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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第197回 第163章 兄、乱心す

 弟の私からは兄は堅実にキャリアを積んでいるように見えていたし、兄自身、社内での待遇にこれといって不満はなかった。ところが、大統領選挙がらみの長期取材をきっかけに、アメリカという他のどこにもない、輪郭のはっきりした個人が作っている、いつも動いていて落ち着きのない、特殊にして世界最大の民主共和国における人々の日常的な大胆な転職の様子を見ているうちに、自分はこれでいいのか、と疑念を持つようになっていった。さらに、高齢化社会の一層の進行で、自分の定年後、もしかすると110歳ぐらいまで生きるようになるかも知れない、と想像すると、自然災害、財政破綻、戦争・内乱など大きな障害が生じる可能性が否定できない以上、数十年間も年金受給ができるのだろうか、できたとして、何をして日々を過ごすことになるのだろうか、と糸巻きを繰り返しながら自問する日々が続いた。
 また、知り合いになった数校のロースクールの若手の准教授や教授たちと様々な議論をしていくにつれて、アメリカの裁判官に定年がないことにも強い印象を受けた。司法権を守るために、何歳になっても、本人が辞めると言い出さない限り解任することが許されない厳格な権力分立制を取っているのだ。連邦最高裁だけを見ても、フェリックス・フランクファーター判事、アール・ウォーレン判事は、それぞれ79歳、78歳という高齢まで務めてから辞任し、ルース・ベイダー・ギンズバーク判事は87歳で在職死した。年齢制限を設けるべしとの提言をする議員もいるが、憲法改正はまず無理だろう。そこからの類推で、将来自分が放送局を定年退職した後で、アメリカの判事でなくても年齢に関係なく、例えば90歳を超えてもできるやり甲斐のある仕事はないだろうか、と検討してみた。いくつか候補が浮かんだが、一番有力なのが弁護士業であった。これならおそらく、仮に車椅子生活になってもできるだろう。
 一橋大学法学部在学中には、合計3つのゼミに所属していた。憲法、民法、民事訴訟法である。ゼミ発表の負担は重たかった。不勉強で、自分が担当の回に重要な論点を2つも外したレジュメを提出してしまったら、もう周りの目が辛くてイチョウとサクラの並木を歩けなくなってしまうだろう。法学部生の日常生活は、1%の汗と99%の冷や汗からなっているのである。同じ学部の同じ学年というだけで、直接の面識がなくても親近感が湧くのだが、特に同じゼミ(演習)に所属していた学生たちには、きつい法律論議での生傷をなめ合った仲間として、特別の親しみが薄れず、懐かしさを覚える。例えば、柔道の得意だったHerr Shiningen Puits de Roche氏など。
 こうして、人生半ばにして、以前から時々部分的に耳に入っていたその元ゼミ生たちの活躍が俄然気になりだした。その中から、すでに複数の国会議員と知事1名が誕生していたのだ。極めて優秀な連中だったと言っていいだろう。
 そうしているうちに、自分も記憶力の減退が始まる前に能力ぎりぎりの努力をして、かつて学部生の時に1回のみの挑戦で諦めていた法曹資格を取りたいと闘争心が次第に掻き立てられていった。そしてついに、ある満月の夜に月に向かって変・身〜しながら、「おれは人生二毛作にするぞ!」と雄叫びを上げ、妻にも相談せずに転職を決意した。まったく軽率で傍迷惑な男である、兄は。しかも、周囲の予想を裏切る人間である兄は、家族の反対を押し切って超早期退職して退路を断ってしまったのである。収入ゼロの素浪人。それでホントに大丈夫なん?、と思っていたら、東大法科大学院に入って新司法試験に初回受験で合格してしまったのだ。ひょっとして頭いいのか、あいつ。
 国立市での学部生時代以後、主要な法律のいくつかが大改正されていた。新たな立法も相当数ある。前は商法などは古文の世界であり、文体は分かりにくく、しかも漢字とカタカナの表記だったのだ。画数が多いので、六法で条文を調べようとするとページはその分黒っぽいのである。その後現代語化されたのは当然のこととしても、せっかく勉強したのに、法文が変わってしまってはどうしようもない。例えて言えば、不動のはずだった地殻が時に大きく変動して、その上に立っていられなくなるのが法律家の人生である。
 各種の六法だって昔より何割も重たくなっていた。だんだん紙製の鈍器に近付いているのだ。いや、すでに殺傷能力の閾値を超えて十分使用可能な「既遂」水準に達している出版物も生じているのかも知れない。こうした商売道具を全部リュックに入れて受験塾に向かおうとすると、体の重心が後ろ過ぎて、首から上はまるで仰向けにひっくり返ったカメが起き上がろうとする姿勢のように見える。

第164章 気の進まない弁護士事務所に入る https://note.com/kayatan555/n/nbf1262aa44f0 に続く。(全175章まであります)。

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