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私の新聞奨学生生活⑵パワハラと給料未払い編

配属先の販売所には、ほんとうにさまざまな境遇の学生がいた。父親が突然失踪した学生、借金を抱えていた父親が急死したという学生、小さい頃から母子家庭で父親が何人もいるという学生…両親の工場経営が傾いたという私などまだまだ甘ったれている、と思えるほど、壮絶な学生が多かった。

そしてどの学生からも、「自分の力で人生を歩んでいくんだ」という気概がほとばしっていた。誰も助けてくれない、自分の力だけでどうにかしなくては、という背水の陣を、誰もが背負っていた。

だから、誰もが仕事がきついことを当たり前として配属される。きつくてもやり通して、人生のスタートラインに立つんだという意志を持って。途中で辞めたらスタートラインにも立てずに、ぐだぐだな人生を歩むことになるだろうと、誰もが強烈な危機感を持っていた。

目次
~⑴セクハラ編
 *お客さんからのセクハラ
 *職場でのセクハラ①~⑧
~⑵パワハラと給料未払い編 ←今ここです
 *パワハラと給料未払い①~⑩
~⑶過労・うつ・自殺未遂・産婦人科・退会編
 *そもそも初めからおかしかった①~②
 *過労でうつになり自殺未遂して倒れたら産婦人科に連れていかれた①~③
 *退会前後に言われたこと①~③
 *私は両親を消費者金融に通わせた
 *私は完全におかしかった

パワハラと給料未払い①∼⑩

学生の気概や意志や危機感に対して、育英会(奨学会)や販売所が応えようとしていただろうか?と思い起こすと、そこには大きな「?」が浮かぶ。いい様に使われた、替えはいくらでもいた、学生は使い捨てだった、という思いが強い。

そして、使い捨てにされるまいと制度にしがみつく学生を、支援する立場のおとなたちが、ざっくざっくと切り捨てて行ったというのが、私の実感だ。

仕事のきつさに耐えきれず辞めた学生、給料の未払いに耐えきれず退会した留学生。学生に寄り添った対応など皆無だったのに、いざ辞めたらどちらも間をおかず、新しい学生が補充された。まるでなにごともなかったかのように。

怒鳴り声や罵る声、パワハラや給料未払いが当たり前の日常から、誰も、なにも、助けてくれなかった。

①途中退職したら借入金の一括返済が必要

新聞奨学生制度の一番の難点で欠陥で諸悪の根源はこれだと思う。

「途中退会するなら奨学金の一括返済が必要」

そんなことができる学生が、こんな制度を活用するだろうか。一括返済できるような学生なら、せめて日本育英会(日本学生機構)の奨学金を借りている。

借金は金持ちができることだ。

私が新聞奨学生をしていたのは20年前から18年前。新聞奨学生制度が貧困ビジネスと言われるゆえんであるこの一括返済の規則。さすがに変更されているのだろうと、気持ちの重苦しさを我慢してサイトを覗いてみたら、変更なし。まじか…

②給料未払い=育英会は頼りにならない、本社はお茶を濁す

私が最初に配属された販売所は、経営がうまくいっていなかったこと、所長が酒好きであちこちツケで飲み歩いていたこと、などがあって、配属3ヶ月目くらいから、給料の支払いが遅れ始めた。

所長に「給料ください!」と直訴しても、「あ~明日払うよ」と言って次の日はトンズラ。「いつ払ってもらえますか?」と確約を取ろうとすると、「今たいへんなんだよ、わかってよ」という。

さらに、夜な夜な少し離れた自宅から所長の奥さんがやってきて、「生活費出しなさいよ!」「いや、今無くて…」「出しなさいって!!」みたいな夫婦喧嘩が階下で繰り広げられる。2階でレポートに追われる学生はうんざり。仕事のすき間でひと休みしようにもうんざり。

育英会は「いつでもどんなことでも相談に乗るよ」というものだから、育英会に飛び込んで担当を捕まえて現状を話す。明日のご飯を食べるお金もあやしくて、どうやって勉強できるのか?と話すも、「経営は手が出せない」とのこと。

それならばと販売所を管理している新聞本社に問い合わせしてみた。育英会担当が出てくる。今度こそ!と思っていると「販売所は個別の会社なので、手を出せない」という。

では「育英会は学生の味方ではないのですか?」と聞くと、「育英会は人材派遣会社なんですよ」とのこと。つまり味方ではない、突っ込んだ相談には乗れないと暗に言われた。

こんなことをあちこちで聞いて回っていると、当然所長には嫌われる。育英会では煙たがられる。本社は嫌がる。八方ふさがり。

③労基署は「調査したら勤務できなくなります」

内々にいくら動いてもらちが明かないので、思いついて、労働基準監督署に電話してみた。「新聞奨学生です。販売所が給料を支払ってくれません。どうにかしてください!」「労働契約違反ということで調べることができます」やったー!

しかし続けて「捜査に入るとどうしても告発したひとの名前もわかります。これまでの職場に居づらくなりますが、大丈夫ですか?」なにそれ?ここを辞めて、次の店が見つからなかったら途中退会、奨学金の一括返済が待っている。辞めてもよいはずがない。

しばらく電話口で押し問答。事態変わらず。私は諦めた。気まぐれな所長が気まぐれに支払ってくれるまで、待つしかない。

その後、私の給料が遅れることはなくなった。育英会、本社、労働基準監督署と私が聞きまわったことを知った所長が、私の給料だけは遅らせてはまずいと悟ったらしい。

そうして遅れずに渡される私の給料の陰で、同じ販売所の学生たちの給料は数ヶ月単位で滞納されるようになる。「麓さんの給料は出たんだね」というため息の中には、「麓さんのせいで俺の給料が遅れる」という責めを感じて、居心地が悪かった。

④所長夫妻曰く「いつでも部屋に入る権利がある」

結局、給料未払いした所長は私の1年目の終わりに首になり、新しい所長がやってきた。学生が使い捨てなら、所長も使い捨てらしい。

新しい所長は土木会社の経営をしていたひとで、年の離れたパキスタン人の奥さんと子どもたちを連れてきた。経歴として聞こえはいいが、「結局失敗者しかいないのか?」というのが学生間での会話だった。

その所長と奥さんがよく言っていたのが「あなたたちの部屋は私たちが貸しているんだから、私たちはいつでも入っていい権利がある」冗談じゃない。女子学生なら下着も干しているし、男子学生だって誰はばからずのんびりする権利がある。

そもそも防音などされておらず、壁のすき間から隣の電気が見える、ため息すら隣の学生に聞こえるというレベルの古い販売店。そこに、いつ抜き打ちで入室検査されるのか?という落ち着かなさが加わった。

⑤自室に居ればいつでも呼び出される(長時間拘束)

配達を終えて自室でホッと一息ついていると、いきなり部屋の戸をがんがん叩かれて、「○○さん不着!」と言われるのは、届け忘れた自分のミスだから仕方ない。でも、既に登校してしまった学生は免除だし、つまるところ、時間の区切りがまったくないのが問題。

自室に居れば、何時であろうと、勉強していようと、のんびりしていようと、突発的に呼び出されるのがつらかった。なにをするにも集中できない。24時間365日、勤務態勢だとよく思った。つらい。

⑥勉強していても信用されない「どうせ遊んでるんでしょ」

先に書いたように学生は必死だ。単位を落としている場合ではない。しかし、新聞奨学生は激務だ。加えて生活時間帯の不規則さ、上に書いたようにいつでも呼び出しが来る拘束時間の長さもある。学生は必死で勉強時間を確保する。

しかし、この学生の必死さを、雇う側の所長たちは理解しなかった。部屋にこもれば「どうせ寝てるんでしょ」自習室にこもれば「どうせ遊びに行くんでしょ」理解されて応援されることを望もうとは思わないけれど、初めから学生を信用するつもりなどない態度はつらかった。

⑦ケガをした学生仲間の担当と合わせて2区域集金した(報酬なし)

販売所内で比較的仲の良かった学生が大ケガをしたことがあった。必要な人員しかいない販売店だったので、完治するまで全員が休めなくなった。配達はどうにかなったけれど、集金どうしよう?と青ざめる学生がつらくて、私は「私がその区域の集金やります」と手を挙げた。

500部配達しているのだから、当然集金先も500件ある。自分の区域と合わせて1000件。その頃隣の他紙の販売所に勤務していた夫は、当時を思い出すと「狂ったように集金していたね」という。自分でも狂っていた感は強い。

しかし、所長はその分の報酬をくれなかった。「麓さんが自分からやってくれたから」という理由だった。500件の集金をボランティア扱いする経営者。なんなん?

⑧2年目の秋にでっち上げ情報で退会か?異動か?を迫られた

⑴で述べたように、私は売春婦扱いされ、仕事をさぼるとんでもない子扱いされ、店の問題児扱いされて、退会騒ぎになった。

あまりの言われように、ショックで記憶も曖昧なのだけれど、所長が育英会の担当者に「新規開拓なんて店内で一番ダメ」と言っていた記憶が濃厚。店内の業績表を見れば、私がトップで取ってきているのがわかるのに、育英会の担当者はついに店まで見に来てはくれなかった。

所長夫妻との話し合いの中で、両親、特に母親が疲弊した。娘を売春婦扱いされて疲れない母がどこにいるのか。話し合い直後の疲れ果てた両親に、育英会の担当者が悪びれることなく差し出したものが、貸付奨学金の一括返済の請求書だった。

払えないのと娘を売春婦扱いされた悔しさで、母は「別の店に行けばいいじゃない」と言い、私も心機一転のチャレンジを試みた。

結果は、完全に読みが甘かった。

元の販売所の所長の奥さんが、あたらしい異動先の販売店に電話をかけて、あることないことすべて伝達済みだった。私は売春婦として、新しい販売所に異動したことになる。

⑨「配るの早いから」と男子学生より100部多く配分された(事務もあり)

新しい販売所は⑴で述べたように、女子学生のみ店舗事務が付随する方針だった。事務の分、配達の部数は少なめ、というのが建前ではあった。(配分される女子学生からすれば、全然平等には感じられなかったのだけど)

都心から郊外へ異動した私は、異動先の配達がのんびりしていることにびっくりした。そんな中で早く終わらせて早く登校したい私は、それまでどおりのスピードで配った。当然「早いね」と言われる。ちょっと鼻が高い私。

変化はあっという間にやってきて、鼻など高くしている場合ではなくなった。毎週のように数十部単位で配達部数が増やされた。「かよさん配るの早いから、ここもお願い」という風に所長から言われるといやだとは言えない。

1ヶ月程で私の部数は200部ほど増えた。朝刊をずっと走って配らないと規定時間に終わらない感じになって初めて、私は周りの学生の配達部数を聞いて回った。男子学生で一番多く配っているバイクのひとが、私よりも100部少ないことに唖然とした(私は自転車)。

当たり前だけれど、事務作業は変わらずやらねばならない。私は毎日大学に早く登校したかっただけなのに。もちろん、私が男子学生に聞いて回ったことも所長夫妻の耳には届いていて、「やっぱりこの子は問題児?」となった。

⑩自室の下の部屋に所長の子どもが住んでいて告げ口していた

新しい販売所は大きくて、学生の人数も専業の人数も多かった。店内で学生の部屋を賄えず、少し離れたところにアパートを棟で借りて学生に割り当てていた。

学生は少し監視の目が緩む気がして嬉しかったのだけど、残念ながら、私の自室の真下には所長夫妻の子ども(高校生くらいだったかな)が住んでいて、帰宅時間や様子を逐一報告していた様子。

学内の自習室で終電ぎりぎりまでレポートをやって帰って来た時など、しばらくすると「かよさん、最近帰りが遅いみたいだけど?」なんて所長に言われると、ぞっとした。

後からわかったことだし、だからなに?とも思うことがある。

所長夫妻は実は戸籍上は夫婦ではなく、所長は別のひとと婚姻関係にあったらしい。事実婚を軽んじるつもりは到底ないが、飲み屋で出会って不倫するようなひとたちにあれこれと詮索され、密告され、細かなことを言われていたのかと思うとバカらしい気分になった。そして、⑴で書いたようなセクハラ発言も「あ~そりゃそうだね」と腑に落ちた(そういう話ではないのだけど)。

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新聞奨学生には私立大の学生が多い。一括返済などのリスクを考えると学費を抑えられる国公立大にすべきところなのだが、私学が多い。なぜか?合格したら入学金を納めてキープし、国公立の試験に臨むという技が使えないからだ。

そして、途中で辞めるかも、なんて思って入会してくる学生はいない。一括返済など不可能だと身に染みて知っているから。だから「どうせ辞めないのだから、高くても私学の学費を借りればいいや」と考える。

事実、行きたい国公立があったのに、諦めて私学にした学生が多かった。それほどまでに、誰もが進学したかったのだ。私はダメだったけれど、他のみんなは卒業できていますように。

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私がこれからやりたいこと

こんな文章を書いて、今更所長や所長の奥さんや、育英会や本社を謝らせたいわけではない(そんなことも思うけれど)。私はそれよりも、現在勤務している新聞奨学生の現実がどうなのか?を知りたい。パッと見たところ、制度に大きな変化はないようだし、同じことが繰り返されてはいないか。私が経験したことと同じことが今も続いているなら、私は許さない。

私がやりたいことは3つ。
 ①新聞奨学生にインタビューして現実を記事にしたい
 ②変えるべき制度のゆがみをあぶりだして提示したい
 ③新聞奨学生制度を安心して頼れる制度にしたい

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ほかの記事はこちらです→⑴セクハラ編⑶過労・うつ・自殺未遂・産婦人科・退会編

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