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ジーンとドライブ 中年夫婦の車の中

「これ、貸したる。」
と、思春期真っただ中の中学時代、いつも一緒に遊んでいた子に渡されたのは、ブルーハーツのカセットだった。
乾いた音にハスキーなシャウトが衝撃で、ストレートで一見過激なセンセーショナルな言葉に、固まったまま聞き続けたのを覚えている。ウォークマンなるものが発売されて、鼓膜にじかに響く音と声が自分の体の一部に感じられた。
見た目がヤンキーだったわけではない。でも、何かに反発していたのか、自分の馬鹿さに嫌気がさしていたのか…。音楽、美術、体育、図工などの副教科と国語と理科以外はさっぱりの落ちこぼれだった。今思えば、勉強の仕方が分からなかった。そんなモヤモヤな心をブルーハーツの歌が晴らしてくれて、美術が得意ならその方向へ…と目標を持てたのだと思う。
父が倒れて仕事を覚えて辛い時、落ち込む日々もブルーハーツの歌声に励まされて泣いたこともあった。今でも、聞くとその時々のいろんなことを思い出す。

「ブルーハーツのCDがほしいな…。」
そういうのは、ジーンだ。
ジーンとブルーハーツは接点が無いと勝手に思ってた。案の上、ブルーハーツ全盛期には聞いてなかったという。なぜ、今あなたにブルーハーツ?もうすっかり大人になったジーンがなぜ?そう思ったが、久しぶりにじっくり聞きたくなって購入した。すぐさまiPodのリストに入れて、車で聴く。
後編は少し説教臭くなる節がある。やっぱり、初めの頃の歌がいい。懐かしい。聞きながら、自分の中学時代は落ちこぼれだったけど、すごく楽しかったと胸が熱くなる。で、ジーンを覗き込むと、ウサギの目ほど赤らんでいる。もしかして、泣いてる?ジーンはこちらを見て、
「この曲聞くと、あの人の姿が…」
と声にならないかすれた声で言う。あの人…?

今年のお正月だ。ふたりで映画を見たのだった。『こんな夜更けにバナナかよ』。私は父を亡くした後で思い出すから嫌だというに、見たい見たいというので見たのである。結果、私はやはり父の介護やら色々思い出し、ジーンはなぜだか分からないけど号泣し、二人ともしばらく涙が止まらず困ったお正月を過ごしたのだった。
実話である。大泉洋演じる鹿野靖明さんのお話だ。若くして筋ジストロフィーにかかりながらも、自らの夢や欲に素直すぎるほどに生き、ボランティア、家族、皆に愛され続けた実在の人物を描いた映画だった。その中で、ブルーハーツの『キスしてほしい』は彼の一番好きな歌として流れたのだ。

「この曲聞くと、あの人の姿が…。生きれる?あんな風に、あんな風になってもなお、前向きに、あんな風に生きれる?すごい人や…。その人が好きな歌やで。」

そう言って、ウサギが泣くのだ。それを見て私も少しウサギになる。
そうだったか。それでブルーハーツ。

入口は違うけど、二人ともブルーハーツ好きになった。
ジーンは「キスしてほしい」
私は「情熱のバラ」が今は好き。
近頃、中年夫婦のふたりが出かける車の中は、ガンガンブルーハーツが鳴り響いてる。

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