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シェフ、美味しかったです。

「ドイツ料理のお店はどう?」
「いや…。ドイツ料理は不味いイメージしかないので、出来れば他がいいなあ…(-_-;)」

友人とのランチのお店選びでの会話である。
私はドイツ料理を酷く不味い!と思っていた。それは、何も私の妄想ではない。実感としての印象である。
卒業旅行でヨーロッパを巡ったのだが、その時にドイツにも足を運んだことがあるのだ。勿論、ドイツ語はダンケシェーンくらいのものである。中学生レベルの英語力、後は英会話教室での外国人慣れとノリで乗り切った。なので、うまく要求が伝わなかったこともある。
そして何より、後に一世風靡した?!猿岩石よりも前に、女三人でのバックパッカー旅行だった。小奇麗なお店に入れるはずもない。…としても、ドイツの料理は口に合わなかった。砂糖の甘さと塩辛さ。それのみに感じたのだ。ドイツで美味しい!と感じたのはやはり、ソーセージやハムの類、そして、飲めない私がごくごく飲めたビール。これしかないと思っていたのだ。

それから、何年か経った頃、美味しいとの噂を聞いたお店がそのドイツ料理のお店だった。
「ずいぶん前だけど、ドイツ料理は不味いイメージしかないって私の一言で、他店にしたんだけどさ…、美味しいらしいから、行ってみませんか?」
そうして、ついにドイツ料理本当に美味しいのか?視察が決まったのだ。

時々そのお店を前を通ることがあったのに、全く興味が無かったので見過ごしていた。白壁と薄茶のレンガ、いくつか並んだ小窓はデザインアイアンで飾られていた。中に入ると、真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルが行儀よく並んでいる。隣との間隔は絶妙に保たれていて、仕切りなどなくてもプライバシーが守られた。座り心地が最高の椅子が、とてもいい気分にさせてくれた。
とは言え、私が気になるのはお料理である。見た目には騙されませんぞと言わんばかりにメニューを見やる。比較的良心的な値段に一安心してじっくり見る。
出ました!ソーセージ。それは私も認めましょう。実に美味しかったです。メニューのソーセージはお皿が小さく感じる長さのモノだった。
そして、ザウアークラウト、ジャーマンポテト…。キャベツとジャガイモ玉ねぎカボチャ…ばっかりじゃないか。文字を見ているだけで喉が渇きそうだ。
とりあえず、ランチのコースを注文した。フリカデル、ドイツ風ハンバーグとシュヴァイネ・ブラーテン、豚のオーブン焼きである。私たちはこの二つの度定番メインメニューを少しシェアすることにしたのだ。何とも口卑しい二人である。

最初にこれぞドイツ!と出てきたのは勿論ソーセージだ。ボイルしたものと焼いたものがそれぞれに置かれた。どちらにもザウアークラウトがマスタードと共に添えられている。弾ける旨味にザウアークラウトの酸味がいい!そこにマスタードの絡みが合わさってスッキリする。ザウアークラウトはこんなに美味しかったかしら?
そして、お次は小さなコロッケとサーモンのカルパッチョと生ハムサラダがそれぞれに置かれる。コロッケはメインでは?と思ったが、小さく軽いのでパクリと無くなる。ジャガイモ料理はきっとお得意なんでしょうね。美味しゅうございます。カルパッチョの方は上にかけられたジャガイモの細切りのフリッターが香ばしいアクセントなって最高だったらしい。
玉ねぎのスープはトロントロンでずーっと口に運んでいたいほど優しい味だった。それに、パンだ。パンが異様に美味しい。本場ドイツのパンを冷凍輸送したものだそうだが、パリパリフワフワで買って帰りたいくらいだった。出てくるパンが薄く切ったフランスパンで、それが湿気たようなモノだと心の底からガッカリする。
そしていよいよ、メインである。美味しい…。ハンバーグは食べ慣れているはずなのに、新鮮な気がした。オーブン焼の方も皮までうまい!。ソースが美味しい。またか!そしてこれほどに!とメインの下にあるマッシュポテトは、悔しいかなもう少し食べれるほどもっちりと美味だった。

ずっと美味しいを連発していたことに驚きである。ドイツ料理が美味しかっただなんて。きっと、すこし日本人向けにアレンジしているのだとは思うが、何年も不味いものと思っていた事を申し訳なく思った。

…と、満足に浸っていると、ゆさゆさと長い影が近づいてきた。シェフである。たぶんドイツ人だ。ドイツ人のおじいさんシェフだった。長身だが、少し腰が曲がり気味のおじいさんシェフが、最後のデザートプレートを運んでくる。これはどうやら決まりごとのようだ。きれいな受け皿に華奢なガラスのグラスで盛り付けられたデザートだ。慎重に運ばれてくる。
コースを頼んで、最後に出てくるデザートがお皿にチョンとのったケーキの切れ端ほどのモノだとすごくガッカリする。先に述べたパンもしかりだが、デザートの美味しいお店はすべてが美味しい。ここのデザートは最後のウキウキを分かっている。
どんな人が自分の作った料理を食べてくれてどんな顔をしてデザートを待っているかを確かめるように、
「どうぞ。」
と少し訛ったような声をかけた。
「美味しかったです。」
思わず、言葉が出た。本当に美味しかったことと、懺悔の気持ちを少し。
キレイに飾られた小さな3つのデザートにお腹も心も大満足した。

いま、私の中でドイツ料理はここ。このお店。このおじいさんシェフである。

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