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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第204回 第170章 セシちゃん登場

 うちの庭に英語ではEurasian red squirrelというエゾリス夫婦が住み着いた。何となくオスに見える方がせわしなく動く様を見ていると、まるでボク自身の人生を見せられているかの気分になる。一瞬止まる撫で肩の後ろ姿に哀愁が漂う。Don’t carry the world upon your shoulders. どや、そこのテーブルで一緒に北海道ウィスキーをロックで飲まへんか。数メートル離れたところで肩に紫色のベルベットのケープをまとい、縁に宝石をぐるりと埋め込んだように見えるメガネをかけた顔を北米原産のアカナラの洞から出して、芝生を見下ろして時々ホイッスルを「ピピーッ!」と鳴らしているのは奥さんの方だろうか。密かにセシちゃんと名付けることにする。
「あら、わたしにもグラスちょうだい。ここの庭からの眺め最高」
 というやり取りがあって数時間後、ドアの下の方をノックする小さな音がしたので開けてみると、表面を磨いてリボンを付けたドングリを1個ずつ持って、この夫妻が改めて礼儀正しく引越の挨拶に来た(はーい、こちらこそよろしくね。チミたちの言葉で、こんにちはとありがとうは何て言うのか教えてね)。8年越しの交渉が実って隣接地を買収できたからこそ、その2匹が巣にした木を大きく育てていられるのだ。
 うちの子どもたちが小学校高学年から高2ぐらいまでのころ、それぞれの友だちを連れてきてはバックヤードで盛んにボールを入れていたバスケットボールのゴールがまだ残っている。あれを設置したときには、何年かうるさくしますが、我慢してくださいと、近所の家々に頭を下げてお願いに回ったものだ。英語には、バスケットボールをする、というときに、標準的な play basketballの他に、shoot hoopsという表現がある。フープとは、1960年代に流行ったフラフープのフープ、つまり輪のことである。バスケットのリング状のゴールのことをhoopというのだ。
 リスたちがうちの書斎の窓の外でシンクロでフラフープをするのではなく、そのゴールのネット上に2匹揃って寝転んで、サングラスをかけてファッション雑誌などを読んでいることがある。うまい具合に枯れ枝や蔓を編んで穴を密に塞いでである。
「これなんかキミに似合うんじゃないかな」
「あなた桁1つ少なく読んでるわよ」
「シェー、高いざんす」

第171章 山茱萸 https://note.com/kayatan555/n/n46d555d6f822 に続く。(全175章まであります)。

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