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真夏の夜の花火 #あの夏に乾杯

三十度を超える暑い夜、二人で歩いていた。じめっとした空気が肌にまとわりつく。風が心地いい。


隅田川にかかる橋を渡るとき、気だるそうな目をした君が、僕に言った。


「まだ夏らしいことなんにもしてないね。海とか花火とかキャンプとかさ。」


縦に揺れるように歩いていた君は、きっとうれしかったのだろう。うれしいとき、縦に揺れる君の癖を、僕は知っている。


「じゃあ、いこうよ。花火。」


なにげなく言ってみた。素直にいきたかったから。そこから花火大会を選び、会場近くの宿を取るまでに、時間はかからなかったと思う。


二人でいると色々なことがいつもよりもスムーズに進んでいくから、不思議だ。

似た者同士のような気もするけど、やっぱり違う部分がある。一人よりも二人でいる方が、なんとなく楽しい。

お互い忙しく働いていて、上手くいかないことも大変なこともある。めまぐるしい変化の中を生きているけど、それでも楽しいと思える。


この夏を懐かしいと思う時が来るのかな


そんなことを考えながら、二人で花火を見にいく日を楽しみにしていた。

宿のベランダに二人、並んで立っていた。

そこから見た花火は、綺麗だった。賑やかな音と眩しい光を出しながら、夜空を明るく照らしていた。

本当に綺麗だった。二人でみれてよかったと思った。


ふと花火がどうして綺麗にみえるのかを考えていた。

小さい光源の集合体だからか
職人のたましいが込められているからか
君と一緒にみているからか

色々考えたけど、どうでもよくなった。君と一緒にいれてよかったと思った。


特に印象的だったのは、きらきらしながら花火を見つめる君の瞳。心からわくわくしながら花火を楽しむ君のこころ。

ずっと一緒にいたいと思った。


花火が終わったとき、夏が終わったかのような静けさに少しだけ不安になったけど、君のきらきらした笑顔に吹き飛ばされた。


「きれいだったね、花火。これてよかった。」


その言葉を聞いたとき、また、何度でも、一緒に花火を見にきたいと、強く思った。


「一緒にきてくれて、ありがとう。」


と心の中でつぶやいた。


お酒を買いに外に出た。花火帰りの人で混み合う道路を歩きながら、お互いに感想を言い合った。


火薬の匂いと煙で白んだ空には夏らしさが残っていて、行き交う人ひとりひとりに物語を感じた。

今日、自分たちと同じような夏の思い出が、この場所でたくさん生まれたのかもしれない。

決して自分が知ることができない物語が、いま自分のすぐ近くにたくさんあると思うと、儚さと切なさを感じる。

だれもが今よりも少しでも良くなろうと懸命に生き、その懸命さで世界が回っていると考えると、不思議な一体感に包まれる。


コンビニで適当なお酒とつまみを買った。宿への帰り道、花火の熱気が残る空をぼんやり眺めながら、二人で歩いた。


ホテルのエレベーターの中で、足をぶらぶらさせていた君が、部屋のドアを開けながら、僕に言った。


「早く飲もうよ。喉乾いた。」


手に持っていたコンビニの袋からお酒を取り出し、君にお酒を渡ししながら、ふと幸せを感じた。


いつもの飲み物をお互いに知っているということは、二人の間に何か大切なつながりがあるように思わせる。


好みを知っているということ以上の意味がそこにあるように、強く感じた。


だけどそんな小難しいことは、君が、栓を開ける音でどこかに飛んでいった。


君は、いつものハイボール。
ぼくは、いつもの缶ビール。


暑い夏、
大切な人と飲むビールは、
おいしいに決まっている。


あの夏に乾杯。


夏は一瞬しかないから、今を大切にしたい。
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