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近況(近況とか)

毎日溺れてるように過ごしてる。見る人によってはかわいそうにも見えるだろう。だけど溺れに来てるので、いいでしょう。

漫画

僕が今取り掛かっているのは主にこれだ。
「ベルリンうわの空」:ebookjapanアプリで連載中
「ビルドの説」:自主連載
「香山哲のファウスト」:自主休載中

「うわの空」は隔週連載、ページ数が増えたけど、こなせている。短いページに無理やり収めるより、自分らしい流れやまとめかた、感じたことを封入できるのでありがたい。確実に自分にとっていい感じになっています。読んでくれてる人のおかげです。

「ビルド」は今年まだ1回も更新できてない。描き貯めてるわけでもなく、ただただ僕が、冬で体調が悪くて描けてない。SNSなどで褒めてくれている人や面白がってくれてる人を最近よく見かける。描くために、まず体調を整えるし、整ったら体力を増やそうと思う。今の体力では難しい。まさかこんなにストレートな意味で自分自身をビルドする羽目になるとは。

「ビルド」が終わったら「ファウスト」を描く予定です。ビルドの漫画を描ききれば本にします。文章もつけて、1000〜1200円で買えるような感じを目標にしています。お金を持ってる人が買ってくれれば、また次も僕が描く漫画を無料公開できるようになって、それをお金のない学生とかが読めたりする感じを夢見ています。

体力

自分は体が弱くてうんざりしているのですが、まだまだ何かすれば強くなる余地が十分あると思っています。ですが、

自然の暴力

何かを、たとえばトレーニングを、やっと10日やったぞというところで、急に気圧が狂った日があり、そこでまんまと体調を崩してなかなか立ち直れなくて気が狂ったり、そういうことでいつも人間は自然の暴力に泣かされています。

それでも、ストラグル(あがき・もがき)・溺れを乗り越えて、今や体力というものに向き合わないといけない時が来てしまっていると日々感じます。

体育の呪い

僕はこの肉体を、たかが数十年で乗り捨てる気で、ひどく雑に使い、ときどき他人の機体のほうが優れていることを嫌に思い、ますますこの肉体をどうでもいいものに感じたりしてきました。

そういう姿勢は、小中高校での「体育」の影響が強い。運動やスポーツが「そういう人らが愛するもの」で、自分の人生からは「できるだけ遠ざけるべきもの」と完全に固定してしまっていて、長く生きてきてしまった。

だけどもちろんそれは珍しい姿勢で、狭い学校や地域の世界を出れば「いい詩のために毎日走る」という人や「高い計算能力のために筋肉量を調整する」という人。つまり「良い毎日のために鍛える」人によく出会う。それでも10年間ぐらい、真面目に取り組めなかった。

だけど

僕は先月37さいになって、今後どんどん肉体が弱くなっていくはずだ。でも、そういう気配はまだないどころか、去年引っ越してから白髪が全然なくなっちゃったり、風邪も前より引かなくなった。この機運を利用して、真剣に地道に取り組んでみようと思ったのだった。

この影響がうまく表れて、ちょっとずつ多く漫画が描けたりするのは、さらにもうちょっと後になるだろうけど、やっていくしかないし、こういう気持ちによって少しでも「生きていたくなさ」に抗っていくのも自分の人生だなと思う。

おわり