ」


席を立ちながらそう言うと、
もうスタスタと階段に
向かい歩き始めた。

慌てて三人で後を追う。


営業所の一階に戻ると、
勝手知ったる堂々とした足取りで、
所長の机まで歩いて行き
何やら少し話すと、
こちらを向いて手招きをした。


「所長。新人三名、初任教育、
本日からになります。
一名免許所持、二名養成からです。
自己紹介を」


恐らく何かPCで
作業中だった所長は手を離し、
立ち上がるとわざわざ
私達に対して正対した。


私達三人が各々軽く
自己紹介を済ませると、
少しだけ笑顔になりながら
話し始めた。


「所長の出雲…と申します。
独り立ちするまで、多分
長い教習になるかと思いますが、
是非ね、大ベテランの山上指導より、技や安全運転の心構えを
学んで下さい。

こちらこそ、本日より
宜しくお願い致します」


見た感じ30後半か、
40頭くらいの方だろうか。

物腰といい、
一切淀み無い口調といい、
余程に優秀で、若いながらに
小野原のトップを任せられた
人なのだろうという印象を受けた。


その後そのまま、副所長、助役、
助役の運行管理を支える代務の方々

庶務の方と、一人づつ捉まえて、
一人一人に挨拶を交わしていく。


「さ、次です。行きましょう」


ひとしきり一階での挨拶が済むと、


山上さんはじめ我々は
営業所の外に出た。

どこかに向かいながら、
山上さんは言った。

「いいですか、
この仕事は色んなトコで
色んな人と協力しながらでないと、
上手くないんですよ。

一見一人でバス動かして
やってるようにも見えますが、
実は必ずしもそうじゃない。

運行に関しては、何かあれば
助役や代務の助けが必要ですし、
忘れ物があれば庶務に
お願いしなければならない。

…何より同僚…特に先輩っちにも
必ず業務中には関わります。

例えばそうですね…
前を行くバスに
追いついてしまった。

抜くべきなのか…待つべきなのか。

狭い道でカチ合った。
待つのか、
それとも先に行かせるのか。

全部状況によって変わります。

運転の基本的な技術は
アタシが教えますがね、
運行上での細かい事は先輩らに
教わる事の方が多い。

だから、誰に会っても
確実に挨拶はこなしなさい。

特に最初が肝心です。
仁義が大事なんです。

新人だ、挨拶来てたってなりゃあ、
基本的には若いモン
助けてくれる方々ですよ。

先輩方は積極的に
現場でも何かと助けてくれますよ。

礼節弁えずに好き勝手やってると、
逆にとっちめられますけどね。

あ!!!あーの先輩は特に
おっかないですよ!
挨拶しましょう!」


山上さんは挨拶の後、
こうも付け加えた。


今日以降、アタシから
先輩に紹介はしない。

見かけた先輩に
片っ端から挨拶しろ。

人数多くて誰に挨拶済ませたか
分かんなくなるだろうけど、
「もう挨拶したろ、この間」って
言われる位で丁度良い。

そんなことまで言われた。


えらく上下関係に厳しい
風土なのかなと最初は思ったが…

よくよく考えてみると、
バスの運転士は出勤・休日や
出社時間・退社時間も
全員バラバラなのだ。

要は、会社に一堂に会する
機会と言うのが一切無い。

だから、山上さんが言うようなやり方で挨拶していかないと、
本当に全員に対して、
挨拶が終わらないのだ。


下手をすると、新人が入社した
事すら知らない人まで出る。


結構簡単に
「入社した新人?
顔も名前も知らねぇし、
挨拶も来ないしよ…
俺は知らねえからな」

って話になってしまうのだ。

言ってる相手が5年や6年くらいの
先輩だったら辛うじて、

文句あんのか先輩面するな
なんて事も言えるかも知れないが

これが、キャリア10年20年30年…
下手をすると40年選手ですなんて
大先輩もゴロゴロいらっしゃる。


山上さんの話通りなら、
最も現場の状況が見えていて、
最も困った時に頼りになる
ベテランの方々だ。

だから、最初が大事なのだと理解するまでそう時間は掛からなかった。


会う先輩一人一人に挨拶を
しながら、今度は整備工場に来た。

バス6台一遍に入ってしまう
ドッグになっていて、
かなり大きな施設だ。


日々の点検は勿論、
部品の交換、修理…

余程深刻な故障で無い限り、
メーカーではなく
ココで自前で全部直すらしい。


「ウチは山岳路線も持ってますから、メンテも必要だし故障も多い。

山用バスとか市内用バスみたいな
使い分けも基本無いですから。

必ずココにも、少なからずお世話になると思います。
二階が事務所です、行きましょう」



通称「工場(コウバ)」
と呼ばれるそこには
10名以上の工員の方々が
出張っていた。


思っていた以上に人数が多い。
それだけバスの消耗が激しくて、
しょっちゅう修理が必要になるのだろうか…


ココでも一通り挨拶を済ませると、山上さんは言った。



「肝心な所の挨拶は、
取り合えずここまでですね。
じゃあ営業所に戻りましょうか」


各方面の挨拶だけで、
一時間余りが経過していた。


営業所に戻ると二階の一室に入り、手一杯に抱えていたテキストの山を
テーブルの上にドン!と置いた。


「さって、ここからは
二日間座学になりますよ。
初任教育って奴ですね。
まあ短いモンではないんで、
何か飲みながらやってきましょう」


「あー…座学かぁ…」


「おや、そこのデッカイ男は
不満げじゃないですか」


「いやぁ…散々本社とかで
座りっぱなしだったもんで…
運転が恋しいなと思って…」


「そんな焦らなくたって、
これが済んだらイヤって程
運転させてあげますよ。
心配無用です。

アタシも座学の講師なんて
ガラじゃあないですしね。
今だけでも、ゆっくりね…
リラックスして行きましょうよ。
ウッフッフ…」



実技の教習が始まったら
ガッツリ行くぞと言わんばかりの
山上さんの不敵な笑い声から
始まった初任教習は、
会社規則とかの読み合わせから
幕を開けた。


「バス運転士として、
社会的使命を果たし…
その使命とは…」


みたいな大仰な文句に続いて、
安全安心を旨として…とか
会社の顔であることを
意識しながら…みたいな

ある種月並みな言葉が続く中に、
少し見慣れないものが一つ
混じっていた。


運転士の義務
…と言う項目の中の一つだ。


「あの、山上さん、
質問よろしいですか?」


「はいはい、何でしょう」


「この下に…社内秩序を守る、
って言うのがあるんですけど、
実際に私達が現場で何かやったり
するんですか?」


言葉の意味する所は
当然理解していた。


公共の乗り物だから、
騒いだり暴れたりする人が居たら
対応しなきゃダメだよ位の意味だ。
それは分かってる。


私が気になったのは、実際に現場でその手のトラブルに遭遇したら
どこまで本当に、運転士は対応してるのかって所だ。

都内の電車でも騒いだりバカやったりする奴がよくいたので、
バスでも結構実際にありそうな
トラブルな気がして、気になった。


「何かやったりも何も…
普通に運転士が全部対応しますよ。
ワンマンバスですから。
基本的にはね。

運行中、車内の事は
自分で何とかするんです」


「注意したりとか
そんな感じですか?」


「注意も必要ならしますし、
あんまり酷い様なら最悪その人に
降りてもらったりもします。

客商売です。
愛想良くやるのも大事ですが、
かと言って何でもかんでも
甘い顔してりゃ良いって
モンでもない。

言うときはビシッと言う。
大事です」


「けどそれって…クレームになったりしないんですか?」


私の気になった点を
理解してくれたと見えて、
ナッシーが口を挟んで質問した。


「ひねくれた人なら…
明らかに自分が悪くて
注意されてんのに

後で文句言ってきたりも
あるかも知れませんね。

実際そういう事も
たまにありますから。

だけどね、ちゃんと会社に
申し開き出来りゃあ大体問題ない。
これこれこんな状況だったんで
止む無く、こんな言い方で
注意しました…ってね。

車内には録音マイクも
ドラレコも付いてますから。
そういうのも確認したうえで、
総合的に会社は判断します。」


「結構…ムズくないすか、
そういう接客って…
俺あんまそういうの自信ないわ」


「難しいと思いますよ。
正しい事言っててもね、
言い方ひとつで相手に納得して
貰える時もあれば

言い方気に入らねぇ頭来た…
って風にもなりますから。

まあ、そのあたり含めて…
上手く対応すんのも運転士の
ウデのうちって話です。」


「なんか…理不尽な会社の判断に
なる時もありそうですね。

クレーム真に受けて
庇ってくれないみたいな…」


「あるかもしれないですね。
細かい話は当事者しか
分からない所もありますから。

ただ!それでもね、一番最悪なのは、
事なかれ…見て見ぬフリする事だと
アタシは…個人的には思います。

車内ってのは運転士の城ですから。
そんな自分の城の中で…

好き放題やらせといて
他のお客さんに
「何で運転士が注意しないんだ!」なんて思われる方が
よっぽどムカつきますね、
アタシなら。


…ちょっと脱線しましたね。まあ…
上手く対応して社内秩序守ってねって話です」


…分かったような分からない様な…
玉虫色な山上さんの話に聞こえた。


そんな、ここでイマイチ
すっきりしなかった点が、
初任教育が進むにつれ
益々気になってきた。


やるべき事…安全運転。

その為に指差し確認等、
会社が定めた運転基本動作を
確実に守りましょう。

接客態度…

気持ちよく乗って頂ける対応と
環境作りを心がけましょう。



営業事故…

要は運行上のミス…
例えばバス停で乗客の見落とし…
とか発車時間間違え、コース間違え…
そういう事が無いよう、手順に沿って確認しましょう。


事故防止、ミスの防止、
そして有りがちなトラブルの防止。
その手の規則の数は多い。


…が、逆を言うと
「それだけ」な様にも見えるんだ。
会社の求める絶対に守るべき事が。


明確なマニュアルの無い事柄が多い…特に接客に関してだ。

元々、半ば接客業みたいな受付をやっていた私からすると、
先の山上さんの言葉じゃないけど「うまく対処しましょう」としか
書かれていないも同然な事が、
あまりにも多い様に見える。


「これで、大方教本を使った
内容は終わりですね。

あとは事故時の
ドラレコの映像とかを…

…何やらそこのお嬢さん、
腑に落ちない顔してますね。
質問とか大丈夫ですか?」


「いや…何か、意外と自由なトコ
多いんだなって思って。」


「自由とは…?」


「…説明が難しいんですけど…
結構色んな事が、運転士の判断と
人間性任せとでも言うか…

接客とか特にそう見えて…
マニュアルとかも無いですし。

運転士が色んな事、まちまちに
対応してるって事ですよね。」


「なんか小難しい事
言いますねアナタは」


「すいません、でも気になって…
人によってどんな感じでバス運行してるのか皆違うって事ですよね」


「言いたい事は大体
分かりましたよ。マニュアルね…

マニュアル化の仕様が無いって、
そうは思いませんか?

あらゆるお客さんが乗ってきて、
あらゆるトラブルが日々起きる中で」


「仕様が無い…?」


「基本…運転士がその場で
対応出来ないトラブルが起こったら
その時点で終わりなんですよ、
その時の運行が。

会社に連絡入れて指示を仰いで…
それやってる時間に運行は中止ですよ。車止めて連絡してるんですから。

だから、機転を利かせて対応して
もらわないと困るって話です。

大半の事はね。
言い方変えたら
「そこまで任されてる」
ってことです。

運転だけが仕事じゃないって
話でもあるワケですね。

…だから、さっき言いましたけど、そこも「ウデのうち」なんです。
プロの運転士のね」


「…難しいっす、やっぱり」


「まあ…独り立ちして暫くやってりゃ分かってきますよ。

その辺の立ち回り方とでも
言いますか…そういうのがね。

…思いのほか長くなりましたね。
お茶休憩でも挟みましょうか。」


山上さんの話を聞く限り、
お客さんに認められるような
運転士になるには
やるべき事、考えるべき事が
まだまだありそうだった。

思ってた以上に、難しい事の
積み重ねを経てしか
プロとは呼ばれない事が
分かってきた気がした。


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