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飲んじゃうか、コンビニ前で 【小説】ラブ・ダイヤグラム15


あらすじ

教習もついに技能教習に入り、
バスのハンドルに触った愛であったが、初日からいいトコ無しのコテンパンにやられてしまった。

おかしい…こんな筈では…
思わず放心状態になる愛に
現実逃避の暇も与えず、

次の教習の時間は
無情にもやってくるのであった。


本文

初日の教習は地獄の四丁目辺りまで
連れてかれたような内容で終えた私だったが、
次の日、その次の日も、間を一切置かずに
予定を入れられるギリギリまで教習を詰め込んだ。

時間を置くと、行くのが嫌になってしまいそうな気がして、敢えてそうした。


まだプロどころか、バス運転士にすらなってない。


嫌になったから辞めたいとか、
今の段階でそういう気持ちが過ぎるのが
もっと嫌だった。

…まあそんな事を考え出しかねない程度には
運転が未だまるで上達せず、怒られまくって
いた訳ではあるのだけど、
負けたく無いし根性で乗り切ろうと決めた。


それにしても…と改めて思う。


普通免許や大型一種の時に、ここまで
コテンパンにされていただろうか。


教習のスタートの時、
各々の車に向かう教官も他の教習生も
何だか和やかにしているのが
見ていて信じられなかった。


あれ、私らは…
さながら戦場にでも赴く様な張り詰め方だよ?
アナタ達そんな和気藹々な感じってマジ?
…と、教習を重ねるにつれ、
その空気感の違いに違和感を覚えた。


大型二種っていうのが、そこも独特なのか。


少なくともココの教習所自体がそもそも
そう言う風土で、一緒くたに
厳しいって訳じゃないのは
間違いなさそうだった。

その証拠に、先日一緒になった教官が、
普通車の教習中には、別人の様な笑顔で優しく
大学生くらいのお兄ちゃんに接してるのを
たまたま見てしまった。

私の時には鬼の様な形相で、アレやコレやと
責め立てていた教官がだ。

或いは…私個人が嫌われているのか…
はたまた私が、限度を超える
出来なさレベルなのか…


真相は分からないながらも、
私はまた休憩所の椅子に座り、
必死に教習本に目を通していた。


今日の技能教習は、駐車と方向転換。


バスを抜きにしても、大型車って時点で
特に私の苦手とする科目だった。


バックして所定の位置に停め、
また切り返して車を出す。

何が嫌かって、
バックをする時の車の後ろと壁の距離感が、
ミラーと後方目視の

「大体の見た感じ」でしか読めない。


バックカメラ付けりゃ解消じゃん!
安全じゃんか!!
大体今時どの車にだって付いてるよ!?
付けてよ!ちゃんと停めるから!


…と、コレをやるといっつも思ってしまう。
…思うから、なのか、全然上達しない。



…どう考えても…すんなりとは
教習を終えられそうに無い。

ある程度追加で教習になるだろうけど、
それでもじっくりやって、自分の形になってから
卒業した方が良いな、その方が良いと、
何とかめげずに気持ちを切り替えようとしていた。


そんな矢先、イキナリ私の背中の所で声がした。



「ちゃんとやってますか?」


「うわぁ!!」


「…集中してましたね。私に気付かない程に」


「いやもう…脅かさないでください!
…お久しぶりです。」


見ると、山上さんだった。

入社前、大型一種を取りに来てた私をバスに
スカウトし、ついでにその時若干揉めた、
私がバスを目指すキッカケになった人。


あぁ…そう言えばこの人、
前にもこうやって、後ろから不意打ちで
声を掛けてくる上に
距離が妙に近かったっけな…

相変わらずみたいだ。


「お久しぶりですね。
前に会ったのは…
会社説明会の時でしたかね。
…で、どうなんです、塩梅は?」


「塩梅…大分ボロボロです。
怒られまくってます…」


「まあ…小原さん運転ヘナチョコですからね。
そうでしょうね。じっくり行きましょう。」


「あの、山上さん」


「はい、何ですか?」


「凄い厳しい教習なんですね、二種って。
皆こんなに怒られながらやってるんですか」


「…ウチから送ってる連中は…
例外無くガッツリやられてますよ。
すべからく。アナタだけじゃ無い。」


「…厳しいんですね、やっぱり」


「なにしろ…
特別厳しく鍛えてくれって、
会社から教習所に頼んでますからね」


「えぇ…」


「そりゃそうです。
免許取らせて終わりじゃない。
プロ運転士にしようって、
その為やってるんですから。

バシバシ厳しくやって貰わにゃ、
アタシらが困ります。」



…ああ、そうだ。
プロ目指してやってるんだった、私。

厳しくしてやれ…なんて、
わざわざそんなイジワルしなくても…と、
最初こそ感じだけど、よくよく考えると当然だ。

普通にドライブする免許を
取りに来てる人と違うんだった。


人乗せて、命預かって、仕事で走るんだった。


怪我させない様、怖がらせない様。
全然他と空気感違うのなんて当たり前だった。


「因みに…免許取ったら、今度は会社で教習です。
こんなとこで凹んでる場合じゃ無いですよ。
アタシの役職、知ってますね?
運輸部、指導教官。山上一郎です。
教習所の後は…アタシがガッツリ指導しますよ」


「うえぇ!?」


「うえぇ…って何ですか?嬉しいでしょ?」


「…今よりもっと厳しそうじゃないですか」


「そりゃあもう。
山道走らせたらココの
教習所の方々より数段は上の…
「山の山上」の教習ですから。

ビシバシ行きますから、覚悟しといて下さい。
ま、コーヒーでも飲んでから行きなさい。
奢りましょう、アタシが。」


山上さんの話は、二つの感情を同時に抱かせた。

プロになるんだ、
厳しくても頑張るんだって気持ち。

まだまだ…もっと教習は続くぜ!
会社の初任教育!小野原市内線教習!
そして緑根の山路線教習だ!

…っていう、先の長さ、難しさ。
やれる様になんのかなホントに…って不安。


「いずれ…出来る様になりますか…私」


「なりますよ。
免許さえちゃんと取って来てくれれば。

その後教えるのがアタシですから。
そこは何の心配も要りません。
絶対、プロにはします、必ず。
アナタが途中でケツ割らなければね」


「なんか…今日お会い出来て良かったです。
ちょっと元気出ました。頑張ります」


「こんな所で凹んでないで、
しっかりやって下さい」


最後にそう言われ、
山上さんと別れて教習に当たった。


なんか不思議なんだ、あの人は。
甘い事は言わないのに、何故か燃えてくる。
時間掛かるかもだけど、見てろ、
絶対なってやんよプロに…って気持ちに
なってくるんだ。






「小原さん、ようやくギアの繋ぎ良くなったけど、
相変わらず右左折は、
縁石からタイヤ離れちゃうねぇ…

バスの特性意識して毎回曲がる様に。
次回、隘路やるからね。教本読んで、
どうやったら良いかイメージしといて」


「はい、ありがとうございました」



日の沈むのが早くなって来た気がする。

大の不得意な車両感覚が原因で
多少教習を伸ばされはしたものの、

何とか一応無事その後の教習は進み、
仮検定科目までの教習も残り少なくなってきた。


その日最後の教習を終え
教習所の建物へと戻る時には
もう辺りは暗くなり始めていて、
鈴虫の声が聞こえていた。


…中々今日もご指摘をたくさん頂く1日だったけど、
最初の頃に比べれば減って来ている気がする。

もうちょっと…もう少しで見極め試験。
場内のテストをパスすれば、いよいよ路上教習だ。

この先また、どんな苦手が
判明するかも分からない。

また教習を延ばされても
出来るだけ早くリカバリー出来る様に
どんどん教習を入れていきたいけど、
明日は休みらしい。


定期的な休校日では無いけど、
イベント利用だか貸切だかで休みなんだそうだ。


…じゃあ…帰りにこないだ見つけた、
サウナ付きの銭湯でも寄って行こうか。


ちょっとばかり遠い所だけど、
緊張の連続で凝りに凝った首肩の血流も
行けば良くなるに違いない。
貸しタオルとかもあった筈だ。

頭はともかく、体だけでも
癒しておいた方が絶対良い。

うん、そうしよう。


荷物をまとめてさあ行こうかと駐車場に向かうと、
休憩所の端の喫煙所に見慣れたものが見えた。

ジャージ姿の大男…冬木だ。


「おーい、おつかれー。今日終わり?」


「おー、アイアイ」


良いところで会えた。
路上教習がどんなもんか
聞きたい所だったんだ。

ところが、暗がりから近づいて
よくよく見てみると、
明らかに機嫌の悪そうな顔をしていた。


「なになに、イラついてんじゃん。
どうしちゃったのよ」


「いやもー…どうもこうも無ぇよマジで。
教官の〇〇…もーアッタマ来たわ。
客だろ俺たちはよぉ。酷すぎんだろ」


「あの兄さん、声デカいですよ。
教習所内ですからねココ」


「関係ねーよ!もー何か言ってきても
俺もうアイツに返事しねぇからな!」


「ちょっと、やめときなってマジで!
こっち来て、タバコ消してさ。
コーヒーでも奢ってあげるよ」


「コーヒーで癒されるかー!
この俺の心の傷がよー!」


わざと聞かせてやるつもりで騒いでいるらしい。
言っても聞きゃあしない大荒れの様子だったので、
ジャージの袖を掴んで、半ば無理やり休憩所の中へ引っ張り込んだ。


「ヤバいって!養成で来てんのに
やり過ぎだって!何やってんの!?」


「だってよ、おかしいだろアイツ…」


「だってじゃないよ!!!
仕事で来てんでしょ私達!?違うの!?
子供じゃないんだから!
下らない事しないでよ!!」


私が見かねて怒鳴りつけると、
冬木は黙ってしまった。



益々この大男を怒らせたのかと一瞬怖かったけど、
見ると冬木は困った顔になっていた。
意外な顔つきに私も困惑した。


「…?何…?どうした?」


「…いや、ごめん。スイマセンでした」


「……は?」


「アイアイにそんな怒られると思わなかったわ。
…頭冷めました。
心配して怒ってくれたんだな。
俺みたいなモンを」


「…あの心配って言うか…うんまあ、ハイ。
…取り敢えずなんか飲もうよ。落ち着いてさ」


「いや、コーヒーとか要らん。
アイアイ、今日もう上がりだよな。
俺から一杯奢らせてくれ」


「奢り…一杯って…お酒!?」


「俺感激したわ。申し訳ないとも思ったし、
是非酒でもご馳走しないと気が済まねぇ」


「いやそんなん良いって!私バイクだし!」


「置いてっちゃえば良いじゃん。
明日教習は休みだけど、
何か出し物利用で一般開放してるらしいぞ。
明日取り来れるし…
今日はタクシー代俺出すからよ」


「ええぇ…?」


「快く受けてくれよ。じゃなきゃ気が済まねーし、
あと、ついでにさ、ちょっと一杯やって
気分切り替えてぇんだ。」


「飲みっすかぁ……」


「あー、男女で居酒屋とか抵抗あんならさ、
出たとこにコンビニあったろ、そこで酒買って
軽く飲もうぜ。それなら良いべ?」


「飲みたいだけじゃんか、最早…絶対それ」


「反省はしてっけどさー、何か気分良いんだわ。
同期が良い奴だって分かったから。
そりゃあ飲みたくもなるだろ」


「分かったよもう…軽く…一杯なら付き合うよ」


「おーし、行くか。早速」



結局…
冬木のよく分からない押しに負けて
10分掛からない位の所にあるコンビニまで
行く事になってしまった。

道中、冬木はさっきまでの顰めっ面が
嘘みたいに上機嫌になっていた。


「そういや冬木って、一人モンなの?」


「あ、家族?嫁さんに子供四人。
上は中学。あと馬鹿でかい犬が一匹。」


「六人家族!?お父さん大変じゃん」


「大変だよ。だから早く教習終わらせてよ、
さっさと正社員ならないとだわ」


「…前に、センター長やってたって言ってたじゃん。
お給料良かったんじゃ無い?
なんで辞めちゃったの?」


「まー…酒入ってからの話にしようぜ。
まずアルコールで喉濡らして…
…テキトーに見繕ってくるわ。
すぐ戻るから、そこで待っててくれ」


photo by inagakijunya

そう言われて、店前の車避けに
寄り掛かって待つ事に。

暗い時間なのによく
お客さんが来るコンビニの様で、
そこそこ人の出入りが多かった。

ものの2~3分で冬木は、
大袋片手にニコニコしながら戻って来た。

…一杯って話は何処行ったんだ?
一体何をどんだけ買い込んで来たんだよ…


取り敢えずビールっしょ、
と渡されたのは500ml缶だった。


「デッカいなぁ…いやまあ、良いか」


「アイアイ絶対イケる口だと思ったわ。
酒飲み同士は何か、分かっちまうんだよなー。
取り敢えずお疲れ!カンパイ!」



何処かに座りもせずただの店前だ。

学生の時の下校途中、
ジュース買ってダベるだけみたいな
シチュエーションで、テキトーに始まった飲み会。


…なのに、一口目のビールがやたら美味く感じた。
何だこれ、ビールってこんな美味しかったっけか…


「おおぉ…ビールー…」


「旨ぇな。今日涼しいし。
あ、イカ買ったわ。食う?」


「あーあ、禁酒してたのになぁ」


「あー無理無理。
ダイエットとかそんなだろ?」


「違うって。プロになったら
飲もうって思ってたの」


「なーるほどねー。わかるー」


「絶対分かってないわ。
そんな美味そうに、
フツーに飲んでんだから」


「美味けりゃ良いだろ。
気ぃ張ってばっかじゃミスるって。
人間そういう風に出来てっから」


「本当にアナタ管理職の人だった?」


「疑われてもな…
まあ会社入ったらホントだって分かるわ。
そん時の部下だった奴が
今働いてっから、小野原営業所で」


「元部下の人が…今バスの運転士って事?」


「そうだよ。そいつに口聞いてもらってさ、
養成制度やり始めたんだ、センター長辞めて」


「なんか…よく分かんない話だなぁ」


「あー、話途中だったっけ。辞めた理由?
まあ大した話じゃないよ。理由とか。


…一日中事務所居てよ、
パソコンの画面と睨めっこして
書類上げて…って…

もう俺にはムリだって思っただけ」


「そんだけ?ホントに?」


「マジでそんだけ。
給料確かに良かったし家も買ったけどさ、
もう無理だってなった。
働いてる気がしなかったんだわ。
すんげー長い。長く感じた、一日が。
だから…もう無理だってなったその日に
すぐ電話したわ、さっき話した奴に。

気持ちよく働きたいっていつも言ってた奴でよ、
結局センターも同じ理由で辞めてった奴だったからさ。

ソイツがその後ずっと働いてるトコなら
そういう仕事だろうなって思ってよ」



そう語り終える時には、
もう一本目のビールをカラにしたらしく
下に置かれた袋をガサガサとやり出した。


「はい、アイアイ…ストロング」


「いやまだビール入ってるっつうの。
どんだけ飲むの早いのよ」


「あー、酒が旨ぇわ。飲んじゃうよそりゃ。
同期が良い奴で、一緒に旨い酒飲めるってだけでも
転職して良かったって思うわ」


お酒が回ってきて調子の良い事
言ってるだけなのか、どうか…

実際にはどうか分からないけど、
ここまで言われてしまうと、
私までお酒が美味しくなってしまう。


私の事をしきりに良い奴と言うけど、
冬木自身もきっと良い奴なんだ。

確かに旨いよ、幸せな気分で飲めるお酒は。


「もう一本頂くよ。
…え、残り全部ストロングじゃんか!
アル中の人なのかな?」


「軽く一杯っつったしさ。
短時間勝負かなって思って」


「あーもーいいよ。何年ぶりだろコレ飲むの…」


「たまに飲むと、何かウメーんだよなコレ」


「あぁそうだ、私の話は聞かないの?」


「何を?」


「転職理由とか」


「あー…いいよ、悪ぃから。
なんか闇深そうだからさぁ」


「別に闇深くないわ!
チョイチョイ失礼だよなアンタは」


「いや、マジで大丈夫っす。楽しく飲みてぇし」



なんだかんだで結局二人で三本ずつ
色々語りながらお酒を飲んだ後、
冬木は本当にタクシーを呼んでくれた。

ちょっと小便して来るとか言って
店に入って、その時にササっと連絡した様だった。


まだ少しくらい飲んでも良い気分だったし、
帰るとか一言も言っていないのに、
酔いながらもちゃんと
頃合い見計らってタクシー手配したってのが
何とも大人っぽかった。


意外…と言ってはアレだけど…
やる事も口調も雑な癖に

ちゃんとシメる所はシメる、
カッコいい大人に見えて
私もこういうのを年重ねたら
出来るようにしようと思ってしまった。



良い気分だった。
新しい職場でそういう奴に出会えて、
仲良くなれた事が。


家に帰ってもう二、三本飲んで
もっと酔っ払ってしまいたい
気分にもなったけど、

それは流石にやめておいた。

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