病院

朝になるとぽつぽつと部屋から廊下にではじめ、1階の中心部からラジオ体操の歌が流れてくるのに合わせ、皆で言葉無く動きを合わせる。食事は定刻になるとどこからともなく運ばれてくる。あまり味のしない、栄養に富んだ食事を機械的に済ませ、食後の薬を飲み、各自部屋に戻って検温と脈拍を看護師は測りに来るのをおもいおもいの様子で待つ。それが終わったら、その日に決められた活動を、「手先が器用ですね」「肩こりに効くストレッチはどんなでしたっけ」など、他愛のない「今、ここ」にあることを話し、次の食事を待つ。万事が万事その調子で行われている中に、定期的に"母"が面会に訪れてくる。"母"は外の人でー入院患者は外のことを「シャバ」と呼ぶー、その日仕事であったことを娘に話して帰っていく。"母"が来なければ、脳内は院内のことで満たされ、することといえば洗顔、入浴、読書、あとはせいぜい少しの刺繍しかなかった選択肢が、無限にあること、外では以前のように毎日が進み皆前へ歩いていっていることを思い出させられ、老後のように穏やかに過ごす人々の中で、娘は心を掻き乱され頬の乾かぬ夜を過ごすことになる。現実が、外の世界で日常が続いていることが、自分の体も刻々と老いていっていることが、恐ろしいのだ。だがいつかはその現実に娘も帰っていかなければならない。年老いて人懐こい猫も、四つ葉のクローバーが良く見つかる広場も、開きすぎたチューリップも、全てを残して、立ち去らなければいけない時が来るのだ。

#うつ病 #精神病院

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