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珍獣動物園Vol.2-部長-

部長はフワフワしている。大きくてフワフワの体をゆさゆさと揺らして歩く。優しいと言えば聞こえはいいが、優柔不断でいつもウジウジしている。そして、いつも何か頬張っている。私の席はラックを挟んだ部長の真ん前だった。

気性の激しい父親と、そのDNAを引き継いだ兄の狭間でアタフタして育ったのだろう。喧嘩勃発の際には、どちらの見方もせず、あやふやに二人をなだめる姿が思い浮かぶ。柔道部出身の大きな体を有効利用して、二人を投げ飛ばすくらいしてもいいのにと思うが、それはしない。いや、出来ない。

お家に帰れば、奥さんに癒してもらうんだろうと思いきや、奥さんにもお尻に敷かれているらしい。昼休みに私の所へトボトボと愚痴をこぼしにやってくる。
平日、仕事が終わって帰ると子供と奥さんはもうすでに就寝していて、食卓の上の冷えたご飯を温めて食べ、食器を洗って寝る。そうしなければ、怒られるからだ。
奥さんも大きくてフワフワならしく、休日の昼は回転ずし、夜は焼肉。家の冷蔵庫にはおでんのパックが山積みで宅配のおかずが毎週届くという。でもそのおかずを食べた記憶があまりない。
そんな話を私は何と答えていいか分からず、とりあえず、聞く。
私にとってはどうでもいい話である。ちょっと、気の毒ではあるけれど、そういう人を選んだのは部長である。そんなことより、毎週末、外食可能で、出来合いもののおかずをかなりの頻度で買える生活水準。部長はいくら貰ってるんだ…?そちらの方が気になってしまう。

いくら貰っててもいいんだけれど、不公平感が否めない。
何しろ、部長は仕事でよくやらかしてしまうからだ。皆がひっくり返るようなありえないことをやらかす。そして、やらかすと決まって姿が消える。落ち込んでいるのか、すねているのか、社長の逆鱗に触れるのに怯えているのか…。
「部長は‼」
「いません。」
社長の怒りマックスの時に部長はいない。
空気がひとまず治まったころ頃、ふらりと部長が頭を下げに社長のもとへやってくる。ガミガミネチネチと罵声を浴びせられている。小さくてガラの悪い社長が、大きくてフワフワの気弱な部長を見上げながら怒っている。状況と構図がイマイチしっくりこず滑稽だ。漸く社長の気が済んで、部長が戻ってくる。とても情けない顔をして苦笑いしている。
…が光っている。
「部長…何食べました?」
「何にも食べてない…」
いや。絶対食べたに違いない。口の周りがギトギトだ。あの姿が消えたあの時間に食べたもの…。
ファミチキだ。ファミリーマートのチキンに違いない。
ティッシュを一枚渡すと迷わず口元を拭いた。
部長はタイミングが悪いが奇跡も呼ぶ。やらかした上、ファミチキを食べられる性根は更なる人の怒りを生むはずである。が、気づかれずに幸いだった。

怒られて席につき、やらかしたのは連絡がうまく回っていなかったからだと言い訳をツラツラと話し出した。社長に言えなかった言い訳を週に何度かしか来ない私にボヤくところも部長らしい。さぞかし落ち込んでいるだろうと話を聞く。図面を描きながらとは言え、熱心に聞いているのに、突然部長が黙った。ん。まさか、あまりの不甲斐なさに泣いてるのだろうか?と心配して、出来上がった図面の印刷を取りに行くついでにラックの隙間からそっと部長をのぞいた。

見えたのは、固く粘りのあるスニッカーズを必死に食いちぎっている部長の姿だった…。
部長よ。そんなに力いっぱい引っ張ったら、歯も抜けちゃいますよ。
そして心配した私の心をどこへ持って行けばよいでしょう?私の目に焼き付いた部長の勇ましい顔が、スニッカーズを食いちぎるシーンでなく別のシーンでなら惚れたかもしれない。残念です。

いいとこなしの部長だが、整理整頓が素晴らしい。そして、手先は驚くほど器用である。要は職人気質な人なのだ。どんなに過去の情報でも、部長に聞けばスッと資料が出てくる。実にきっちりとしていて、B型の私には窮屈なほどだった。そして、部下への配慮も実は社長なんかよりずっと行き届いている。
その几帳面さと配慮を自分のお口まわりにも行き届かせてほしいものだ。
もう、あの会社を去って随分経つが、部長には時々会いたくなる。




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