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12月21日(木)

さあさあ、今週こそ日曜日に日記を書いてリズムを取り戻すのだ、という意気込みだけで書き始めた一行目。まず、とにかく、一行目を書き出す、ということが大事。書き始めちゃえばなんとかなる。ということがわかっていてもなお書き始められないから大変なのだけど、今日は書き出せた。いいね。

と書いてから、今日まで全然進まなかったよね。むずい。


最近、友人の一人がコーチになるべく勉強・練習中で、クライアント役を引き受けつつ、日常的に気になっていることを話したり考えたりする機会として活用させてもらっている。

一人で考える時間があることはすごく大切だけど、二人で考える時間があることも大切だと思う。

ただ二人以上集まって考えることに集中すること自体を日常で実現することが難しい。信頼を積み上げたり会話のテンポやテーマへの関心と興味の方向性、知識や経験の量、時間的な余裕とスケジュールが合わせられるか、などなど、二人で考えるために必要なことが、文字面で書くよりも遥かにたくさんある。

考えたい人にとって、コーチングやカウンセリングの場が重宝されるのもこのあたりの要素を担保してくれるからだと思う。


新卒二年目の時、新卒一年目のメンバーをマネジメントする大変な配置になった時(とても良い経験をしたといまなら思う)、会社の先輩から「君がこれから謙虚でいられるなら、すごく伸びると思うよ」と言われたことをふと思い出した。

言われた当時、謙虚さというものがほとんどわかってなかった。言葉の意味は知っていたけど、何も腹落ちしていなかった。言葉遣いやコミュニケーションの仕方といった次元ではなく、人間観や世界認識の前提に関わるテーマだと思う。

謙虚の本質を理解したわけではないけど、「人間はどこまでも不完全」「誰かを完璧に理解できることは決してないが、今よりは前進できることもある」「人はそれぞれの世界の中を生きている」「あらゆる配慮と尊重をしても、自分の盲点のようなものは残ることがあり、誰かや何かを傷つける可能性は消えない」「解決できるテーマなのか解決不可能なテーマなのかを考える、解決できないとしてもできることはやる」のようなことが関わっていると思う。

七年前の自分に伝えても、知識も経験も足りないから理解できる気がしないけど、「自分は、何を前提としているのか」ということを自問していければ七年前でも到達できたかもしれない。まあ、早く到達できればいいというものでもないので、別に到達できなくてもいいのだけど。


二年ぶり二回目、こたつラジオに出ました。東京の東側にいる話とか住む家とは別の場所があるといいよねとか文章書く時の工夫の話とかゆるいコミュニティの話とか。内容よりも、水野さんとカフェで話してる時と同じような空気感を味わえるのがおもしろポイントかなぁ。


色々なことがあるけど、一杯のおいしいカフェラテとそれを飲む時間によって、中和されることはたくさんあるよね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。