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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第42回 第35章 幼稚園の軽いヤツ

 ボクのうちのあるお寺から近い場所に住んでいた調子のいい奴が、朝幼稚園に着くと、すぐにある女の子のところにスキップして行って、「おい、おれたちろくがつにけっこんしよーぜ。そーゆーの、じゅんぷらいどってゆーんだぜ、しってっか? ちょきんしてっから、さんかげつぶんたまったらこんやくゆびわやるぞ」と、毎日言っていたのである。その母親がマリアージュ何とかという異性交流紹介業をしていた影響だったのだろう。つまり、ごっこ遊びであった。そのような会社の名前にはカップルの「2」を意味する単語が使われることがあるが、2という意味なら何でも良いわけではなかっただろう。
「あら、素敵な旦那さんね。ねえ、どこでめっけたのよう。正直に白状しちゃいなさいよう。同じバレー部でウニ、違った、鬼コーチの指導で練習した仲でしょ、私たち。(星の瞳で)あれが私たちの青春だったわ(キラキラ)」
「ええ、海底牌を盲牌したらリャンピン(二筒)引き当てたの。そのせいで彼、目玉が大きいの」
(「私の彼は、メガネザル」)。
 このすこぶる軽い幼稚園児は(「ぼくちんのじてんにわ、はんせいとゆーことばわない」)、お目当ての女の子にシカトされ続けても、まるで羞恥心も学習能力も記憶力もないかのように、連日攻勢を止めなかった。ある意味、これぞ男の生きる道である。その女の子は心の中で思っていた。
「ふんっ、まいにちまいにち、しつこい。わたしわりょうけのおひめさまなのよ。ままがそーいってるからそーなのよ。あんたなんかとけっこんしてやんないわ」
 ところが、ある日、親のひとりがフランス人の女の子が入園してきたのである。個々のDNAがどのように発現するかは事前予測できないだろうが、その子の場合、少なくとも今のところはフランス人の特徴の方がより優勢に現れている様子で、目は碧く、髪もブロンドだった。まだ他の園児と同じ5歳だが、「いみじく生ひ先みえて、うつくしげなるかたちなり」(『若紫』)。すると、この男の子はいつもの女の子の前は破廉恥かつ薄情にもあっさりスルーして、何とかしてこの新しいコの気を惹こうとばかりに、まだ若いお婆ちゃんに髪をばっちりリーゼントにしてもらい、目にはターコイズブルーのカラコンを入れ、両手を前後に伸ばしてひらひらと魚の鰭のように動かしながら奇声を上げ、中途半端に歌詞を覚えている流行歌を2〜3曲、力(りき)を入れて唸って、最後にカズの決めポーズまでやって見せたのである。これが毎朝4日間続いた。そこで、元の女の子はもう憤懣やるかたなく、次の日の朝、男の子が自分で作詞・作曲したらしい歌を「きんぱーつ、ぱっつきーん、ぶろんでぃー。うぃ、せさ、じゅてーむ」と歌いながら前をカニのように横になってスキップで通り過ぎようとすると、立ち上がって両手を大きく開いて通せんぼをした。
「ちょいとおまちでないかえ、おまいさん(髪は文金高島田に変わっている)。ねえ、さいきん、どーしてわたしのところにきて、けっこんしよーぜっていわないの?」
「えー、だって、いつもふーん、かんけーないでしょっとかいってたのに」
「でーもさあ」
「おれたちなにもしてないぞ」
 すると、女の子は、「なによ、わたしというおんながありながら」と怒ったのであった。ふたりともまだ小学校にすら入っていないのにである。これは拙者自身の話ではない。

第36章 両国へ https://note.com/kayatan555/n/nd0c37b03d552 に続く。(全175章まであります)。

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