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”晴れでも雨でも外に出かけよう” スウェーデン森と学びレポートVol.1

成田空港23時発のフィンエアーに揺られて12時間、それから早朝4時半のヘルシンキ・ヴァンター空港で7時間待たされた後、1時間半のフライトを経てやっとの思いでコペンハーゲンに着いた。コロナ前までは同じ成田発でも昼便で、ロシアを超えて9時間ほどだったのに…。ふらふらになりながらコペンハーゲン中央駅そばのホテルに荷物を置き、デンマーク王国の首都の雰囲気を少しでも感じようと目を擦りながら散策に繰り出してはみたものの、まだまだ冬の気配の北欧の寒さに身が染みた。

数日経ってもまだそのふわふわした感じが身体から抜けないのは、長旅の疲れが抜けないのか、時差ボケが続いているのか、いやきっと、今いるスウェーデンの田舎の街ののどかな雰囲気が心地良すぎるからだろう。どこまでも広がる牧草地と、点在する森と湖、赤や黄色の家、暖炉で暖まった室内、ミートボールとリンゴンベリー…。そうそうこの感じ、スウェーデンの素朴な豊かさを思い出してきた。それに応じて自分もどこかのんびりしてしまう。

とはいえ、今回の旅の目的は、スウェーデンの野外教育のフィールドを見学すること。そして、その背景にある学びのあり方や教育の役割をより深く自分の目で探ること。というわけで、スウェーデンに到着した初日から、南部スコーネの町クリッパンにある野外保育園を見学させてもらった。

コペンハーゲンから鉄道で橋を渡ればそこはもうスウェーデン。同じEU圏内なのでボーダーコントロールもなし。車内放送をよく聞くと、デンマーク語からスウェーデン語に変わっている。


I Ur och Skur Myllran (雨でも晴れでもプリスクール)

今からおよそ20年前に設立された野外プリスクール「I Ur och Skur Myllran」は、南部の田舎町クリッパン・コミューンの、森と牧草地が広がる地域にある。I Ur och Skur = スウェーデン語で「雨でも晴れでも」 という名前の通り、ここに通う1〜5歳の30人ほどの子どもたちは、その時の天候に関わらず1日の大半を外で過ごす。この日は今年初めてというほどの暖かい陽気で、みんな「ついに春が来た!」とばかりに外に出て、お昼ごはんのパンケーキを準備しているところだった。園長先生のサーラに、園内を案内してもらった。

晴れた日は外でパンケーキ

園庭は手作り感あふれるナチュラルな雰囲気で、切り倒した木を転がしただけの丸太の遊具や、土を持って作ったスロープ、小さな小屋、隠れたり遊んだりする茂み、焚き火場などが点在している。室内は北欧の一般的な家庭のような雰囲気で、外のデッキには子どもたちがお昼寝をするスペースがある。「雨でも晴れでも外に出かけよう」というコンセプトのプリスクール(就学前学校)なので、昼食後にはみんな外でお昼寝をする。冬でも寒くないように、暖かい寝袋も用意されている。
こうした手作り感もそのはず、実際に手作りのプリスクールで、20年前に保護者たちのグループによって設立された。ここで働く先生たちと保護者たちが共同で運営評議会を作り、共同で運営を担っている。園庭にある手作りの遊具や設備も、年に2回保護者が集まってDIYで作られているのだそう。

こうした園庭のデザインは、「子どもたちの ”リスキー・プレイ” にとって重要な要素」だとサーラは語る。子どもたちは木に登ったり丸太を乗り越えたりする中で、挑戦と失敗を繰り返しながら自分のできる範囲とこれ以上はできないという範囲を自分から学んでいく。そのためには、子どもの安全に配慮しながらもある程度のリスクを残しておくことが不可欠で、「学びのためのリスクと失敗する権利を子どもたちから奪ってはいけない」のだと。そういった意味でも、デザインされた既製品の遊具ではなく、自然の素材が無造作に置かれたエリアが子どもたちの遊び場になっていて、思い思いによじ登ったり乗り越えたり、想像力を働かせながら自由に遊べるようになっていた。

I Ur och Skur(無理やりカタカナで表せば ”イ・ウル・オック・スコー”。めちゃくちゃ発音が難しい)は、スウェーデンの野外活動団体 Friluftsfrämjandet(野外生活推進協会)が運営する野外に特化した就学前学校または学校の名前で、全国のいろいろな地域に同じスタイルの学校がある。この野外生活推進協会は日本にも支部があり、森に住む妖精「森のムッレ」が自然のさまざまなことを教えてくれるというプログラムは日本でもいくつかの場所で行われている。
今回訪ねた I Ur och Skur Myllranでは、ムッレの他にも水の妖精ラクセ、1〜2歳児向けのクノッペン、3〜4歳児向けのクニュータナなどいろいろなキャラクターが登場するプログラムがあり、それぞれの物語や活動が詰まったバッグを持って周囲の森を散策したり、すぐ近くにある湖まで出掛けて行って一日を自然の中で過ごしたりする。
プリスクールの園庭には一応簡単な柵が設置されているものの、すぐに森や湖とつながっていて、先生たちは子どもたちを連れていつでも自然の中に出かけられるようになっている。

ちなみに、”Frilufts”とはオープンエアーもしくはアウトドアという意味で、Friluftsliv(フリルフツリヴ=アウトドアライフ)という名前はノルウェー発祥の野外での過ごし方のアイデアとして日本でも紹介されている。

"Come rain or shine"

室内の掲示物には、I Ur och Skur の「子どもが中心」というコンセプトや、国連が定める「子どもの権利条約」の価値観が貼り出されていて、いつでも参照できるようになっている。
プリスクールの運営方針として教師だけがこうしたテーマを話し合うのではなく、子どもたちと一緒にここで大切にしたい考えやアイデアを共有したり、「みんな違うってどういうこと?」と子どもたち一人ひとりに尋ねながら話をしたりと、こうした価値観について普段から互いに確認しあっていることがわかる。

国連の「子どもの権利条約」
「どうして一人ひとり違うの?」「じゃないとママが別の子を家に連れて帰っちゃうから!」

多様性、子どもの権利、民主主義。スウェーデンの教育現場を訪ねてみると、必ずと言っていいほどこうした言葉を耳にする。それも小学校高学年や中学校だけでなく、就学前の幼い子どもたちとも一緒に話をして、スウェーデンの社会で基盤となっている価値観や、その中で学校や教育が果たす役割、もしくは一人ひとりの子どもが社会に与えることができるポジティブな影響について、その都度確認し合っている。そうした価値観やキーワードはあくまで、大文字の大義名分というよりも、普段使いの日常的な話題として日頃から話し合われているという印象を受けた。多様性も子どもの権利も、道徳的な規範として権威ある大人から教えられる(授けられる)ものではなく、一人ひとりが生まれながらに持っているものとして、それについて日常的に話し合ったり、日々の生活の中でその都度実践し浸透させていくものなんだ、とあらためて感じることができる。

I Ur och Skur Myllran

スウェーデンに来るたびいつもどこかしら面食らうのは、教育についても社会のあり方にしても、大切な価値観やアイデアが当たり前のように日々の暮らしの中に浸透しているから。「教育先進国」である北欧では、どんなに先進的ですごい教育を行なっているんだろう、という視点を持って現場を訪れると、その素朴さや、「普通であること」とのギャップに戸惑ってしまう。「別に特別なことは何もしていないよ」と言われているようで、でもそこで「なんだ別にすごくないじゃん」と決めつけてしまってはいけないのは、やっぱりその「当たり前」の中にこそ、スウェーデンの社会で大切にされている価値観があるからだと思う。そしてスウェーデンの人たちは、その時々の社会の状況に応じて試行錯誤を繰り返しながら、そうした「当たり前」を何よりも大切にしているのだ。

今回スウェーデンに来て以来、なんだかずっとぼうーっとのんびりしてしまうのは、自分自身もその当たり前の感覚に馴染んできたからかも。
次の日に訪ねた、サステナビリティをテーマにしたプリスクールのレポートはまた次回。

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