見出し画像

公取委デジタル広告調査報告について

2月17日、公取委デジタル広告取引実態報告書が出ました。昨年4月28日に中間報告が出された後に、別途、内閣府でもデジタル広告領域の調査が動いている状況ですが、まずは、この最終報告を受けての所感と、今後、本書がデジタル広告領域における各プレイヤーに与える影響などについて考察をしたいと思います。

1 所感
主として、デジタル広告プラットフォーマー(個人的な認識では、Google,Facebook,Yahoo,Twitter等のプラットフォーマー向け)へのメッセージとなりますが、それ以外にもプライバシーポリシーの明確性や、媒体社間競争への言及(代表例としてはNewsサイトVS新聞社の収益分配の公正性)などがあり、プラットフォーマーのみならず他のプレイヤー向けにも参考になる論点が示されているように思われます。
また、広告主から媒体社の広告配信面にデジタル広告が行きつくまでの複雑なアドテクノロジーの商流を分析し、そこで生じる様々な論点をかなり網羅的に(あくまでも独禁法の適用の観点からではありますが)調査報告した内容であり、複雑怪奇なアドテク業界を(日本語で)できるだけ精緻に分析したという点でも資料的な価値の高い報告書ではないかと思います。
なお、報告書自体は、あくまでも独禁法上の論点として問題提起されていますが、内閣府も公取の動きに呼応するようにデジタル広告業界を注視しており、先月3月17日にGoogle、Facebook,Yahooの各責任者からのヒアリングを実施しています(Yahooさんは社長ご自身が出席されたようです)ことからも分かるように、デジタル広告領域について、独禁法や個人情報保護法以外にも新たなルールが設けられていく流れは不可避のようです。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi/hear_dai2/gijisidai.pdf

2 各プレイヤーへの影響
デジタル広告領域には様々なプレイヤーがいることは周知のとおりです。報告書では、6つのプレイヤーに分類されていますが、よりシンプルに整理すれば、「広告主」「代理店」「DSP or/and SSP」「媒体社」という4つの整理になろうかと思われます。
独禁法の適用上、主として問題となるのは、この③のDSPとSSPを運営する企業になりますが(より厳密にいえばSSPとDSPを両方保有する事業者でしょうか)、DSPやSSP事業者が今回の公取の問題提起を受けて、種々の取組みを行った結果、それが上流の広告主、代理店、下流のSSP、媒体社との契約条件に跳ねることは当然にあるだろうと思っています。
むしろ、実際は、コンプライアンスが強まって各プレイヤーに有利に働くこともあれば、逆に不利に働きうることもあるのではないでしょうか(「もとの濁りが恋しき」状態になる事業者も出て来るかもしれません)。
それでは、以下本報告書がデジタル広告の各プレイヤーに与える影響について概観していきます。
(1)DSP/SSP事業者
公取の報告書上は、広告仲介事業者と表現されていましたが、本書による問題提起によって最も影響大なのは、当然のことながら、広告主サイド及び媒体社サイドの両面のプラットフォームを握る企業群(といっても一部の巨大プラットフォーマーになりますが)と思われます。
独禁法上問題となるおそれのある行為として指摘されたものは多岐に渡りますが、①取引の相手方に対して十分な説明と協議の機会を設けるべきではないかという問題意識、②自社と競合するサービスを排除していないかという問題意識、③自社に有利な特定の商流を囲い込んでいないかという問題意識、④広告表示基準及び手数料が不透明であるという問題意識、⑤ビューアビリティ及びアドフラウドの基準が不透明であるという問題意識に分かれるように見受けられます。
直接的に対応が求められるとすれば、①の契約条件やシステム変更時に相手方に対して適切にデュープロセスを踏むことが今後ますます求められると思われます。特に、どこまでが契約の内容となっており、どこからがある程度裁量を持って改変できる仕様なのかという点の線引きがよりシビアになるのではないかと思われます。また、④や⑤の広告主側、媒体者側、代理店から見て不透明な領域についてプラットフォーマーとしての説明責任を尽くすべきという動きが出て来るかもしれません。その意味では、契約の締結から終了までに発生する交渉コストというものがこれまで以上に重たくなってくる可能性があります。
一方で、②や③の行為に関しては、そもそも、この問題意識に触れる行為を行うこと自体、他の事業者の競争環境に与える影響が大きいため(独禁法上問題視されるリスクの高い行為であるため)、プラットフォーマーとしては従前から入念に対策を行ってきた領域とも思われ、本書が出たからといって直ちに何かが変わるというようなものでもないと思われます。
(2)媒体社
報告書上、媒体社はプラットフォーマーに対して問題提起をする立場として扱われていますが、実は本報告書の問題意識を基にプラットフォーマーが各領域の是正を図っていった結果、媒体社にかかる負荷も相応に大きくなるのではないかと考えます。
たしかに、報告書は、デジタル広告領域におけるプラットフォーマーへのメッセージとも読めますが、反面、広告主・代理店VS媒体社の利害対立も包含する問題意識も示されているためです。
特に重要と思われるのが、報告書で示された以下の点です。①ビューアビリティの透明性とアドフラウド対策の問題、②ユーザーデータの取扱いの問題、③媒体社間競争の問題です。
まず、①の点、ビューアビリティの透明性やアドフラウド対策を突き詰めていけば、従前はインプレッションとして課金対象となっていた広告配信が今後は課金対象から除かれるということとなり、媒体社としては今までよりも損をする(広告主からすれば今までがおかしかったのであり、適正な状態に是正されたに過ぎない)ことになります。また、アドフラウド対策という点では、このコストを誰が負担すべきかという論点はさておき、フラウド対策をしっかりと行っているクリーンな媒体であるということがメディアの価値を測る一つの指標となるとすれば、このコストを媒体社が負担する流れが出て来るようにも思われます。そうすると、意図しないながらも、従前、緩く収益を上げることができていた部分が削られ、かつ、コスト負担が増えるということになり、媒体社としては経済的に見れば損をすることになります。
もちろん、クリーンな媒体であろうという競争自体正しいことですし、その競争の勝者に相応の収益がもたらされればそれでよいということなのかもしれません。
次に、②の点、報告書の後半で、ユーザーデータの取扱いについて独禁法上の優越的地位の濫用の適用可能性が論じられています。これは必ずしもデジタルプラットフォーマーに限った問題ではなく、むしろ、ユーザーと直接接触する媒体社にとっても重要なメッセ―ジを持っています。
特に、プライバシーポリシーにおいて、取得情報と利用目的の対応関係が明確ではない点の指摘や、ユーザーのオプトアウト後も広告配信のためにデータが利用されている場合があるという指摘については、むしろ、人的リソースや技術力の点で、プラットフォーマーに劣る媒体社の方が、これらの要請にコンプライすることが難しい領域のように思われます。
確かに、消費者との関係で、そもそも優越的地位に立つといえる媒体社がどの程度あるのかというと、かなり数が絞られるでしょうから(そしてその大半はデジタルプラットフォーマーが運営している媒体である可能性が高い)、直ちに媒体社にヒットする論点ではないかもしれません。もっとも、個人情報保護法の改正対応と相まって、上記の対応がデファクトスタンダードとなった場合、やはり媒体社にかかる工数というのはそれなりのようにも思われ、むしろ、本書のユーザーデータの取扱いに関する指摘は媒体社に与える影響の方が大きいとも考えることができそうです。
最後に、③の点、媒体社間競争の点です。切り口としては二つあると思います。一つは、新聞・雑誌などのオールドメディアを含む全ての媒体VS検索エンジンの対立軸、もう一つは、新聞・雑誌などのオールドメディアVSポータルサイトの対立軸です。前者については、検索アルゴリズムの透明性の課題であり、この点は、正にデジタルプラットフォーマーが、検索アルゴリズムの透明性についてどのように説明責任を果たしていくべきかという検索アルゴリズムの問題です。後者については、オールドメディアVS新しいメディアの収益分配の公正性という点で、正に媒体VS媒体として、両者の利害が先鋭化する領域と思われます。
この論点については、なかなかに悩ましい問題を含みます。報道機関としての責任ある(裏取り調査まで含めた)調査の果実としてのコンテンツよりも、単にバズることやSEOだけを狙った裏取りのないコンテンツに収益の点で劣後することをどのように評価するかという問題を含むためです。これは、消費者・ユーザーが一体どのような情報を求めているのか/どのような情報に快楽を感じるのかという消費者自身のリテラシー/民度の問題とも評価でき、単に競争環境を整えるだけで解決できるような問題とも思えないためです。
とはいえ、民主主義の根幹となる言論の担い手である報道機関の収益機会をどう確保するかというのは重要な問題ではあります。読み手の快楽に忖度したキャッチーな記事ばかりが量産される結果ひいてはフェイクニュースの横行や政治的な大衆操作にもつながりかねないという問題意識自体は理解できるものです。報道機関と同等の責任を新しいメディアにも課す方向、裏取りされたコンテンツをそうでないコンテンツよりも優先的に表示する方向、虚偽の情報に対する責任をコンテンツの制作者だけではなくプラットフォーマーにも課す方向というのが考えられますが、どのような手段を今後講じていくかは今後も議論をしなければならない領域と思われます。
(3)広告主及び代理店
本書の指摘事項は、デジタル広告市場の金主たる広告主及び代理店にとっては、基本的には有利な方向に働くのではないかと思料します。
市場の透明性が向上することで、無駄な広告コストが減少し、より効果的な広告を配信することができるようになるためです。
もっとも、媒体社に自社の広告が行きつくまでに各プレイヤーに発生するコストは今まで以上に増加するとも思われ、それが結果的に広告出稿料に跳ね返ることもあるでしょうし、今まで以上に消費者のプライバシー意識が高まることから、広告主や代理店においてもユーザーデータの取扱いに要する管理コストが増加していくことになるのではないかと思われます。

3 まとめ
以上見てきたように、基本的には、デジタル広告市場の急激な発展の後を追うように、この市場に参加する全てのプレイヤーが透明性や公正な取引の向上に向けたコストを負担しなければならない流れ自体は不可避の状況です。
そのコストが、いわゆる当局による法律のアップデートや執行という形で現実化するのが先か、あるいは、透明性を向上させるためのベンダーのテック市場が発展していくのが先か、もしくは両方かは分かりませんが、競争政策の文脈、プライバシーの文脈、消費者保護という文脈、言論の自由という文脈、それぞれが分野横断的に絡まって新しいルールが形成されていくことは間違いがなく、今後ともその動向を注意深く見守っていければと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?