土管のある風景

"オタキング"こと岡田斗司夫さんが「街中から土管がなくなった時代にドラえもんは流行った」という事を言われていて、なるほどなぁ~と思った。

これは"ノスタルジック"という言葉でも説明できるのかもしれないが、もう少し細かく説明すると、まず"街中の土管"とは『ドラえもん』の漫画やアニメで、主役たちみんなが座り、時に眠り、またジャイアンリサイタルのステージにもなるるあの空き地の土管のこと。メディコムトイからは主要キャラクターやどこでもドアに続き、そのフィギュアさえ出ているくらい"お馴染み"になったあの土管だが、30代以下の方で、漫画の外、そなわち実生活において、空き地にあの土管のある風景を見た人はほとんどいないだろう。あれは一体なんなのだろうか?

現在36才の僕が子供の頃にも、もうすでに見ることはなくなっていたが、やはり父母の若い頃の写真の中にはいくつか土管が確認できた。その背景には昭和40年代(1965年~)の高度成長期と呼ばれる生活様式の変化があるようだ。トイレも"ボットン便所"と呼ばれた汲み取り式から、今僕らが使っているジャーっと流れる"水洗式"へと変わり、街にはその為の下水道を通す必要があった。その工事前の(もしくは使われなかった)下水道こそがあの土管の正体だったのだ。なるほど、道理で漫画の中以外で見た事がないはずだ。僕が産まれたのが昭和53年(1978年)なので、ちょうど水洗トイレ化が行き届き、その工事作業が終わっていたという事だ。そして見かけることはなくなったものの、実は僕らの街の地下には今もあのドラえもんの土管が縦横無尽に横たわっているのである。

そしてもうひとつ驚くことに、今や日本を代表する世界的人気漫画の『ドラえもん』は実は遅咲きだったという事実。1969年に原作漫画の雑誌連載が開始されたものの、大ヒットしたのはそこから約10年後の、2度目のテレビアニメ化された1979年と言われている。つまり実際に空き地に土管があった時代には、ヒットしていなかったのである。その風景が消えてから、人々は求めた、とも取れる。いつの時代も「ないものねだり」で、「過去は美しい」ということなのかもしれない。

それなら今の時代の僕らにとっての"土管"とは何にあたるのだろう。またその土管にはどんな空洞が空いているのだろうか。ヒット漫画を覗いてみれば、その答えが見つかるかもしれない。

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