見出し画像

案外空気の読める奴 【小説】ラブ・ダイヤグラム11


あらすじ

バス運転士になるべく、
大型二種免許の取得を目指し
自動車学校での教習を始めた「愛」。

同期となる大男「冬木」と出会い
ちょっとだけ心強く感じたものの、
教習はまだ序盤…。
運転を教わる、ある意味本番の
技能教習の始まる日が、刻一刻と迫っていた。


本文


「おー、アイアイ、調子どうよ」


「普通…って言うか…え?
アイアイってのは私の事?」


相変わらず教習所の座学の方は問題無くこなせていて、
あと数限でいよいよ技能教習…
バスの運転に挑む時が迫っていた。


…のだけど、

先日顔を合わせたばかりの、
同じ養成制度から入社を目指す
同期の冬木さん…と言うのが
やっぱり…とでも言うか、
ちょっと困った人だった。


「いやーアイアイ、
俺今日も技能教習よ。

毎回なんか緊張すんだよなぁ…
ちょっと茶飲んで気合い入れようぜ。
アイアイはブラックだっけ?」


「あぁどうも…って言うか、
アイアイはやめてくれる?」


「愛ちゃんでしょ名前?
だからアイアイで。
いやーもう落ち着かなくて
ダメだわ教習前は」


出会ってまだ何日も
経って無いと言うのにもう…
私の事を恥ずかしいアダ名呼ばわりだ。

私のクレームなど
まるで意に介していない…

そこそこ私より年上だ。

一応敬語で最初の頃は
受け答えしていたものの
いつの間にやらこの調子なので、

馬鹿馬鹿しくなって
普通にタメ口で接する様になった。


冬木さんも…いや、
もうサン付けも良いか…

冬木的にも「別にタメ口で良いよ、同期だし。気楽に来いよ」
なんて話もしてきていたので、
遠慮は要らないだろうと思う。



「あれ、アイアイは
いつから技能教習だっけ?」


「確かあと3限くらい学科やったら。
…ねぇ何か私のがなんか…
教習日数短くない?
何で一週間早く始めてるアンタに
追いつきそうになってるの私?」


「俺学科の時さー、
用事あってゆっくり受けてたから。多分それでじゃね?
…ちょっと見して、ハンコ貰う台帳。

…あれ?アイアイ
大型一種持ってんじゃん。
教習短縮するらしいよ、
一種持ってっと。
実際俺より短けぇんだよコレ」


「え、マジで…」


「マジマジ。学科は日数
変わんねぇけど、技能のとこホラ…俺のよりハンコ貰うとこ少ねえわ、
アイアイのやつ。

俺中型免許しか持ってねえから
超長ぇ。技能で…24時間。
アイアイは…18時間だってよ。
スゲーじゃん、6時間も少ねえ」


取得している免許の種類によって、
大型二種の技能教習の長さが変わるのだ。

私の様な大型一種持ちが
最短の18時間。

冬木の様な中型免許持ちが24時間。
普通車(マニュアル)だけだと34時間。

学科だけは共通で19時間だ。


…ヤバい。何がヤバいって、

養成制度で会社が持ってくれる教習の料金は、追加教習2限分までだと聞いている。

それがつまりどう言うことかと言うと、私は少なくとも冬木より6時間少ない教習で本試験までパスしないと行けない上…

ミスって追加教習にでもなったら
ガッツリ追加教習代金は持ち出しになってしまうって事だ。


「うーわー…マジですかー…
全然自信無いよ。
絶対追加教習になる私」


「会社持ちのオマケ教習、
2限分だっけ?
高く付かねえと良いけどな。
まー頑張ってよ。
じゃあまあ、一丁技能教習行ってくるわ!」


言いたいことだけ言って不安にさせて、サッサと冬木は休憩スペースを出て行ってしまった。


…今日学科が4限…
次の日が2限でもう技能教習か…
ヤバいわ。全く自信無い。


普通車の運転ですら
ボロクソ言われる様な私が、
人より少ない教習時間で問題無く
ハンコなんか貰える訳がない。

途轍も無いプレッシャーを抱えながら学科教習をこなし、
何とかその日の予定を終えたのだが、冬木にはその後タイミングが合わなかったと見え、
所内で顔を合わせなかった。


技能教習がどんな感じか聞いてみたかったけど、こんな時に限って
どこにも見当たらない。
仕方無くその日は諦めて家に帰った。


そして次の日だ。

今日の学科2限…コレを終えたら
もう技能教習が始まる。

明日は教習所の休校日なので、休み明けからとうとうバスの運転だ。

2限しか学科がない事もあって、
今日は午後から教習所へ向かうスケジュールだった。


…が、そうは言っても、
のんべんだらりと過ごそうなんて
心のゆとりも無い。


少しでも心を落ち着かせるべく、

コーヒーメーカーで
淹れたコーヒーを片手に
動画サイトに投稿されていたバス場内教習の動画を見ることにした。


予習、何よりも予習が大事だ。

受験勉強の時にも、
湧いてくる不安を払拭するのに、それ以外の方法など有りはしなかった。

けど、勉強と大きく違うのが
運転の予習と言うのはどう足掻いても、イメトレと大してやってる事が変わらない。

頭では理解出来ていても、
いざハンドルに実際触ってみない事には、本番でどう転ぶかなんて分からないのだ。


ダンプの一種免許を取得する時にも散々泣かされた。

対策が有って無いような
技能教習の難しさ。


少しでも安心する為に目を通した
技能教習の映像も、

「…めっちゃ縁石ギリギリでバス走ってんだけど…!!
出来んの?こんなの私…」

…と、イタズラに運転への
恐怖を煽るだけだった。


しかしビビっていても始まらない。
学科教習の始まる大分前に家を出た。



せめて、少しでも現場の空気感位には慣れておきたかった。

休憩所の、いつもの窓の所で教習の様子でも眺めていれば、
多少は気が楽になりそうな気がした。

着いたのは教習時間中で、
人もまばら。
妙に静まり返った校内を通り休憩所に入ると、奥の席で見慣れた大男が座ってるのが見えた。

こちらを見向きもせず、
やたら険しい表情で項垂れながら、
携帯と睨めっこをしていた。


「おーい、お疲れ様ー」


「おー?…あぁ…」

「教習中じゃ無かったんだ。」

「おー、この後技能1限で終わり」


昨日は張り切って
「これから教習だぜ!」なんて
イキリ散らしていた冬木とは、
別人みたいな元気の無さ…

…と言うか、どこか機嫌でも
悪そうな雰囲気だった。


教習で何かあったんだろうと察しがついて、どうだったか等とは聞かずに、代わりに努めて明るく、声を掛けた。


「まーお兄さん、
取り敢えず何か飲もうよ。
今日私が出すから。何が良い?」


「あー、……じゃあ酎ハイ」


「無ぇよそんなモン。
コーラでも飲みな。
いつも飲んでるし
コーラで良いでしょ」


「あー、良いよコーラで。
ありがと」


二人で窓際の席に座り直して、
校内を走る車の動きを目で追った。

…やっぱり明らかに冬木は元気が無くて全然話そうとしないので、
また私から話を振った。



「冬木って、仕事何やってたの?」


「あー俺?管理職してた、
食品とかの宅配事業の」

「…管理職って言った!?」

「管理職。小野原にある事業所で。センター長やってた」

「センター長…!?」


余りにも意外な経歴だったので、
馬鹿みたいに冬木の言う事を復唱する人になってしまった。

なんかテキトーだし、
ぶっきらぼうな話し方なもので
もっと荒くれた仕事をしてた人なのかとばかり思っていた。

用心棒やってたとか、もっと言えば山賊でしたなんて言われても
まあまあ納得してしまう様な冬木のイメージだったので、管理職…なんて
ちょっと想像が出来なかった。


「宅配事業…あぁ、
だから中型免許持ってんだ」


「俺は基本トラック乗らない
内勤だったけどさ、
一応免許持ってなきゃ
いけねぇって言われて
取ったやつだよ」


「そうなんだ。…それにしてもな、
管理職か…イメージ湧かないなぁ…」


「アイアイは…俺、当てたるわ前職。
……秘書だろ!」


「違います」


「あれ違った?
メガネ掛けてスーツでさ、
社長この後のご予定は…っつっさ」


「だから違うっての。
大型免許もってる
秘書なんてドコ居るんだよ」

「あぁ、そっか。
大型持ってんだよな」

「ダンプ乗ってた。
…その前はOLだったけど」

「OL…丸の内OLっすか?
ドラマで出てくるみてえな」

「マジでその丸の内OLだったよ。
入り口で受付やってた」

「マジで!?…あー…」

「何の「あー…」なの?
…何か腹立つな」

「いや、言われてみっと
確かに雰囲気あんなって思って。

…何でその後ダンプ乗って、
今度はバスなの?
全然業界違くねえか?」

「……まあ、色々っす。色々、ね」


事の経緯までは、
流石にこの場で語る気になれない。
あまり人に聞かせたく無い理由でもあるし、私は話を濁した。


冬木の性格の感じだと突っ込んで理由を聞いてきるかもと思ったけど、
急に冬木は不自然に話題を変えた。

「…あー、それよりさぁ…
マジで技能教習ヤベェよ、アイアイ」


何でコイツには気楽に付き合えるのか分かった気がした。
一見粗暴な奴だけど、
空気がしっかり読める奴なんだ。


男女っぽい妙な誘い文句や
詮索をしようとしないし、
超えて欲しくないラインってのも
不思議と理解していて、
話や態度で、意外とそれを
超えては来ないんだ。


多分…自分が凹んだ話なんかも
本当はあまり話したがらないタイプだろうに、私の地雷を踏みそうになったのを察してマズイと思って、
苦し紛れに打ち明けたんだろう。


良い奴なんだろうな…と思った。


「何よ、何かあったの?」

「ボロクソだ。ボロックソに言われながらだったわ、45分もよ?
流石にヤベェって」

「左右確認が甘いとか
そんなのでしょ?」

「全部。全部だよ!超細けえの!!
マジ腹括っといた方が良いぞ。
最後の方、指先の動きにすら気ぃ使うから」

「ちょっと、脅かさないでくれる?
明後日から私もやるんだからさー」

「脅かしてねぇって!
マジな奴!現実なんだって!
ぜってー最初は教習者の
心から折りに来るから」

「予習甘いからだって。
油断してたんじゃ無いの?」

「あー…言ったな?そうかそうか。
後でアイアイがソコで項垂れてても、
俺知らないからな、コーヒー奢んねえぞ」

「心配要らないっすよー。
メッチャ私教習動画見て
予習してますから。
大袈裟なんだよなぁ」

「ワハハ!!マジでか!
いやぁ…アイアイの初技能教習、
スゲー楽しみになってきた。
明後日超楽しみだわ。
言っとくな。絶対無理だから」

「丁寧にやってないからだよ。
右よし、左良し、前よし…って。
雑にやってたんでしょ?」

「いやー、聞いたからな。
こりゃ面白ぇ面白ぇ…
初技能の時間教えてな。
是非ここの窓から、指導受けるアイアイの勇姿が見てえから。
…あ、時間だわ。ありがとねコーラ。頑張ってくるわ!」

「あいよー、頑張ってね」


別れ際には下を向く事なく、
いつもの調子でノシノシ体を揺らしながら冬木は休憩所を出て行った。

笑ってくれて良かった。


…しかしその代償として、
私は大口を叩いたが為に
恐らく技能教習後には
冬木に「それ見た事か」と笑われる事になりそうだ…


…まあそれでも、同じ所を目指す冬木が私に心許して愚痴ってくれたのが、少しだけ嬉しい。


その日の学科教習の終わり、
カウンターに行って、ついに技能教習の予約を入れた。


ある意味、ここから。本番は。

休み明け1日目、朝一番の教習。

正直ダンプを辞めてから時間も経っていて、大型車に触るのすら久々の感があるけど、そんなこと言ってられない。

やるしか無い。

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?